とある女子会

帆高亜希

第1話

あと20分で定時というタイミングで社内メールが届いたので、開いてみた。



『本日の女子会のお知らせ、18時に駅ビル内のアナスイ前で待ち合わせ☆

本日は個室ダイニング・アクアミュージアムに決定しました、では後ほど。 小畑一美オバタカズミ



いつもの女子会のお知らせ、月に一回は開催される。


女子会とはいえ、メンバー全員が“アラフォー世代”だ。



「だいったいさぁ~、アラフォー女がさ~、女子って言うの、イタいよねー」



聞こえよがしにこういう言い方をするのは、27歳の白間百合江シロマユリエだ、私が受けたメールが見えてしまったのだろうか?


彼女は日頃からやたらと私達の世代を目の敵にしているフシがある、何か特別な恨みでもあるのだろうか?






「 ムカつくんだよね~、白間シロマってさ!」



こう発したのは幹事である小畑一美オバタカズミだ、私より5つ年上で既婚者だ。



薄暗い店内の個室には大きな水槽があり、

様々な種類の熱帯魚が泳いでいて水族館のようだった。


オシャレな創作料理に居酒屋にはなさそうな気のきいたカクテルを美味しく味わいたかったのに、悪口大会になりそうな予感…。



「あいつ、アラフォーの女をやたら目の敵にしてるよねー!何かと“あの世代は”って言い方をするし」



こう言ったのは私と同い年の三笠真紀子ミカサマキコで、やはり既婚者だ。


お通しのビーフジャーキーを細かくちぎるばかりで口にしようとしない。



「 何かあったんじゃないの?」



私は彼女の肩を持つ気などなかったが、

話の流れを変えたかった。



ミドリ、何かあっただなんて優しすぎない?アイツの腹いせに決まってるよ!」



こう切り返してきたのは、一つ年上で一番の美人の 清川佐和子キヨカワサワコ

私と同じく独身だ。



白間シロマってさぁ、最近のアラフォーが若くてキレイなのに焦ってんだよ」



再び佐和子が発言した。

元モデルである彼女が発言すると、説得力がある。


すると真紀子マキコがシンガポールスリングを一気に飲み干して、テーブルにダンっと音を立てて置いてから、言い放った。



「そう!ヤツは容姿コンプレックスと見た!たいして美人じゃないけど、色だけは白い!色白がゆえにやたら日焼け止め過剰だし、少しでも吹き出物できるとギャーギャー大騒ぎ!仕事そっちのけで、手鏡チェック欠かさない!」



「たいして代わり映えしやしないのにね!」



「ナル入ってんじゃない?」



他、電車内で化粧しているのを目撃したとか、元カレがアラフォー世代の女に惚れ込んだから逆恨みしてるとか、叩けば出るホコリのようにあらゆるウワサと悪口が飛び交った。

私はそれには参加せずに、出された料理を黙々と食べ続けた。



先程から黙っている私だが、

正直言って白間百合江シロマユリエは大嫌いだ。


日頃から人を年齢で判断しバカにする傾向があって、若さを鼻にかけている。


若いとはいえ27歳、若さを鼻にかけるような年でもないと思うけどな…。



「でもサ、悲しいかな、男ってどんなに太めで不細工でも若い女のがいいのかな」



ため息まじりに発言したのは、佐和子サワコ



美人でスタイルが良くて若く見える彼女でも、先日の会社の飲み会で男性社員が誰がどう見ても彼女より劣る若い女子社員をチヤホヤしていたのに対し、ショックを受けていた様子だったことを思い出した。



