呪GAME
人生
呪限無――名前を呼んで
名前とは、モノを区別・識別するために使う記号である。
名前があるからこそ人はソレを認識し、意識し、他者とのコミュニケーションを円滑に進めることが出来る。
それは人間の名前も同様で、「あの子」や「この子」、「あの人」や「あいつ」より、名前がある方がよっぽど意図する人物について相互の認識を得ることが出来るのだ。
では、読めない名前、覚えられない、書けない名前に記号としての価値はあるだろうか?
いわゆるキラキラネームと呼ばれる名前は、その字面からは想像しがたい読み方をさせるものだ。
そうした呼称しがたい名前は個人を印象付けるには効果的だろうが――名付け親もまた、我が子に特別な想いを持っているからこそ、なのだろうが――覚えられない、読めない名前は果たして、社会において記号としての役割を全うできるのだろうか?
名は体を表すという。ならば、読めない名前を持つ者のことを人は、「変な名前の人」と認識し、当人のことも変人扱いするのではないか。
とはいえ――時代をさかのぼれば、今では「古風」と呼ばれるような「
時代によって言葉や常識が移ろうように、人の名前もまた変化していくものなのかもしれない。それはつまり、社会に広く認知された「一般的」であるか、否かの違いなのかもしれない。
そうだとするならば――機能美にこだわった平凡な名前もいいのかもしれないが、せっかくの我が子なのだからと、特別な名前をつけることも、許されていいのかもしれない。
しかし、物事には限度というものがある。
名づけられた当人にとっては、一生涯にかかわることなのだから――
――とあるレビューサイトで「伝説」「入手困難」とされる幻の同人ゲームがある。
タイトルは『
幸運なことに、俺は行きつけの中古ゲームショップでそのソフトを入手することに成功した。
俺が動画配信者だったならそのことをSNSで報告し、たくさんの視聴者の見守る中そのゲームを実況配信するのだろうが、ゲームが趣味の一介のサラリーマンである俺は、仕事を終えて帰宅したアパートの一室で一人、ひっそりとプレイする。
いやあ、今からでも動画配信はじめてみようかな、などと俺に思わせるくらい、そのゲームの稀少っぷりは有名なのだ。俺も一夜で有名になるに違いない。
ただ、まあ、せっかく入手したのだ。何はともあれ自分一人で楽しもうじゃないか。
それに、これまで噂は聞くが動画サイトにはほとんど上がったことがないゲームだ。もしかすると権利的にアウトだったりするのかもしれない。
実際、配信をしようとしたバーチャルユーチューバーの何某氏がBANでもされたのかその後、音信不通だという胡散臭い記事を見かけた。
まあ名前も聞いたことのない配信者のことは忘れて――PCにディスクを挿入する。
画面上に表示されたフォルダ。その中にあるexeファイルをクリック――小さなウインドウが開く。
古い作品なので操作は主にキーボード。その上に指を置いて画面が切り替わるのを楽しみにしていると、
『名前を入力してください』
と、メッセージが表示された。
『タロウ___』
初期設定は『タロウ』。どうやらプレイヤーの名前を自由に設定できるらしい。
こういう時、自分の名前を付けるのには抵抗があるので、いつもどうしようかと悩んで適当に目についたものから命名するのだが――何かないかとデスク周りに目を泳がせながら、小指でAキーをかたかた叩いていると――あああああ――とまあ当然のように画面上に文字が打たれていて、それを見て俺は思いついた。
どうやらこのゲーム、文字数制限というものがないらしい。いくらでも――あああああ――と続いている。
前々から一度やってみたいと思っていたことがある。それは、滅茶苦茶長い名前をつけた時、ゲームのメッセージウィンドウではどのように表示されるのか……。普通のゲームなら名前に文字数制限があって、「あああああは敵を倒した!」などとウインドウ内に収まるようになっているが、さて、ウインドウを埋めるくらいの名前が常時表示されるとしたら、果たしてどうなるだろう。
長い名前といえば、と思いついた名前を入力し、決定。
すると画面にドット絵で描かれた老婆のようなキャラクターが登場し、
老婆「『タロウ』? 貧相な名前だねぇ、お前の名前は今日から、
『じゅげむじゅげむごこうのすりきれ
だよ」
……マジか。
メッセージウインドウが拡大され――老婆の姿を覆い隠し――俺のつけた長い名前が古尺でしっかりと画面上に映しだされていた。
「こういう対応されるわけね……」
ちょっとした好奇心はあっさりと満たされる。ともあれ、ゲームを進めよう。
キーを押してメッセージを進めて行くと――
不意に。
はやくけせ はやくけせ はやくけせ はやくけせ はやくけせ はやくけせ
はやくけせ はやくけせ はやくけせ はやくけせ はやくけせ はやくけせ
はやくけせ はやくけせ はやくけせ はやくけせ はやくけせ はやくけせ
はやくけせ はやくけせ はやくけせ はやくけせ はやくけせ はやくけせ
「うわっ……!?」
黒バックに赤字でゲーム画面いっぱいに溢れだす。
一瞬びっくりしたものの、これもゲームの演出だろうとキーを叩けば――はやくけせはやくけせはやくけせ――
――うわぁぁぁぁぁぁぁ!?
