エピローグ きみをときめかせる100の方法

「………………ダブルデート、しない?」


 本当に全力でマジで不本意です、という顔で、湊本が重々しく切り出した。

 俺と時雨さんがお付き合いなるものを始めて、数日後のことである。

 ……いや、付き合い始めたって言っても、まだ全然今までと変わんねぇんだけど。学校で話したりもしないし、変化といえば時間をずらさずに一緒に公園に行って、いつもみたいに喋った後一緒に帰るようになったことくらいだ。



「そんな顔で言われてもな……。無理すんなよ。春宮さんだって、おまえが嫌がれば行きたがらねぇだろ」


 そもそも、したいとねだられたわけではなく、してみたいなぁ、と零したのを聞いただけらしい。

 それでもこいつにとってはスルーできないことだったから、こうして俺に話を持ちかけているわけだ。


「いや…………かおちゃんが……いつもと違う状況にはしゃぐのは、見たい」

「さっきからいちいち間が長ぇんだよ……嫌がってんじゃん……」

「嫌、では、ない。一応。長谷も嫌じゃなかったら、時雨さんに確認してみてくれる?」


 ちゃんとしたデート、というものをどう誘えばいいのか散々悩んでいたので、実のところ、これは渡りに船だった。

 ダブルデートなら緊張もあんましないよな!


 クリスマスデートとか初詣デートをすでにしておいて、って感じだが、あれはまあ、ほら、便宜上のデートだったし。

 なんの便宜かわかんねぇけど、時雨さんが言ってたからそういうことでいいだろう。

 それに、この二人がどんなふうにデートすんのか見てみたいんだよな。安心感で絶対和むじゃん。



 さっそく時雨さんにRINEしてみると、『行く』と即答だった。『春宮さんにも恩があるし』と続いたそれに、確かにな、と納得する。

 今回ここまでスムーズに事が運んだのは、春宮さんが玖須さんと繋いでくれたからだ。それは元を辿れば、春宮さんに話してくれた湊本のおかげってことになるんだろうが……。

 とにかく、時雨さんもこのカップルのお願いは聞いてあげたいのだろう。




 ――というわけで、その日の放課後、学校の近くのショッピングモールを回ることとなった。

 展開が早すぎる。まさかその日のうちに実行されるとは思わなかった。

 このスピード感が、湊本春宮カップルの普通なのかな……すげぇな……。


「あのっ、今日は付き合ってくれてありがとうございます!」


 ぱああっと輝かしい笑顔でお礼を言う春宮さんを、湊本はにこにこと見つめている。この、対好きな人専用、みたいな表情がめちゃくちゃいいんだよな。

 学校にいるとき以外はいつもつけているのか、二人の右手の薬指にはお揃いの指輪がはまっていた。例のクリスマスプレゼントだろう。


「いえ……私こそ、色々とありがとう」

「ほんとにありがとう、春宮さん。めちゃくちゃ助かった」

「ど……どういたしまして……大したことはしてないんだけど……」


 照れたように赤くなって、春宮さんは湊本に身を寄せる。

 俺と時雨さんは特に欲しいものもなかったので、行動方針は湊本春宮カップルにお任せすることにした。

 そうして最初に向かったのは、服屋。春宮さんが時雨さんの服を選んでみたい! と言い出したので、時雨さんは粛々と着せ替え人形となったのだった。


「すっごーい! 時雨さん、なんでも似合う!」

「マジでなんでも似合うな……すげぇ……」

「長谷くん、これとこれ、次どっち着てもらう!?」

絶対ぜってぇどっちも似合うじゃん! う~~~ん……どーちーらーにーしーよーうーかーな」

「長谷、せめてそれは口に出さないほうがいいんじゃない。……あと、もうちょっとこっち来てくれる?」

「どっちでもいいよ……どうせどっちも着せるでしょ……」


 などと盛り上がり、春宮さんと俺はにっこにこ、時雨さんと湊本はちょっと微妙な顔になった。

 春宮さんの彼氏である湊本を差し置いて、はしゃぎすぎたかもしれない。

 結局時雨さんは何も買わなかったが、なんだかんだで楽しそうだったのでよかった。あと俺も、いろんな格好の時雨さんが見れて得した気分。着せてくれた春宮さんには感謝しかない。


 そんな傍ら湊本はといえば、春宮さんに似合いそうな服を選んでいた。

 時雨さんが試着室から出てくるのを待つ間、「これとか、かおちゃんが持ってるあれに合うんじゃない?」「あっ、確かに……!」「買ってくるね」「わああ私が買うよ!!」なんてやりとりを見ることができて、眼福だった。……眼福は違うか?



