茜色した思い出へ
惟風
茜色した思い出へ
おはようさん。あ、もう夕方やからおはようはおかしいな。すまんすまん。いつもは朝に来てもろてるからついつい癖で言うてもうたわ。
急に時間変更してもらって、ごめんなあ。今日が通院の日やてすっかり忘れとって。
うん、いつもみたいにハタキかけてから
内臓の方は調子ええねんけどな、血圧がやっぱちょっと高いて。塩分高いの食べてたらあきませんよー、てまた叱られてもうたわ。
息子にも会う
こないだ
掃除機も新しいの買わなアカンとは思ってるんやけど、
……ああ、今日は晴れとるから窓からの西日がすごいな。眩しいくらいや……ふふふ。
え?……いやあ、今はアンタみたいなヘルパーさんが来てくれるから、極楽やなあ、て思ってな。感謝しとる。
昔はなあ。カイゴホケンなんてなくてな、ジジババは家で家族が看るしかなくて大変やってん。
……ご近所さん同士で助け合う時もあったけどな。
私がまだ若い時、高等学校を卒業する年の時分や。実家の近くに
デイサービスとかも無かったからしんどかったやろと思う。昼間は息子さん仕事に出てたから。まあお婆ちゃんは家の中やったら見えんでもそこそこ動けたらしくて、おかげで何とかやっていけてたみたいやけど。
それが、ある日お婆ちゃんが
ウチからは母親が行ってたんやけど、たまたま
その時はお婆ちゃんの腰も大分良うなってきてたから、昼前くらいに行ってご飯出して洗濯して軽く掃除して……今のアンタほどちゃんとはできてへんかったかもな。いつもありがとう。
ほんで、日が暮れてきた頃かなあ。そろそろ帰りますわあって時に、そこの息子さんが帰って来はった。
私の母親が来てると思ってたんやろねえ。私の姿見て、えらいびっくりしはってな。私もびっくりしたよ。もっと戻るの遅いと思ってたから。仕事のキリが良かったからいつもより早く上がったて言うてはったかな。
母が体調悪くて私が代わりに、て事情話したらえらい感謝されて。
その息子さん――思いだした、
身体の大きい人で、私はほら、背が小さいやんか。だから覗き込むみたいにして背中曲げて話しかけてきて、それがちょっと
それで、歩いて十分もかからん距離なんやけど、連れ立って外に出てな。少し歩いた角を曲がったところで、立彦さんが空を見上げて
どうしたんかなって思ったら、ここから見える夕焼けは絶景なんやけど、今日は曇ってるから見えへん。残念やったなあお嬢ちゃん。折角やから見してあげたかったなあ、て、それは悲しそうにしてはった。
確かにそこは田んぼが続く道で見晴らしが良くて、ちょうど実りの時期で、もし晴れてたら夕日で金色に照らされた
それから家に着くまで何を話したかもう覚えてないんやけど、何や、立彦さんはふわあって笑ってはったな。そんで、私もいっぱい笑った。近くに住んでる言うたかて、たまに挨拶交わすくらいしかしたことなかって、この人こんなに話さはるんやなあって意外やった。
ああ楽しいなあ、ずっと歩いてたいなあって思ってた気がする。帰っても家の事させられるだけやったからね。こき使われてた。
けど、それからすぐに私の父が事故で亡くなって、私が遠くの親戚の食堂で住み込みで働くことになって。
結局、立彦さんとお話ししたんはあの時の一度きりになってもうたなあ。
働き出した食堂で主人と出会ってな。顔は良くて
長いこと経ってから立彦さんの家を訪ねてみた時には、あのお婆ちゃんもとっくに亡くなってて家のあった土地自体が更地になってた。立彦さんのその後はわからずじまいやね。
今日みたいに天気の良い日の夕方は、あの日を思い出すねんな。ほんまはどんより曇ってた時のことやのに、おかしな話やけど。
一緒に夕焼けを見てみたかったなあ、て。
他にどうしたいとかはなくてな。
ただ、どんな
生きていく中で、辛い時に、ほんの少しのきらきらしたモノを取り出してやり過ごしてたな。それももう終わりに近づいてる。
何や、途中から変な話になってしもたな。話し込んでしもて。すまんすまん。
オババの
茜色した思い出へ 惟風 @ifuw
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