第3話 槍の森
長槍は教団を貫いて石畳に刺し立たされた。
ヘンス城から水の波紋のように広がる人と槍のオブジェクト群からは、うめき声が聞こえる。しかしそれは周りの戦火の音にかき消されるように次第に薄れて消えていくのだ。
【ある日のソルドモ】
南西にあるレースカインという大陸には『ソルドモ』という大きな国があった。元々は王政であり、国王が存在した。その国王は勇敢なる騎士王『ゼド』と呼ばれていた人物であり、年齢は90を少し超えていた。
全盛期は魔王討伐後にある。
伝説の勇者と言われていた者が魔王を討伐した後に、父でありソルドモの王『ジル』の命により軍隊を率いて残党となる魔物たちに攻め入り打ち滅ぼした。
その後は数多の魔物をその巨大な斧にかけ、老いた父ジルによって『騎士王』と称されて次期のソルドモ王となった。
新たに王となったゼドは、父の最期の言葉『そなたとソルドモに光あれ』もむなしく、自らのあこがれる勇者レイダの心中を察して父の言う光とは無縁の道を歩むのだ。
絶対的な力を持っていた魔王と呼ばれた存在を滅ぼしたレイダ。その者に対する世界の思いは堕落の騎士と広がる。しかし、ゼドからすれば堕落しているのは明らかに世界だったのだ。なぜなら、近くで見ていて知っていたからだ。
ゼドは自らの家臣、国民がこう発言しているのを日々聞く。『魔王を滅ぼすほどの力はもう存在してはならない』と。
ソルドモは古来から神エイルを信仰する国だ。皆魔王を恐れる時代、自らの心に神エイルを信じ、光を宿すのだ。
しかし光を信仰する者はそのうちに影が宿るのか、それともそれが人間という存在なのか、人々は自らを救った英雄が役目を終えた瞬間に目の敵にしだすのだ。
ゼドはそれらに絶望してある日の夜、1人寝室でレイダに祈りを捧げる。翌朝、一つの命令を下す。
『目を覚ませ、エイルは邪神である。今後エイルを信仰する者は、誰であろうと処刑する。』
ゼドの命に一部のソルドモ国民は震撼する。
家臣の血で赤光する鎧をまとって、背けば処刑すると命令をするのだ。周りの意見や環境に意思を左右される人々は幸いである。元々信念がないのだから、国王ゼドの命令は何の抵抗もなく従えられる。
しかし、信仰心が強い者は災いである。ある種の強い信念があるため、そう簡単には意思を変えられないのだ。
表立ってゼドに背き、謀反を起こす家臣や国民が存在した。王でありながらゼドは歴戦の騎士、どれだけの数が集まろうと文句なく斬られ潰された。
陰で復権派として暗躍し、謀反を起こそうと活動した人々もいた。しかし、ゼド自らが復権派を特定して葬り続けた。
ゼドはそのような者たちに対して殲滅を徹底したが、1つ誤算があったのだ。
自らが最愛である妻、ソルドモ王妃『シーナ』が、エイル崇拝復権の先導者ということに気が付けなかった。
【ヘンス国城下町】
「……。」
「ゼド。光のもとに、神エイルのもとに、シーナ様のもとに、眼前の闇を振り払え」
ヘンス国城下町は数多の怨嗟が響く地獄のような光景が広がっている。ゼドは教父の命令を受けて無言で戦い続けている。ともに戦う周りの者たちは教父を含めて何かを叫んだり、何かを言いながら武器をふるい指揮をしていたりするのだが、ゼドだけは一切の声をあげない。
ゼドがレイダに対して斧を振り、レイダが頭の上で剣を構えて巨大なゼドの斧を受け止める隙間の時間、背後から短剣が突き刺さる。誰に?背後ががら空きなゼドにだ。
鎧の隙間、鎖かたびらを押し開いて短剣がゼドの腰に突き刺さる。刺した人物はレイダに食事をふるまわれた貧相な男だったのだ。あの時教団員に体の4カ所を貫かれていたが、レイダが店を出る前にかけた魔法によって傷口は完全にふさがっている。
「……。」
「お、お、王、様。」
刺されたゼドからは全く血が流れ出てこない。大きな鎧を身に着けているから血が見えないだけ、なんてことはない。男は短剣の根元まで、レイダの加護を受けた無双な力で突き刺したのだ。刺された場所も、普通なら血の多く通う致命的な部位にも関わらず、血が一滴も流れ出てこない。
ゼドは自らが刺されたことなど一切気にすることなく、教父に命じられたことを遂行するためにレイダへと続けて向かうのだ。
レイダは笑みを浮かべながらゼドの姿を見ているのだが、一息ため息をついて悲しいような表情を一瞬だけゼドに向ける。
ゼドは向けられた表情など見えないというように、まるでくぐつのように無感情でその巨体を動かすのだ。顔すら一切見えない重装備をきしませながら。
ゼドは斧に眩い雷をまとわせる。バチバチと眩い光を走らせた斧は、レイダの真上からそのまま雷のように速く、強烈に降ってきた。
轟音とともにレイダを潰し貫こうとする巨大な斧は、レイダが両の手で支えられた伝説の剣によって受け止められた。その瞬間では、レイダの常時まとう黒い障壁は教父の矢によって破られたのではない、ゼドの雷のまとった斧によってあっさり砕かれたのだ。
「エイルの友の『ソエル』の加護か。久しくまぶしいな。」
そう言うレイダは、内に思う懐かしさのあまりに純粋な笑みを浮かべていた。
「……。」
「あぁ! 神エイルよ! どうかお導きを! 」
相変わらず沈黙を続けるゼドの少し後方。教父が天上に高らかと叫んだあとでエイルの祝福が施されている弓を地に落とした音が、周りの雑音の一部としてなった。
教父は闇をまとうヘンス国民の3本の長槍によって貫かれ、教父の肉体は天上に掲げられた。血が噴き出て空を舞い、長槍を伝って国民と地面に流れ落ちる。
エイルの祝福が施された弓と矢は地に転がった後に、その存在が見えないとばかりにヘンス国民の集団に無造作に踏みつけられる。
続けて長槍が貫いたのはゼドだが、ゼドは沈黙を続ける。
教父が長槍のオブジェと化してしばらくすると、ゼドは両膝を地に打ち付け、雷の力が消失した巨大な斧だけはしっかり握りしめて巨体をだらりとかがめた。言葉だけではなく肉体も沈黙させたのだ。
堕落騎士 沢井 @yuusyafuyu
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