 一通り服屋を見て回ったら、それだけで結構いい時間になった。放課後デートってなるとそりゃあそうだよな。

 春宮さんが夕飯は家で食べるということなので、少し早いけどそろそろお開きにしようか、という流れになったとき。

 時雨さんがとある方向を見て、「あ、タピオカだ」とつぶやいた。確かにその視線の先には、タピオカミルクティーを売っている店があった。


「長谷くん、前飲みたそうにしてなかったっけ?」

「……カエルの卵って言われたから……」

「ふふっ、ごめんごめん。タピオカ抜き、頼んでみる?」

「……いいです……」


 そんな前の会話を覚えられているとは思っていなかったから、めちゃくちゃハズい。もう忘れてくれ。

 じわっと赤くなる俺を見て、時雨さんがくすくす笑う。


「まああのお店、別にタピオカミルクティー専門店ってわけじゃないし、色々あるよ。ねえ春宮さん、お茶は好き?」

「す、好きです! タピオカも! でもご飯前にタピオカは……あああでも飲みたくなってきちゃった……」

「かおちゃん、今度俺が作ってみるから、そっちじゃだめかな?」

「えっ、タピオカって作れるの!? わ~、そっちにする! 楽しみ!」


 という平和的解決を迎えたところで、ちょうどいいのでお別れすることになった。

 今日はありがとう、と笑顔で帰っていく二人を見送り、俺たちはお茶屋(って言い方でいいのか?)に並んだ。



「あははっ、結局タピオカ頼んだの?」

「だってここまで来たら頼むしかねぇじゃん……」

「そうかなあ。美味しく飲めるのが一番だし、無理に頼まなくてもいいとは思うけど」


 そう言う時雨さんは、何の変哲もないアールグレイを頼んでいた。こういう店でそういう選択できんの、カッケー……。

 近くのソファーに座り、一息つく。


 さて、気になっていたタピオカに初挑戦だ。

 吸って最初に口の中に入ってくるミルクティーは、まあ美味しい。タピオカはなかなか吸えなかったが、頑張ったらつるんと吸えた。

 ……もちもちしてる。


「ちゃんとカエルの卵じゃない!」


 たぶんカエルの卵だったら、噛んだ瞬間変な食感だと思う。これはもちもちしてるし、甘いからカエルの卵じゃない。

 よかった、ちゃんとした食べ物だ……なんか別に美味くはねえけど……。無駄に腹に溜まるなこれ。


「そういうの、お店の近くで大声で言わないの」

「ごめんなさい……」

「美味しい?」

「うーーーん……微妙かも……」

「ふふ、微妙かあ。気になってきたな。一口交換してくれない?」

「え、これ甘いからやめたほうがいいんじゃね?」

「ちょっとはカップルっぽいことしようって言ってるんだよ」


 呆れたように笑って、時雨さんは「はい」とアールグレイを差し出してきた。


「ストレートだけど、紅茶なら苦くないし飲めるでしょ?」

「そう、かも」

「なら、どうぞ」


 持っているカップを交換する。時雨さんは平然とストローをくわえて一口飲み、「ほんとだ、カエルの卵じゃないね」と小さく言ってくすくす笑った。

 こっちはそんなさらっとできることじゃねぇんだけど……。

 アールグレイのカップを手に途方に暮れていると、時雨さんがちょっと申し訳なさそうに眉を下げた。


「もしかして、回し飲みとか相手が誰でも無理なタイプだった? ごめんね」

「いや、そういうわけじゃなく……なんか、いいのかなって」

「そういう問題じゃないなら何が駄目なの?」

「う、駄目、じゃねぇけど……」


 自然に任せる、と言った自然が、まだなんじゃないかと思うだけで。

 煮え切らない態度の俺に、時雨さんはうーんと視線を宙に向けて考え込む。


「……よし、じゃあこうしよう。クリスマスのときの丸一日私の言うこと聞いてもらう権利、今使う!」

「そういうのよく覚えてんな!?」

「結構記憶力はいいほうだよ? まあでも、途中で帰っちゃったから、丸一日じゃなくて今から帰るときまでかな」

「え、いや、一分付き合ってもらえたら丸一日ってことにしてたから、」

「今から帰るときまでです。もらいすぎるのは嫌だからね」


 有無を言わせない笑顔に、「はい……」と大人しくうなずく。

 約束したからには守らなければならない。こんなことにそんな権利を使われるとは思ってもみなかったが。

 甘酒のときみたいに回避するのは無理か……。


 紅茶に向き直って、俺はぎゅっと目をつぶった。見なければまだマシな気がする。照れるな。いけ!

