#13 俺と君の秘密

 まだ風の冷たい冬の終わり頃。窓の外では草花たちが今か今かと春を待ちわびている。


 あたたかい香りに誘われたオースティンはパソコンから顔を上げた。

「紅茶いれたよ。」

 フラヴィアがキッチンからティーカップとポットをのせたお盆を持ってリビングに現れた。いつだか昔に、砦で紅茶をいれてくれた記憶がよみがえる。

 フラヴィアはどんどん美しくなり、少女から大人の女性へと成長していった。


「ありがとう。…昔もこうやって紅茶をいれてくれたよな。懐かしい。」

「そうね。…あ、そういえばあの場所ペルトリックから逃げてきたのも、このくらいの時期だったよね。」

 その言葉で23歳のオースティンの頭のなかに7年前の記憶が鮮やかに映し出された。

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 二人がペルトリックを脱出した後、ペルトリックは若い男がオースティンに差し出した情報によって、人身売買をしていた事実が発覚された。その後の調べによって、なんとペルトリックは何百年も前から存在していたとわかった。始まりは遥か昔、大航海時代の三角貿易まで遡るというらしい。


 そのUSBメモリのなかに、若い男からオースティンへ向けたビデオメッセージが記録されていた。

 内容は、オースティンの父親は自分であることだった。

 たったの16歳の時に付き合っていた彼女が妊娠してしまい、経済的余裕や社会的自立が出来ず、施設に引き渡す事になってしまったそうだ。ちゃんとした施設に頼むつもりだったが、とても貧乏な家庭だった為、父親が勝手にペルトリックに売ってしまったらしかった。

 その父親のギャンブルのせいでオースティンを売った後も家庭は苦しく、ペルトリックから金を借りる変わりに、自分が無償で働かなくてはいけなくなってしまったといった。


 状況説明の後はオースティンへの長い長い謝罪のメッセージが記録されていた。

 オースティンはおかしなことに、その時喜びを感じていた。

 道理であのウォード家に馴染めなかったのかと納得し、大嫌いだったウォード家と自分に血縁関係が無いことを素直に喜んだのだ。さらには自分にはまともな父親がいて、売られた理由も仕方なくだった。

 自分を押さえつけようとしてくるものを必死にはね除けて抗ってきた今までの自分が報われたように感じた。


 その後ペルトリック組織は解体された。幹部の人間は皆残りの人生を牢獄で過ごすことになるだろう。そして、ローウェルもブライアンが託したデータによって逮捕された。


 フラヴィアはその後長い間入院生活を送った。その後もローウェルの実験の後遺症をなくす為の通院を続けている。今でも検査入院をすることもある。その甲斐あって幻覚や幻聴の症状は薄くなってきて、少しずつだが前へと歩み出している。

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「でも、まさかあなたが警察官になるとはね。」

 フラヴィアはクスクスと笑いながら言った。

 ペルトリックから脱走した後、オースティンは不良から完全に足を洗った。

 ウォード家には帰らず、バイトを掛け持ちして一人暮らしを始めた。奨学金制度をうけて必死に勉強し、見事に警察官になったのだ。

「俺も驚きだよ。昔は一番警察が嫌いだったのに。」


 オースティンが三年間の訓練の後、警察学校を卒業し、フラヴィアの退院が決まったとき二人はすぐに同棲を始めた。その時にはもうお互いがなくてはならない存在になっていたのだ。


 もちろん、全てが順調に進んだ訳ではない。頼れる大人も居ず、安定した収入も無いなか未成年一人で生活するのはとても大変だった。周りの人間からも良い顔はされなかった。

 それでも、もがき続けてやっと安定した暮らしを手に入れることができた。



 ――もし…もしあの日フラヴィアが砦に現れなかったら…どんな人生になっていたんだろう。



 オースティンは、まるで映画のような時間を過ごした16の冬に想いを馳せた。


「ありがとうな。」

 オースティンがぼそっと呟くと、聞き取れなかったフラヴィアは不思議そうな顔をした。

「ん?なぁに?」


「なんでもない。」


 オースティンは幸せのこもった紅茶をそっと飲み干した。












(完)

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