第2話 人々には祝福を

【ヘンス国城内】


 城内にいるドレッドは静かに目を閉じながら、レイダの声に答えるように頷く。そしてかつての得物を用意して城内の広場に城内中の人々を集めさせ、広場の壇上で君主であり戦友の命令をそのまま伝えるのだ。

全員、数年数10年ともに過ごした者たちだ。


「王の命令である。敵襲だ。地下武器庫にある槍のうち、14,573本を用意せよ。1敵につき1つの槍をくれてやれ。それがそのまま墓になる。」

「お、お言葉ですがドレッド様。我々は槍などあつかったことが……」


 この国には軍隊と呼べるものはない。いや、正確には残っていない。なぜなら87年前にレイダとドレッドたちが全て滅ぼしたからだ。

今この国に存在している者たちは、もともと魔物と呼ばれたもの、居場所がない者、忌嫌われた者たちなのだ。それらがただ集まっているだけなので、武器を扱える者たちはほとんどいない。

そんな者たちをドレッドは少し寂しそうに眺めて、いつもの口調で言った。


「心配はない。すぐにレイダ王の祝福がお前たちを包み、苦しみは消え去るだろう」


 広場にてそれを聞くほとんどの者が理解できない。不思議な顔で壇上に立つドレッドを見つめたり、となりどうしで話し合ったりするばかりだ。

そんな者たちを見ていたが、ドレッドは静かに目を閉じ始めた。

そして恐らく城下町にいる1人と神エイルにしか聞こえないほど小さな声でつぶやく。


「みんな、すまない。」

(クク、ガハハハハハ! 忌嫌われし者どもよ、2度と恐れることのない祝福をくれてやろう! )

「再びともに戦おう、レイダよ。」


 その瞬間だ。ヘンス国民全てに、生者死者全てに黒い雷がおち、その後地の底からわくような暗闇が包み込む。国民全ての生者、男性、女性、子供、死者、全てが雄たけびを同時にあげだした。しかしドレッドは叫ばない。彼は、別だからだ。

 黒い祝福に包まれし者たちは皆幸せそうな笑顔で、ドレッドの命令通りに14,573の槍を抱えて、街へ敵へ雪崩のように走っていく。ドレッドはかつて己の得物であった朽ちた刃こぼれの酷い大剣をしばらく見つめると、大剣の柄を握る手に力を込めて戦場へ歩み出す。


【ヘンス国城下町】


 不思議といまだ死なないレイダの剣に突き刺さっている教団員は血を流し続けてもがき続けている。時々刺さりっぱなしの教団員の体があわく緑の優しい光に包まれるのを、それを見つめる者たちは見た。光が発せられると同時に傷口がふさがり、体は一瞬で再生されている。


「完全回復魔法『バルーク』……神エイルよ、なぜこの者にこのような奇跡をお与えに……。」


 『奇跡』その言葉にレイダは顔をゆがませた。そして教団員の向けるこの目に顔をゆがませた。その目を見ているうちに、昔のこの国で起きたことが脳裏に一瞬現れるが、すぐにどこかに行ってしまった。いや、レイダが思いを消し去ったのだ。


「奇跡か。貴様の言うような奇跡を見せてやろう。あの時のような奇跡を」


 レイダは教団員の突き刺さった剣を天へ高らかと掲げる。


「90年前は余のこの姿を見て全人類は希望を生み出し、立ち上がったのだ」


 レイダの掲げる剣が稲妻を帯びて光り輝く。90年前のあの時の、神エイルに祝福されし勇者の姿そのものだ。しかし、それは束の間だ。稲妻は黒く変化し、黒き稲妻が天へと解き放たれた。

黒き雷がヘンス国中に無数に降り注ぐ。剣に突き刺さった教団員は次第に燃え出し、黒い炎に包まれて絶叫している。


「クク、ガハハハハハ! 忌嫌われし者どもよ、2度と恐れることのない祝福をくれてやろう! 」


 レイダは邪悪に笑いながらそう言うと、その瞬間に黒き雷の落ちたヘンス国民全ての生者と死者が暗黒に包まれて叫び出すので、教父のとなりで命令を待つ重装備の者以外は教父を含めて驚愕した。

 