「先日の飲み会のこと?井澤イザワさんが新人の岩谷イワタニさんにばかり話しかけていたね」



真紀子マキコも見ていたらしく、さらに言葉を続ける、



岩谷イワタニさんってさ、かなりなポッチャリで、メイクがヘタではみ出てサエない子なのにね~」



こう言われた佐和子サワコはキリリと眉毛を上げ、



「そう!井澤イザワのヤツ、こっちが話しかけてんのに、人をシカトしてムカつく!自分だってオヤジで妻子持ちのクセに!」



今度は男性社員の悪口になった。




ぶっちゃけ最近女子会がつまらない。


当初は純粋にオシャレな飲食店でおいしい料理とお酒を楽しみ、恋バナなどのガールズトークで盛り上がっていたのに、

最近は白間百合江シロマユリエや上司らを槍玉にあげた悪口三昧だ。


最初のうちはほどよいウサ晴らしと思っていたが、段々嫌気がさしてきた。

悪口ばっか聞いてたら、せっかくのお酒やお料理がまずくなっちゃう…。


少し毒気を抜きたくなった私は、席を立って化粧室へと向かった。



店内はどこまでも洒落た造りで、

天井にはいくつもの豆電球が星座を形どったプラネタリウム風で、通路脇にも巨大な水槽が置かれたくさんの魚が泳いでいた。



――こんな素敵なお店で昔みたくガールズトークがしたかったのにな…――



私はため息をつき、

化粧室の入り口のドアノブに手をかけた。



すると、そのとき…。



「だいたいさぁ、40以上のオンナが自らを女子っての見苦しいんだよねー」



聞き覚えのある声が耳に入って来たので、

私はドアを開けるのをやめた。


声の主は明らかに白間百合江シロマユリエ…。

社外で遭遇するとは…。



小畑オバタ先輩たち、どこで飲んでいるのかな?」



受け答えをしているのは、百合江ユリエと比較的仲の良い山本涼子ヤマモトリョウコだ。



「さぁ?居酒屋にカラオケってパターンじゃない?それより今日、清川キヨカワの服装見た!?」



「見た見た!スカート短かったよねー!」



「マジで若作りやめろってカンジだよなー、ハハハ!」



佐和子サワコの悪口だった。


日頃から白間百合江シロマユリエは、元モデルの彼女を目の敵にしていた。


確かに佐和子サワコは服装が若いが、

20代のスタイルをキープしている彼女に年齢相応な服装をしろと言うのが、

ムリな話だと思うのだが…。

彼女自身身長が160センチ超えなのに、

服のサイズが5号という驚異的な細さで、5号サイズは身長低い人用につくられているため、どうしても着丈が合わないという彼女の悩みを知っていた。

そして今日、彼女が履いていたスカートはいわゆる『ミモレ丈』で、通常ならふくらはぎの半分隠れるところが佐和子サワコの場合ヒザがやっと隠れる程度なのだ。

それを短いだなんて…。

人の事情も知らないで!と、抗議したくても、そんな勇気は出ない。



中へ入ろうにも入れず、困ってしまった。



「でもさ、あたし的には 宮坂ミヤサカ先輩のが違反だと思うなぁ」



自分の名前が耳に入り、仰天した。

なんと今度は私?!

しかも山本涼子ヤマモトリョウコの口から!?



思わず耳をそばだてる。



「へ?宮坂ミヤサカ?」



「うん。だってさ、小柄だからなのかなぁ?若い通り越して童顔だよね」



「あー、そうだなー、地味な服着ようが派手な服着ようがあんま変わんないなー、アイツは」



おいおい、アイツときたか!

どこまで失礼なんだ!



「なんか宮坂ミヤサカ先輩ってサ、大きなトラブルに当たりそうになると逃げ足早いよね?」



うっ、スルドイ…。



「んー、それはよくわかんないや~、それよりアイツいくら食べても太んないの、あの年で異常じゃね?フツ~中年太りする年だべ?」



なんてヒドイ!

白間百合江シロマユリエは、さらに言葉を続けた。



「色合い地味だから見過ごしていたけどサ、宮坂も若作りだよな~!オバサンは大人しく年相応にしてりゃいんだよ〜!」



そう言い放ってキャハハと大笑い。



アタマきたけど、私にはトイレのドアを開ける勇気がない。

引き返そうと決心したそのとき、誰かが後ろから私を追い越す形で勢いよくドアをバーン…と、音をたてて開けた。



「ちょっと、アンタ達!人のこと若作りなんて言うけどね!翠と私は年齢相応の服はサイズが合わないの!文句あるなら、ダイエットしてウチらの年齢になるまで若さをキープしてから言いなさい!」



…元モデルで美人の佐和子サワコだった…。



百合江ユリエ涼子リョウコはサッと顔色を変え、何も言い返さずにさっさと立ち去った。


私はどうしたらいいのかわからずに呆然としていたら、

佐和子サワコが振り返って言った。



ミドリがなかなか帰って来ないから心配して見に来たのよ、具合悪くなったんじゃないかって…」



「ごめん…」



「何で謝るのよー!しかし、あいつらもココに来ていたとは思わなかったね」



佐和子サワコはそう言うと、

同性の私でも見惚れるくらいの美しい笑顔を見せた。







翌週の月曜日…。



白間百合江シロマユリエ山本涼子ヤマモトリョウコは普通に出勤していた。



あれから佐和子サワコは皆にトイレでの一件を話すのでは!?と思ったけど、

何も言わなかった。

何事もなかったかのように今まで通り普通に彼女らに接し、仕事をしていた。



学生時代は女は陰口言うのがいやだと思っていたけど、誰しも人の好き嫌いはある。


最近では表だって嫌悪感を表明するほうが幼稚だと思うようになったが、何だかスッキリしない。


陰口と表だった嫌悪感を表明する白間百合江シロマユリエのようなタイプは、

かなり苦手だ。



相変わらず幹事役の小畑一美オバタカズミは次の女子会の提案をしてくる…。


そしてきっと私もそれに逆らえない…。

また悪口大会になるのはいやだと思っていたら、社内メールを受け取った。


差出人は佐和子サワコだ。


『お疲れ様~、仕事中ごめんね。ウチらまだ独身だけど、そろそろ婚活始めない?とりあえず女性が無料のパーティーをいくつか見つけたんだけど…。次回の女子会で、既婚者2人の意見を聞いてみましょう♪ では、では~』



読み終えて彼女のほうを見ると、

こちらを見てニカっと笑った。



――婚活かぁ…アラフォーの私にもご縁はあるのかなぁ…?――



私は次回の女子会で話題提供を考えてくれた佐和子サワコに感謝しつつ、

やりかけていた仕事を続けた。




【完】

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