叫び、飛び起きる。
気付けば俺は、自室のベッドの上にいた。
……どうやら、夢を見ていたらしい。
溜息をつき、深呼吸すると、どんよりとした生暖かい空気を胸に感じた。
換気もせずに締め切っていたためだろう。俺はベッド横の窓を開こうと、カーテンに手を伸ばし、
「……?」
外の景色に、一瞬戸惑った。
空が赤い。黒い雲が浮かび、血のように赤い空がどこまでも広がっている。
朝焼けのようでもいて、夕焼けのようでもある。全体的に薄暗いが、昼間の曇り空くらいの明るさはある。今は何時なのだろう。
それにくわえ――異様な空模様に呆気にとられ、すぐには気付かなかったが――俺の部屋はアパートの三階にあって、窓の向こうには住宅街、その向こうにはオフィス街のビル群が目に入るはずなのだが――
住宅街から向こう側が、あの不気味な空一色になっていて、夜もぎらぎら輝いているビルの光がまったく確認できない。まるで住宅街から先が存在しないかのような……ドームの中にいるかのような……歪曲した空が頭上を覆い、無機質な住宅街を囲っていた。
「いったい、何が……」
呆然と呟き、とにもかくにも外の様子を確認しようと、俺はベッドから這い出すとジャージに着替えて部屋から飛び出した。
どこまでも続くようで明確な終わりがあることを感じさせる、不気味な空。
俺は胸騒ぎを覚えながらまるでひと気のない住宅街を歩いている。
スマホで時間を確認すると、今は16時。たとえば嵐の前後ならこの時間でもこんな空模様になるだろうかと思い、天気予報を確認しようとするのだが……スマホは圏外なのか、ネットに繋がらない。お天気アプリも無反応だ。
何か、天変地異の前触れなのだろうか……そんな不安を抱かせるには十分な光景だ。おまけに、ネットも繋がらない。山奥やド田舎でもあるまいし、今時こんな住宅街の真ん中で電波が入らないなんてことがあるだろうか。
もしかして……俺が寝ている間に東京かどこかで何かが起こって、それで携帯会社の基地局なりなんなりが壊れてしまった、とか……?
核……。それなら空が不自然に赤いことも腑に落ちる。電波障害も起こるだろう。
しかし、それにしては周囲が静かすぎる。普段なら誰かしらとすれ違うし、どっからか犬の遠吠えなどが聞こえてくるのだが……車の排気音すら感じられない。
いったいぜんたい、どうしたというのか。まさか本当に爆弾が落ちて? みんな避難してしまったのか、それとも……。
なんとかネットに繋がらないかとスマホの画面を睨みながら天に掲げたりやたらめったら振り回していると、
「痛っ!?」
後頭部に鈍い痛みがあり、
『つるぺた女児ぺろぺろ の 攻撃!
じゅげむじゅげむごこうのすりきれ海砂利水魚の水行末雲来末風来末世紀末喰う寝る処に住む処ネット環境にスマホ代やぶら柑子のぶら柑子パイポ・パイポ・パイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナのリア充ライフでイケメンの長久命の長助 は 50のダメージを受けた!』
!?
視界いっぱいに謎の文字列が現れたかと思うと、現れた時と同じように突然何事もなかったかのように掻き消えた。
目の前には、相変わらず圏外のスマホの画面……。
「な、なんだ……!? ダメージログか今の!?」
それに、今の呪文のような文字列――あれは俺がつけた長尺ネーム……。
「というか――」
「なんつう名前してやがるんだ」
「!?」
背後から、頭がきんきんするような甲高い声が聞こえた。
振り返ると、そこには黒いぼろきれをまとった小柄なシルエットがある。
そいつは子供みたいな甲高い声で、しかし大人びたニヒルな口調で言う。
「まさか本当に人に会えるとはな……。何年振りだ? 全体チャットが更新されたのは」
「だ、誰だ……?」
何を言ってるんだ、この子供……子供?
