第49話 飛び降りるはもう禁句

「俺、どうせ飛び降りるならここからの方が確実だったな。」


 璃澄への接吻と、璃澄のスカート捲りから翌日。


 俺達は林間学校で京都・奈良の定番である清水寺へと来ていた。


 俗に言う清水の舞台から飛び降りるで有名な例の場所で、景色を見ながら俺は呟いた。



「冗談でも、もう飛び降りるとか言わないで。」


 両頬を掴まれて無理矢理璃澄の方に顔を向かされると、先程まで車椅子の手すりを持っていた璃澄からマジもんのお叱りを受けた。


「ごめん。」


 俺は素直に謝った。俺が目覚めるまでの間や、碌に動けない喋れない頃の俺を目の当たりにしてきた璃澄からすれば当然か。


「わかればよろし。」


 ポムポムと俺の頭を撫でる璃澄。子供じゃねぇしバブみは求めてない。


毒母親と毒キモウトあいつらを突き落とすという話ならOK。」


 おっと、璃澄はどうやらまだ根に持っているようだった。


 でも流石にここまで献身的な事をしてくれている璃澄を、ジェノサイダー翔にするわけにはいかなかった。



「まぁもう人生で交わる事もないのだから、記憶から消去する事を願うよ。」


 出来れば俺はもう璃澄の脳内から、あのどうしようもない二人の事は消え去って欲しいと思ってる。


 あれか、何をどう取り繕っても俺の童貞を奪ったのがキモウトだという事実が消えない事に苛立ちを覚えてるんだろうな。


 俺が認識していないだけで、初接吻ファーストキスもキモウトが奪ってるんだろうし。


 だからか、観覧車で俺から接吻した時に時が止まったのは。


 俺からする接吻の初めてという事で、妙な感動があった……という事か?


「それに、あの二人はもう他人だから、俺達の結婚式には呼ぶ心算もないし、情報を漏らす心算もないからな。」


「ちょなっ……」


 おっと、俺自身あの観覧車の事以来、俺達の関係性は半歩は前に進んでいる気がするぞ。



「お前ら面倒だからもう恋人を名乗れよ。好き合ってるんだろ。」



「って磐梯、聞いてやがったのか。」


 人が多いから聞こえてないもんだと思ったんだけどな。


 

「あーうん、まぁそういうデリケートな話はだな。」


 妙に照れくさくて、それに今更恋人という



「あのな、学校で色々献身的な所を見てるから誰も言わないけどな。こう見えて璃澄ちゃんて人気あるんだぞ。」



 こう見えてとはなんだ、俺達にとっては貴重な幼馴染兼親友だろ。


「そうなの?」


 なぜ本人が知らない?自覚がない?


「麺と向かって、違う。面と向かって告白するヤローは少ないけどな。男子同士の会話であるだろ、誰が気になってる?とか誰が好み?とかいう話題。」


 なるほど、そこで璃澄の名前がそれなりに上がるというわけか。確かに俺の匂いフェチとか露出とか変態性が見えなければ、これほどの上玉はそうはいないか。


 見た目からのビッチには見えないしな。


「じゃぁ今から恋人名乗る?」


 じゃぁって……


 後ろに回った璃澄が俺の頭に胸板を押し当ててくる。


 恐らくは頭の上に乳を乗せる要領だったんだろうな。


「頭に当たってるんだけど……」


 ない胸だから若干痛い、とは言えないけど。


「乗せてるんだよ。」


 乗せる程ないだろとも言えないけど。



「こういうバカをやり合ってるんだが、恋人同士というよりは悪友って感じがしないか?」



「そうだな。でもそれって、良い意味で採れば恋人同士のスキンシップとも取れるぞ。」



 京都観光を終えて、俺達はバスに乗ってホテルへ向かっていた。


 関東とは何となく街並みや街の雰囲気が違うのかな?なんて思いながら眺めていると、やがてホテルへと近付いて行くのがガイドの案内で理解する。


 そんな時フッと窓の外を見やると、歩道を歩く数人の女子校生の姿が目に入る。



「今日の宿……あ゛」


 目線を切った先にチラっと映ったのは、俺に見間違えがなければ……


 やめろ、せっかくのいい気分だというのに、全てを台無しにするような事はやめろ。


 気付いたのが俺だけなら黙っていれば済む話だけど。




「真生、ホテル着いたら中坊から……厨房から包丁借りてくる。」


「やめろ。幸い視線が交わってはいない。向こうが気付いてるかどうかはわからないだろ。」


 やはり璃澄の目にも捉えられていたか。こうなったら俺は璃澄を止めるしかないだろ。


 俺の進んだ高校は伏せてある。だから林間学校で京都・奈良・ついでに和歌山に来ている事はわからないはず……


 あ、そういや璃澄が一回かち合った事があるんだっけ。制服から特定されてる可能性はゼロではないな。



「璃澄、頼むから何も起こさないでくれ。俺はお前との未来を大事にしたいと思ってるんだ。」


 その言葉に嘘はない。俺の人生から璃澄が傍にいないという未来の姿はない。


 悔しいけれど、璃澄依存症と言ってもいいかもしれない。献身介護してくれる璃澄に甘えたり、都合良く思ったりしていないとは言えないけど。


 俺が前向きになれてるのも、リハビリ頑張れるのも、璃澄あっての物種なのだ。


 だからどんな奴が壁として現れても、俺はそれを打ち砕かなければならない。


「向こうが近寄って来ない限りはその他大勢の他人として、通行人Aとして扱ってくれ。」


 隣に座る璃澄の手を握って……ともだちんこをした。


 俺もこうなったらなりふり構っている場合じゃない。

 

「ん、わかった。出来る限り堪える。」


 それは堪えられないという振りにしか聞こえないんだが。


「俺達の見間違いという事もある。大体ここは京都だぞ。」


 不安を拭えないまま俺達はホテルの敷地へと入って行った。



 フロントに向かう時、俺達以外の学校の名前が記載されていない事を確認して、一応の安心を得る事に成功した。


 林間学校や修学旅行、部活の大会や合宿で利用する場合は、〇〇様ご一行と書かれたボードに学校名が記載されている。


 個人での利用の場合でも苗字が書かれていたりする。


 幸いにして見知った名前は一切見受けられなかった。


 

「ねぇ真生。私からもともだちんこしていい?」


 シリアスはあまり長い間仕事を出来ないようだった。


 それにお前がやってもともだちんこにはならねぇだろ、とは口には出さなかった。


「お下品な言葉ばかり言ってると、運営偉い人から強制送還公開停止を喰らうぞ。」



「荒んだ心を洗い流すのは、いつだって真生の液体か匂いだけだよ。」


 病院時代の俺、よく逆レされなかったな……


 あぁ逆レはあのキモウトと被るから、璃澄のプライドが赦さないか。



 

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妹に死ねば良いと500回も言われたので来世にワンチャンかけようと決意した 琉水 魅希 @mikirun14

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