七、獣巣商店街(ケモノスしょうてんがい)

「なに盗まれても、気にしない。命が盗られなければこの街では上出来だから」


 獣巣ケモノスと書かれた商店街の幕を越える前、プーシャオが三人を振り返って言った。


「なに、スリとか出るの?」

「俺、連れと海外行った時、スマホ盗られたことあるわ」

「佐久間君、連れってお客の子?」

「うるせーな、お前は。つっこむなよ、いちいち」

「ぷーちゃん、こういう男にひっかかったらだめだよぉ?」


 立石と佐久間がわいわい喋っているのを無視して、静岡は近くの売店を覗き込もうとした。

 すると、しゅっ、と耳をかすめて矢が飛んできた。


「うおっ」


 びっくりして身を引くと、売店の奥にいた黒い覆面の男が弓矢をつがえて、こちらを狙っている。


「……それ以上近づくなよ。来たら射つ」

「いやただの客なんだけどっ?」

「だからどうした。客なら俺らをおびやかしても構わないって言いてえのか? 殺すぞ」


 やくざかよ。

 丸腰な静岡は両手をあげて、ゆっくり後退るしかない。


「シゾーカっ」


 プーシャオが気がついて駆け寄ってくる。


「お店では、ほしいもの紙に書く。お金とわたす。近づかない」

「いきなり矢が飛んだぞ」

「近づいたら、殺されてもしかたない」


 たしなめるように言われて、「はあ?」と少し静岡は苛立った。

 そんなことは知らないし、プーシャオは道案内なのだから危険があるなら教える必要があるのではないか?


「そこに書いてある。見て」


 指差すプーシャオも頬をふくらませていた。


「読めねーよ。なに文字だよ」

「書いてある! 見て!」


 腕を引っ張られ、仕方なく売店脇に立つ注意書きのような看板をのぞきこむと。


 バーコードをほどいてたわませたような文字列の横に、小さく、日本語と英語と中国語で「売店を覗いてはいけません、近づきません、話しません、殺されても知りません」と書いてあった。


 言い返すせりふが思いつかず、静岡は舌打ちをした。

 そんな静岡をまた、たしなめるようにプーシャオが腕を軽くたたいてきたので、面倒そうにあしらう。


「仲いいねえ」

 二人を眺めながらにやにやする立石と、面白くなさそうにしている佐久間を推しやって、静岡は先に進むことにした。


 人気も少なく、売人が店の奥で息を殺しながらこちらを注視しているのを肌に感じて、気持ちが悪い。


「なんなんだよ」


 足を早める。

 つま先が何かにぶつかって、静岡はよろけた。

 たたらを踏んで、振り返り、地面から出ていた何かを蹴飛ばそうとした。


 しかしできず、静岡はそれを見下ろした。

 手、だった。


 地面から突き出していたのは、青白い、ほっそりした指の、女の手だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さらいに行きます、異世界へ 浅瀬 @umiwominiiku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