黒き祝福を受けた生者からは先ほどまでの教団に対する恐怖の心が消え、それは表情にも表れて幸せそうな笑みを浮かび出す。黒き祝福を受けた死者は何事もなかったかのように起き上がり、四肢のどれかがもがれた者も無くなった部位が異形に再生しだして起き上がるのだ。


 祝福を施した後にレイダはフードを外して、邪悪な笑みを浮かべる顔をあらわにした。

黒い炎に包まれる教団員は完全回復魔法によりいまだ死ねない。しかし剣をふるうと教団員は地面に転がり、しばらくして絶命した。


レイダは城内の槍を左手に転移させると、地面に転がる教団員を再度突き刺して石畳に槍を刺して立たせる。

その姿に教団の者たちは立ちすくむばかりだが、教父はレイダの顔をまじまじと見て喉を鳴らす。いや、その美しい顔に喉を鳴らしているわけではない。若さに喉を鳴らしているのだ。


「忌者の王レイダよ。そなた、歳をとっておらんのだな。おぞましいものだ、化物め。」

「少年。おぞましいというが、これは元々貴様らの崇めるエイルの祝福だ。」


 周囲で自ら率いる教徒の師団と闇に包まれし国民が戦う中でそんな事実を言われた教父は歯をかみ、隣にいる重装備の者に命令を下す。


「ゼド、この者を必ず葬るのだ」

「……。」


 教父の命令で動き出すゼドと呼ばれた重装備の者は無言のまま鎧のこすれる音を響かせながらレイダに向かってそのまま巨大な斧を振り下ろす。

風を切るような轟音とともに振り下ろされる巨大な斧は、通常ならば人体を両断できるほどの威力を持っているだろう。しかし、巨大な斧は金属がぶつかる高い音を立ててレイダの剣によって止められる。


斧を止められた重装備のゼドは、レイダの腹を蹴飛ばそうと巨大な右足を突き出した。しかし、レイダの前方に黒い障壁が現れて蹴りが届かない。


「頑張れよ。ゼド? だったか? 」


 ゼドはレイダの言葉は無視して、自らに強化魔法をかけた。肉体からはミシミシと肉がきしむ音が鳴り、重装備ははち切れないばかりだ。

そんなレイダとゼドの戦いを見ていた教父は、黒い障壁を破る秘策を準備していた。神エイルの祝福がされた大弓と矢である。

教父はレイダに向けて矢を引き絞り、放った。


「ふん。裏切り者め。」


 レイダはその弓矢のことを知っていた。なぜなら元々の持ち主はレイダの仲間だからである。

矢が迫った時には自動的に黒い障壁がレイダを守ろうとするが、放たれた矢は障壁をガラスのように打ち破り、その先にいるレイダに突き刺さる。

そのすきをゼドは逃さない。


「……。 」


 ゼドが全力で振り下ろした巨大な斧は、レイダをけさに切り裂いた。最初に当たったレイダの左肩はちぎれそうなほど深く切り裂かれた。

血が空を走るが、想像したほどに血は流れなかった。それもそうだ、すでに傷がふさがりつつあるからだ。


「不死身なのか、化物め。」


 久しぶりのダメージに感慨深そうに傷を負ったはずの場所を見ながら、レイダは笑いながら言うのだ。


「不老だが不死身じゃない。頑張れば殺せる。そら、頑張れよ。」


 絶望を感じながらも教父は自らのできること、レイダに対して弓に矢を番え引き絞り、放つことに専念した。ゼドも同じだ。自らにできること、巨大な斧を振って眼前の敵を滅ぼそうとすることに専念するのだ。


教父は周囲に注意を向けられない。向ければ急にか細く感じている自らの正義と勝利がその時点で切れて無くなってしまう気がしたからだ。


 周囲を見よ。自らが魔物と呼び、教団に殺させたヘンス国民が立ち上がって教団に群がる。教団員は何度も国民を刺突し、国民に殴られて刺されて食われている。

この教父が従える1個師団はよく言って防戦気味だ。だがどうか、悲鳴と歓喜の波が迫っているではないか。

長槍を持った闇に包まれし者たちが次々と迫り、教団員を貫いて掲げ始める。女性や子供もそうなのだから、もはや人の肉体的な力ではない。これがレイダの黒い祝福か。

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