一章 神の迷い
第1話 聖なる宣戦布告
気持ちよさそうに突っ伏す男の後ろに立つのは、神エイルを崇める光の教父。
その者が身を包むのは90年前には見慣れた装い。青い衣と帽子、純白の法衣、エイルより与えられた紋章を象った銀製の首飾りだ。
しかし異様なことは、大きな弓と矢筒を持っていることだ。周囲の何人かは弓と矢筒を見て不審に思ったが、次第に誰からともなくその者を見て笑った。
周囲の者たちがなぜ笑うのか。それはレイダが治めるこの地では相容れない思想であり、異端の考えを持つからだ。
だが教父は、そんな周囲の下卑た笑いを無視して問いかける。
「この世は、いつ始まりましたか? 」
周囲の者は相変わらず笑っているのだが、レイダは表情を変えずに答えた。
「そんなものは誰にも分らぬことだ。」
レイダの答えに教父は目を閉じてあわれみ、両手を組んで祈りを捧げる。
「おぉ。神エイルよ、どうかこの者に導きを」
真剣にそうしている教父を見て、レイダは呆れた感じでテーブルに肘を立てて顎を乗せた。それもそうだろう、レイダは元々神エイルに選ばれし加護を与えられた勇者だったのだから。
今もこうしてレイダにのみ聞こえるではないか、神エイルの声が。
(おぉ。私を信じる者よ。しかし私は導いているのです……)
「黙れ。エイル」
レイダは神エイルの声が聞こえた時はいつものように『黙れ』と声に出して一蹴をする。事情を知らない周囲の者たちはいつもその姿をみて困惑する。困惑だけならばよいが、目の前にいるのは神エイルを崇める教父。
教父はレイダに向き直り、右手を挙げた。するとどうだ、店の中にぞろぞろと同じ装いの教団員と1人の巨大な斧を持った重装備の者が入ってくるではないか。
その姿を見て、店にいる周囲の者たちは冷ややかな笑いが薄れて固まった。
「あなたはやはり……。」
ぞろぞろと入ってきた教団員は教父の後ろに並び、フードをかぶるレイダをにらみつける。
教団の1人が教父に耳打ちをすると、レイダの身に着けているボロボロのローブに隠れた剣へと目を移して細めた。
すると今度はどうか、腹も膨れて気持ちよさそうに突っ伏して眠っている男をまじまじと見つめ、団員のうち4人が頷きながら細身の剣を抜き、眠っている男を刺そうとするではないか。
(いけません私を信じる者よ! )
神エイルが言葉を発しても、聞こえるのはレイダだけである。神の言葉むなしく、男は教団の4人に剣で刺されて目を覚ましたが、4本の剣で突き刺されているので叫んで飛び起きようにも身動きが取れない。どれだけもがこうと傷口にとどまらず鼻や口から赤い血液がドボドボと流れるだけである。
(あぁ。なんという……)
神エイルは嘆き、周囲の者は悲鳴を上げるが、目の前でそれを見るレイダは何一つ変わらない。
「教父様、魔物を1匹仕留めました。」
「そうですね。」
4人の教団員は剣を引き抜き、血を流してもがく男を椅子から落とした。その椅子に大きな弓を杖のようにして歩んで教父が腰かけると、また問いかける。
「この世は、いつ始まりましたか? 」
レイダはいつの間にか少しの笑みを浮かべていたのだが、再び教父から問われたころには退屈そうに椅子の背もたれに体重をかけるのだった。2度目の問いかけには長々と事実を答えてやるのだ。
「この世がいつ始まったか。そんなことは実際、誰も知らない。」
教父や教団員はレイダの言葉に耳を傾けつつも、目は話に集中しているというわけではなく、レイダの持つ剣やフードに隠れた顔を覗き見るようにしている。
「エイル様が最初に火を創って光と熱を生んだ。寒がりなエイル様はそれで満足したが、そのうち飽きたんだ」
話を聞いて、レイダのローブから見え隠れする剣を、そしてフードからちらりと見える美しい顔の下半分を確認するや否や、教父と重装備の者の眼には鋭い光が走り、それ以外の教団員は怒りをあらわにした。
「神エイルを侮辱するな! 闇に酔いし者よ! 」
(いけません勇者レイダよ……、剣を抜いては……)
色々な声を無視してレイダはさも退屈そうに『この世は、いつはじまりましたか? 』の問いに対して答え続けるが、徐々に邪悪な笑みを浮かべる。
「酔っている? 余が酔っている風に見えるのか、貴様。」
「貴様は神を裏切ったのだ! 罪人め! この世に存――」
教団員が怒りに任せて叫んだが、その叫びはレイダの剣によって止められた。
いつの間にか両者をさえぎるテーブルは横に転がり、教団員の下腹部を大きな剣が根元まで入っているのだ。
周囲にいる者たちはただ立ち尽くすのみである。教団員も唖然としているが、レイダはそれらを全て無視する。
教団員に刺されて大量の出血で静かに倒れている男に何やら魔法をかけると、剣に突き刺さっている教団員をそのままの状態で持ち運んで店から出た。
ざわつくヘンス国城下町下層の人々と、外で待機していた神エイルを崇める光の教団員。
少し気が遅れたが、店にいた教団員はレイダの後を追いかける。教父と教父に命令された重装備の者も店を出た。レイダの剣に突き刺さっている教団員はまだ死んでおらず、何かを呟きながら手と足をバタバタ動かしているのだ。その恐ろしい光景を見て教父が叫ぶ。
「おのれ! やはり勇者レイダ! 堕落騎士レイダ! 忌王レイダ! 」
それを聞く周囲の国民たち、教団員はレイダへ向ける目をむき出した。
だが発せられる声は2極端だ。
レイダを崇める民衆とレイダを糾弾する教団員である。民衆を無視して教父が叫ぶ。
「魔物どもに耳をかすな! 魔物どもと魔物をすべる邪悪な者レイダを、神エイルの名のもとに滅ぼせ! 」
この教父の言葉で始まったのは殺戮である。
33日後にはこの事件は全大陸全国に知れ渡り、大混乱が起きることとなる。
後世のある者は歴史書を書いた。それにはこの出来事が暗黒の時代の始まりと書かれたのだ。
「滅ぶべし! 」
教父の叫びに教団員が続いて叫びあい、その声は波のように広がった。どれだけの数がいるのか、ヘンス国中から教団の叫びはとどろくのだ。
叫びが響いた後に響く声がある。それはヘンス国民の悲鳴である。国民に紛れ込んでいた教団員も今日初めてヘンス国に足を踏み入れた教団員も皆同じ細身の剣を抜き、誇らしげに銀でできた教団の首飾りをあらわにして、国民を魔物と呼びながら突き刺したり切り伏せたりするのだ。
「我ら光の教団は邪悪なる者を滅ぼし、再び神エイルの名のもとに世に光をもたらすのだ! 」
教団の叫びや国民の悲鳴を聞くレイダは、もはや神エイルの声がかき消されるほどにたかぶり、邪悪でおぞましい笑みを浮かべる。そして脳裏では敵の数を考え、以前神エイルに祝福された時に習得した魔法でそれを算出した。
そして出てきた敵の数は14,573およそ3個師団である。
それを踏まえてレイダは『ちっぽけ』と言わんばかりに鼻で笑い、再び祝福された力をつかう。まるで神エイルが話しかける時のように城内にいるドレッドに話しかけた。
(ドレッド。14,573の長槍をもって敵を滅ぼせ。方法はこの国にしたことと同じだ)
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