 おそるおそるカップに口をつけ、ごくんと飲み込んですぐに口から離して、一呼吸。


 ……味しねぇ。ほんとはしてるんだろうけど。


「ふふ、よくできました。飴をあげましょう」

「ご褒美プラスご褒美……!?」

「プラス?」

「なんでもない!」


 かっかと顔が熱くなってくる。目つぶってても意味なかった……。

 ちょっと呻きながらカップを元通り交換して、はっと気づく。元通りにしたとこでまた間接キスになるじゃん……!

 どっと疲れたので、なんかもういっか……とそのままタピオカを飲む。もちもち。噛んどけば気が紛れる。


「……あともう一個だけ。すっごい余計なお世話なことだし、今言うのはずるいってわかってるんだけど、言ってもいい? 本当にやだったら断っていいから」


 さっきまでの強気な態度とは一点、時雨さんが控えめに訊いてくる。

 もちろんと答えれば、それでも時雨さんは少し逡巡してから、そっと小さな声で言った。



「中学の友達と、連絡取ってあげて」



 目を見開く俺に、時雨さんは気まずそうに視線を逸らした。


「長谷くんは本当に気にしてないのかもしれないけど……やっぱり、私たちと重ねて見ちゃうっていうか。相手の子は、長谷くんとまた仲良くしたいんじゃないかなって思っちゃって」

「……そうかな」


 時雨さんと玖須さん、俺とあいつじゃ、少し話が違う。だって俺たちに、特別な絆、みたいなもんはねぇし。

 時雨さんはあれから毎日、玖須さんとRINEでメッセージのやりとりや通話をしているらしい。今度の休日に初めて一緒にテーマパークに行くのだと、はしゃぎながら教えてくれた時雨さんは可愛かった。


「連絡取るの、怖い?」

「いや……この前RINEでちょっと話したけど、意外と普通だったし、怖くはない」

「話したの!?」


 時雨さんが驚いて身を乗り出してくる。

 星女に知り合いがいるかどうか訊いた件はどうにかぼかして伝えると、うわぁという顔をされた。


「それ、絶対長谷くんと仲直りしたがってるよ」

「いや、普通にいい奴なだけだと思う」

「それもあるかもしれないけど! でも……うぅ……全部余計なお世話だからこれ以上なんにも言えない……」

「……まあ、嫌なわけでもないし、説得されなくても連絡するよ」


 二人でいるときにスマホはいじりたくないが、こうなったら今すぐ実行したほうがいいだろう。

 そう判断してRINEを開き、この前無理って言ったけどやっぱ大丈夫になった、とハルに送れば――すぐに既読がついた。


「えっ、はや」


 しかも会える日時の候補までいくつか出してきた。は? 早すぎてビビる。

 そわそわしている時雨さんにスマホ画面を見せるとぱあっと顔を輝かせ、それから、小さく吹き出した。


「あははっ、やっぱり私たちがめんどくさいだけだよね」

「……うん、だな」


 つられて俺も笑ってしまう。

 ……久しぶりに会うのはめちゃくちゃ緊張するけど、考えてみれば俺はすでに、時雨さんへの告白という人生最大の緊張を乗り越えているのだ。それに比べれば他のことなんて恐るるに足らずである。

 なんとかなる。する。いける。

 

 自分をどうにか鼓舞していると、はー、と時雨さんが息を吐く音が聞こえてきた。

 嫌なため息じゃなくて、なんとなく、楽しそうな息。


「長谷くんはさ、結局私をときめかせられなかったわけだけど」

「えっ、う、はい」

「でも私ね。……私にときめきを教えてくれるなら長谷くんがいいなって思うんだ」


 ちょっと頬を染めて、時雨さんははにかむように微笑んだ。

 可愛すぎて死ぬかと思った。大丈夫? 俺の心臓弾け飛んでたりしてねぇ?

 ……めちゃくちゃドキドキしてるのをちゃんと体の内側で感じるので、どうやら無事なようである。


「だから、そうだなぁ。まずは百回、私のことときめかせて」


 ひゃっかい。

 何を言われたか一瞬わからず、固まる。満面の笑みの時雨さんは、非常に楽しそうだった。さっきの笑顔とは種類が違うが、やっぱりこれもこれで可愛い。

 可愛い、が。

 ……とんでもないこと言わなかった?

