十日目 青鉛筆と金曜日(完結)

 あれから俺と夢崎は救急車に搬送された。


 ざっくりと刺された傷は、夢崎が傷を〝能力〟で引き受けてくれたためか、内臓までは達していなかった。消毒されて縫合され数日の検査入院ですんだ。思ったより軽傷とは言え、まだ抜糸していないから、運動はできないし、毎日消毒しないといけないけど、おととい退院して、きのうからは高校に通っている。


〝能力〟を失って、気づいたことがある。


〝能力〟が使えていたという記憶がとてもあいまいだということだ。


 人のつながりを切る能力で俺はかたっぱしから人のつながりを切りまくったことは覚えていた。しかし、だれとのつながりを切ったのか重要なことは覚えていない。


 クラスは静かかで、担任は事務的で、この状況を俺が作ったということ自覚はある。


 どうしてそうなったかまで詳細には思い出せないのだ。


 しかし夢崎のことだけははっきり覚えている。


 俺が生き延びることに協力してくれて、夢崎の兄に刺されて、夢崎の〝能力〟に助けられて、夢崎を助けるためにつながりを断った。


 俺が一方的に覚えていて、つながりを断たれた夢崎は何も覚えていないようだった。


 きのうクラスで話しかけたら無視されたくらいだし。


 けど、もうひとつ気づいたことがある。


 人のつながりは切っても切れないんじゃないかって。


 クラスのつながりをバラバラにしたはずなのに、まばらに話すグループができていた。


 つまり、そういうことなんだろう。


 いっしょに食卓を囲む母さんは玉子焼きの真ん中を小皿に移し姉さんの写真に供えてくる。そして、玉子焼きの端切れから食べて、俺の皿に形の良いものをのっけてくる。


「食べなさい」


 にこりとも笑わない。けど母親として関わろうとしてくる。


 どう答えていいかわからずテレビに目線を逃がす。


 テレビにはローカル放送にてあるニュースが流れてきた。


 ある女子大生が路線に転落しそうになっている男性を助けたとかで、市長から表彰されるという。


 画面には車椅子に乗るニット帽を被った人を見て、ぶわっと目頭が熱くなった。


 そこには薫子さんが映っていたのだ。


『私の父は列車に轢かれそうになっている人を助けて亡くなりました。私は生きることができたみたいです。父と同じ人として正しいことができて、今とてもうれしいです』


 薫子さんはフラッシュの中、笑顔をはじけさせる。


 朝から涙が止まらなかった。号泣という表現が正しかったと思う。


 薫子さんはいくつかのインタビューを終え、最後に『いいですか』とカメラに向かった。


『実はあたまを強く打った影響であまり記憶がないんです。もし、私の友達だった人がこの放送を見ていたら、連絡がほしいです。また友達になってくれるとうれしいです』


 そうテレビの向こうの薫子さんは微笑んでいた。




  ✄




 どういう原理かはわからないが、LINEの連絡先から夢崎の名が消えていた。


 これも〝能力〟でつながりを切った影響か、メッセージ履歴まですべて消えていた。


 ただ、それでもつながりを切っていない薫子さんの連絡先は消えていなかったわけで。




 かずや【お元気ですか】

 いや、入院中なんだから元気ではないか。




 かずや【生きていてうれしいです】

 いや、重い重い。




 傘を差しながら薫子さんへのメッセージを考えながら登校する。結局、学校につくまでにメッセージは決まらなかった。まあいい。夜にでもメッセージを送ってみよう。


 学校近くの海を見る。


 深い青の海が広がっていた。


 そこに夢崎の姿はいない。パワーサーフに乗る夢崎の姿はいなかった。


 朝から降っていた雨が止んだ。


 前方の赤い傘をさした人が立ち止まった。手の平で雨を確認してから傘を畳む。


 その人は夢崎だった。ふと、夢崎と目が合う。


 俺が会釈すると、夢崎が困った顔をして、何か考えるそぶりをして、会釈を返してくれた。


 雨あがりの朝が好きだとか。


 景色がキラキラしてきれいだとか。


 世界はカラフルで、毎日が華やかに色づいて、生きていることが楽しくて仕方ないとか。


 最近、そういうやつも実在するのかなって思うようになった。


 たぶんそいつは世界との向き合い方が俺とは違う。


 耐えられないほど真っ黒でもない、けど白く無垢でもない。


 そんな灰色な世界を色づかせることができるのなら。


 そんな方法があるとすれば、そういうやつは自分から動いているのだろう。


 夢崎とのつながりを手放したくないと強く願って実感した。


 こんな生き地獄のような毎日を、ひとりで生きていくことは、つらい。


 だから他人が必要なんだ。


 だから俺は、夢崎とのか細い糸をこれから太くしていこうと思う。


 クラスに着くと、よそよそしかったクラスメイトはひそひそと会話をはじめていた。


「夢崎さんのお兄さんが捕まったって」「あれは示談になったって」


 きっとこうやってつながりは作られていく。


 つながりは良い面だけではない。ぼんやりと脳裏に残るこの七日間にも地獄のような光景があったはずだ。つながりは、きっと、毒にも薬にもなる。そういうものなんだろう。


 だから俺は良い面だけを掬っていこう。


 強く、そう思う。


 夢崎が能力に目覚めたということは、七日で死ぬルールが適用される。


 きょうをを含めると、あとタイムリミットはあと四日しかない。


 他人の傷を引き受ける〝能力〟か。


 なぜ俺にものを切る〝能力〟が与えられたのかと考えることがある。きっと俺は母親やクラスの人間との関係を断ち切りたかった。だから、切る〝能力〟が与えられた。


 じゃあ夢崎の〝能力〟は?


 俺の家への罪悪感から生まれた〝能力〟だとすると――夢崎らしいというかなんというか。


 担任がホームルームを始めだした。


 俺は筆箱から青鉛筆を取り出すと、思わず笑ってしまった。


 この青鉛筆を夢崎がひとりになったら足元に転がしてやるんだ。


 そして言ってやる。


「ごめん、その赤鉛筆、拾ってくれない?」


 って。


 そこからはじめよう。まずは話しかけて、できれば連絡先を交換する。まずはそこから。


 残酷で、息がつまりそうな日常を、なんとか乗り切ろう。


 それが姉さんと約束したことなのかもしれない。


「さあ、俺も、復讐してやろうじゃないか」


 ひとまず夢崎とのつながりを作っていく。進学先どこにする、とか、俺もそこにしようか、なんてそんな他愛ない未来の話がしたい。あのね、と笑う夢崎のそばにいたい。


 そのためにまずは夢崎の七日目以降の命をつなぐ。それが当面の目標だ。


 雨はあがり、世界が色づいていく。





 モノクロームの海、極彩色の雨あがり〈了〉

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モノクロームの海、極彩色の雨あがり 志馬なにがし @shimananigashi

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