そいつがフードのように顔を隠していたぼろきれの一部をずらすと、そこには女の子の顔があった。表情は純真無垢な女児とは程遠くシニカルな笑みを浮かべているが、間違いなく小学生かその下かといった年齢の幼女である。
「おれの名前は『つるぺた女児ぺろぺろ』……昔は幼女系バーチャルライバーとして一線で活躍していた、おっさんだ」
「…………」
雰囲気だけはやたらとカッコ良く感じたのだが、見た目と言っていることがすぐには理解できない。
「今は平成何年だ? 西暦の方がいいか?」
「は? 今はもう令和だぞ? 何言ってんだ……」
「令和? まさか、年号が変わったのか――そうか、覚悟はしていたが、やはり『外』では結構な時間が流れてるようだな……」
「?」
何やらひとり納得している幼女(おっさん?)である。
怪訝そうにしている俺に気付いたのか、そいつはニヒルな笑みを浮かべながら、
「ここは、ゲームの中の世界だ」
そう言った。
――それはプレイした人間を閉じ込める、呪われたゲーム――
「あるいは、なんらかの陰謀なのかもしれん。お前もそうだろうが、おれもネットで囁かれる伝説につられてこのゲームをプレイして……もう何年も、この無人の街をさまよっている。きっと何者かが意図してゲームについての噂を流しているんじゃないか、これは政府の陰謀なんじゃないかとおれは考えているが、もしかすると本当に呪いの類なのかもしれない。そうなったらお手上げだが、しかし――おれだけじゃなく、まったくの赤の他人であるお前が現れた。人為的な仕業の可能性もまだ残っている。なんにしても、人間をゲームの中に閉じ込めるなんて技術が既にファンタジーなんだが――」
そいつは――『つるぺた幼女ぺろぺろ』は、久しぶりに人と話すからか、聞いてもいないことをぺらぺらと饒舌に語ってくれた。
俺は驚きの連続が逆に動揺する隙を与えてくれなかったのか、不思議と落ち着いてその話を聞いていた。
ここは、ゲームの世界――それは出会い頭に『つるぺた』がやってみせたように、ダメージログが発生することからそう考えられるのだという。
ゲームであるからにはクリアすれば脱出できるのではないかと思い続け、体感で数年――今日もまた『つるぺた』はノーヒントで街の中を探索し続けていて、そのさなかに俺がログインしたことを報せる全体チャットを確認したそうだ。
「まあ体感数年っつっても、時間感覚がだいぶ曖昧になっちまったからな。たぶん人としての意識を失ってたんだろう。お前がログインして目が覚めた感じだ」
「そんな長いこと、一人で――」
流暢に、まるで他人事のように話すものだから悲壮感がなく、俺もまだ現実を呑み込めていないためか――それは、俺の身にも降りかかる問題なのだという意識が、今一つ欠けていた。
「ところで、お前、本名はなんていうんだ?」
「え?」
「いや、さすがにお前の名前は長すぎだからな。『お前』呼びでもいいが――実はこの世界、『ふっかつのじゅもん』があるんだよ。死んだ時にな、生き返るために……誰かがお前のフルネームを叫ばなきゃいけない。でもお前の場合だと、呼んでる間に時間切れになりそうだからな。それこそ寿限無、寿限無だ。川で溺れた我が子の名前を呼んでるうちに流されちゃったっていうな」
「ん? 寝坊した寿限無を起こそうとするけど、名前が長すぎて呼んでるうちに遅刻しちゃったって話じゃ?」
「もともとそういう話だったんだよ。まあ落語だからな、噺家によって内容も変わるし、子供が死ぬって話は時代的にそぐわなかったんだろうな」
「へえ……」
思わぬトリビアを得た。
なるほど、その話みたいに手遅れになってもらっても困る。俺は『つるぺた』に実名を打ち明けることにした。
「そっちも本名教えてくださいよ。さすがに……他に誰もいないとはいえ、それを叫ぶのはちょっと」
「おれはもう何千回と目にしてきて、とうの昔に羞恥心は消えちまったし、こんな名前でも、誰かに呼ばれるのはいいもんだが――まあ、そうだな。おっさんから最後にイイコト教えてやる」
「え?」
他人に
――『つるぺた幼女ぺろぺろ』がログアウトに成功しました――
突如として眼前に現れたメッセージ。それが消える頃にはもう、おっさん幼女の姿はどこにもなかった。
混乱する俺の頭上に、影が差す。
それは、赤い空の向こう――まるでゲームの画面のようにそこに映る、俺の顔――
『あぁ、ついでだから銀行口座の暗証番号も教えてくれないか? だって今日から、俺がお前として生きていくんだからよ――』
ニヒルに歪む、俺の顔――
…………。
………………。
……………………。
『じゅげむじゅげむごこうのすりきれ海砂利水魚の水行末雲来末風来末世紀末喰う寝る処に住む処ネット環境にスマホ代やぶら柑子のぶら柑子パイポ・パイポ・パイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナのリア充ライフでイケメンの長久命の長助 は 死亡した!』
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呪GAME 人生 @hitoiki
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