 

「……せ、せめて十回!!」

「十回ならまぐれでクリアできちゃうかもしれないでしょ」

「でもそこで桁増やすのは違くね……!?」

「逆だよ、今は長谷くんが桁減らしたの!」


 ふと、何か面白いことを思いついたように、時雨さんがいたずらっぽく目を輝かせる。


「百年くらい、経っちゃうかもね」

「気ぃ長いな……!?」

「百年ならギリいけるかもしれないんでしょ?」


 にこにこと小首を傾げる時雨さん。

 でしょ? と言われたって、なんのはな、し――あ。



『でも私をときめかせるには百年以上早かったかもね』

『百年ならギリいけるかもしれなかったけど、以上か……』

『……百年も私のこと好きでいるつもりだったの?』

『いや、可能性の話』



 そんな、会話を。したな。たしかに。……最初の告白の、ときに。

 そんな前の会話を、俺がほとんど忘れかけてた会話を、時雨さんは覚えてたんだ。

 さっき言っていたように単に記憶力がいいだけなんだろうが、なんだか、猛烈に嬉しくてまた顔が熱くなってくる。

 赤くなっているだろう俺の顔を見て、時雨さんはくすくす笑い声を上げた。ああもう、可愛いな!


「……でもあれは、その、百年あれば一回くらいはって話だったから……百回は……」

「一年に一回でいいんだよ! 頑張って!」

「ううううがんばります」

「うん、ぜひ頑張ってください」


 こんないい笑顔の時雨さんに勝てるわけがないのだった。

 乾いた笑みを返しつつ、時雨さんならあの会話を正確に覚えているだろうし、訂正しておいたほうがいいだろう、と口を開く。


「あのときは可能性の話って言ったけど、ちゃんと今は、百年好きでいるつもりだよ」

「……うーん」

「えっ、どういう反応?」


 謎の唸りは怖い。

 片手にカップを持ったまま、わざとらしく腕を組んで目をつぶっていた時雨さんは、やがてぱっちりと目を開けた。


「最初の判定は甘くしてあげるね。カウント1にしてあげます」

「…………今のでときめいたの?」

「ときめきはしなかったけど、なんか……嬉しかったから?」


 自分でもよくわかってなさそうに首をかしげる時雨さん。

 思ったより判定めちゃくちゃ甘いな……。これなら百回も夢じゃないかもしれない。


「百回達成したら、なんでも言うこと聞いてあげるね」

「釣り合ってねぇけど!? いいよ、なんもしてくれなくて……。百回も嬉しくなってくれたんだな、ってだけでもうめちゃくちゃ嬉しいし」

「……カウント2」

「甘すぎだよ!!」


 百年どころか百日以内に達成できてしまいそうな勢いだ。いや、カウント2もまだ『最初』のうちだから甘いだけか……?

 思わず突っ込んだ俺に、時雨さんは声を上げて笑う。


「これからもいっぱい、私のこと嬉しくさせてね。私も頑張って長谷くんのことときめかせてみせるから!」

「毎秒ときめいてるから頑張らなくていいです……」

「カウント3かなあ」

「時雨さんもしかして俺のことかなり好き!?」


 よくわかんねぇうちにカウントがどんどん増えてくんだけど! もはや怖い。

 冗談のつもりで叫んだのに、時雨さんは「そうだねぇ」とのんびりとした口調でうなずいた。


「…………えっ?」

「だから、頑張って。私にときめきを教えてね」


 唖然とする俺をスルーして。

 時雨さんは最高に綺麗な笑顔で、また応援してくれた。





 結局カウント100は百日以内に達成したが――本当にときめいたものがあったのか、それともただ嬉しかっただけなのかは、時雨さんだけが知っている。

 無敵の「ないしょ」を使われてしまったら、俺にそれ以上訊くすべはないのだった。


 でも俺のほうがはるかにときめかせられている、ということだけは主張しておきたい。

 人が『ときめく』シチュエーションというものを俺で覚えていく時雨さんは、それはもう最強だった。時雨さんにかかれば、俺が百回ときめくのなんて下手したら一日で終わる。


 ――俺はいまだに時雨さんのカウント増えるタイミング全然わかんねぇのに!!








私をときめかせてくれたら、付き合ってあげる ― おわり



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私をときめかせてくれたら、付き合ってあげる 藤崎珠里 @shuri_sakihata

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