第6話「光ともる町」



 翌日、三人はプーシャオに連れられて、山の麓にある町に行くことにした。


 服が濡れてしまっていたので、プーシャオの祖父のものだという、渋色のつなぎを三人とも身につけていた。


 立石は裾がぴったりだったが、静岡と佐久間は手足の裾が足りなくて少しみっともない。

 佐久間は憮然としたが、静岡は着られればなんでも良かった。


 人が一人やっと通れるくらいの崖の道で、ふいにプーシャオが指さした。


「そこ、だよ」


 乾いた平らな岩場の上に、何か落書きがされていた。文字のようなものと、仏像じみた似顔絵。


「あそこに、落ちてた。あなたらの仲間」

「げっ」


 立石と佐久間が顔をしかめた。

「落ちて死んだのか?」

「ちがう。死んで落ちた。その後、みんなで、かたづけて、絵をかいた」

「なんで?」


 静岡はしげしげと岩場の落書きを見つめる。

「私たちはいつも、する。一人で死んだらさみしいから」

「死体はどうした?」


 今度は崖下を指差す。

「……しかたない。運べないから」

「うん。仕方ないよな」


 頷くと、プーシャオは背後の静岡を見上げ、はにかんだ。


 カタコトではあるが、静岡達からすれば言葉が通じるのはありがたい。

 昨夜、ヤオワオから聞いた通りなら、ヤオワオ達の住む山が静岡達の世界と繋がった間口であるらしい。


 そしてここに流れ着くあちらの人間は少なくはなく、大抵こちらに住み着いて死ぬまで暮らす。

 流れ着いた者と現地の者との子供達も今では数多い。だからあちらの言葉を家族から習ったりして喋れる者は多いのだという。



「……まあ、2、3人は殺っていそうな顔してたもんな、あいつ」

「確かに、はは」


 静岡は黙っていた。

 用心深く孤独に生きてきた年輪が、険しいしわになって刻まれた、やくざ崩れの男の顔が思い出された。

 静岡は口の中の苦いものを飲み込む。

 どうしてか、嫌な気分になった。



   ーーーーーーーーーーーー


 麓に降りてくると、屋台のようなものが建ち並んでいて、静岡達を見つけるや、「兄さん! 兄さんこっち!」

 と手招きをしてくる。


「おつかれさん! あちらからこちらに来て疲れたでしょうっ、まあ呑みな、呑みな!」


 白いお猪口のような、小さな器に入った飲み物をしきりにすすめてくる。


「呑んでへいき」

 プーシャオが頷くので、三人は恐る恐る、屋台の男から器を受けった。


 口にあてて飲み干す。液体ではなく冷気のようなものが喉を通って、肺を満たすのが感じられた。


「うっわ、むせるかと思った」

「大丈夫、佐久間君? でも飲み物ではないよね……?」

「よくわかんねーけど、うまい」


「まいど、兄さん! 嬉しいこと言ってくれるねえっ」

 嬉しそうに屋台の男が飲み干された器を受け取った。

 静岡は笑顔を向けられたことに居心地の悪さを感じて、口元をひきつらせた。


「くるま、呼んでる。それまで待つよ」


 屋台のそばに、円錐形の天幕が並んでいて、その中の一つをプーシャオはめくり上げ、振り向いて静岡達を呼んだ。


 中は、分厚いカーペットが敷かれてはいたが、ごつごつとして座っていると尻が冷たくなってしびれてくる。


 プーシャオが肩にかけていた小ぶりのカゴの中から、赤い果実を手のひらにのせて差し出した。

 三人はそれをつまんで小腹を満たした。


 休んでいるうちに眠ってしまい、静岡が目を覚ますと、ぼうっと天幕が淡く光っていた。


 めくり上げて外を見ると、日が落ちてしまって真っ暗だ。

 その中で、屋台や天幕がぼんやり光って、明かりがわりになっている。


「きれいでしょ?」


 プーシャオの声がした。

「きれいだな」

 おうむ返しすると小さな笑い声が返ってくる。

「上から見た時も、きれいだよ。いつもきれい」


 プーシャオは静岡に少しだけ気を許しているらしい。最初の頃より、話す時の表情がやわらいでいる。


「……すげーな。どうやって光ってるんだ」

「ふつうだよ。シゾーカはこどもみたい」


 19の自分よりまだ年下そうなプーシャオに笑われても、静岡は腹が立たなかった。

 ただ、そうやって気を許したように接せられることがくすぐったく感じられる。

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