こんなものいらない!

タマゴあたま

こんなものいらない!

「こんなものいらない!」

 私はそう叫んでしまいたかった。

 でも私がしたことは枕に顔をうずめただけ。

 本当に叫んだらお父さんもお母さんもびっくりしちゃう。

 枕のおかげで声は抑えることはできる。

 でも溢れ出してくる涙を止めることはできない。


 涙の原因は劣等感と嫉妬。窓の外の景色のように暗く重い。


 幼馴染の裕美ゆみはずっと私の一歩前にいた。

 学校のテストは裕美より良い点数をとれたことがない。ある時、裕美に勝ちたくて、寝る時間も削って勉強してやっと九十点を取ったのに、裕美は九十六点だった。それも平然と。

 習い事のピアノだってそう。裕美のほうがたくさん褒められている気がする。実際、賞だって私より多くもらっている。

 裕美には才能があった。小さいころから神童だなんて言われてさ。でも才能だけじゃないのもわかってる。裕美が勉強もピアノもすごく努力してるのは私だって知ってる。

 裕美は何も悪くない。悪くないのに……。


「それ、解決して差し上げましょうか?」


 私以外誰もいないはずの部屋に男の人がいた。真っ黒いスーツを着ていて爽やかに笑っている。逆に不気味。

 だ、誰……? もしかして強盗? だったら早く逃げないと!


「ああ。ご心配なく。私は強盗ではありません。あなたを苦しみから救い出してあげようとしている……。そうですね、幸せを運ぶ妖精とでも言っておきましょうか」


 男の人はふふふと笑った。


 妖精……? この人頭がおかしいんじゃないの?


「頭がおかしいだなんて失礼ですね」


 男の人はむっと頬を膨らませる。

 なんでわかるの!? 声に出してた?


「いえ、声には出ていませんでしたよ。私、実は心が読めるんですよ。先ほども強盗ではないと言ったでしょう?」

「そ、そうなんですね」


 心が読まれているなら黙っていたって意味がない。


「それに、ほら。足元を見てください」


 男の人の細くて白い指をたどると、足が床から数センチ離れていた。あ、革靴なんだ。


「妖精だと信じていただけましたか?」

「うん。心を読んだり、宙に浮いたり、気づかれずに部屋に入ったり。人間じゃ不可能だもんね」

「ありがとうございます。申し遅れました。私、プルゼス・ワーデと申します。以後お見知りおきを」


 そう言うと、舞台に立ったマジシャンのようにお辞儀をした。


「なんか面白い人だね。プルゼスさんって」

「ありがとうございます。さて、話を戻しましょうか。あなたを苦しみから救って差し上げますよ」

「ほんと? この感情を消してくれるの?」

「ええ。でも、まずはもう少し聞かせてもらえませんか? あなたや裕美さんのことを」

「うん。裕美には才能があって誰からも褒められてた。でも裕美は才能だけじゃなくてちゃんと努力もしてた。それは私もわかってる。でも! 私だって精一杯努力した! 才能がないってわかってるから! でも裕美には勝てなかった! 私は誰かから『お前はだめだ』と言われたわけじゃないし、裕美のことはすごく大好きなの。でも、どうしたって劣等感と嫉妬がつきまとってくるの……」


 私が話している間、プルゼスさんは頷いて優しく微笑んでくれた。それだけでもずいぶん救われた気がした。


「あなたの苦しみはよくわかりました。私が消し去ってあげましょう」

「本当にできるの? 私を救ってくれる?」

「ええ。だって私は妖精ですよ。明日になったら素敵な日々が待っていますよ」


 そう言うと、プルゼスさんは霧が晴れるように消えた。


 翌朝。


 すっきりした気分で目が覚めた。

 プルゼスさんとのやり取りは夢だったのか現実だったのかよくわからない。

 でも清々しい気分だ。

 私は軽い足取りでリビングへ向かう。


「お母さん、お父さん、おはよう」

「ああ、おはよう」

「お、おはよう」

「あれ? なんだか元気ないね二人とも」


 心なしかお父さんとお母さんの表情が暗い。


「あのね。落ち着いて聞いて。らしいの」


「え……」


 私はその場に座り込んでしまった。

 なんで? 昨日は元気だったのに? 今日一緒に遊ぶ約束だってしていたのに?

 どうして自殺なんて……。


「ああ。そういえば一つ言い忘れていました。私の本当の名前はデゼスプワールって言うんですよ」


 耳元であの男のささやき声が聞こえた。

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