海水からの酒抽出装置、あるいはグレムリンの放尿

高黄森哉

あるいは酒でいっぱいの………………


「ウヒェヒェヒェ」

「何がおかしいの」

「敵のアジトに密造酒工場があっただろう」


 車のハンドルを握る彼が聞く。

 ヴェクター002は、乱痴気騒ぎを思い出した。この世界の酒を牛耳る、港に潜伏する悪の組織。その総本山である、文殊に侵入して、顧客データを盗み出したのである。道中、彼がカプセルを貯水プールに投げたのを、私は確かに見た。


「トリプルアルファ反応を用いて、海水から酒を生成する薬品」


 彼によると、それは海水の酸素を、莫大なエネルギーを種にして炭素に変えるらしい。大昔にヘリウムを取り出す副産物として発見された。炭素は、海水中の様々な成分と連鎖反応を起こして酒になると。

 そこまでして酒を手に入れるのは、アルコールの需要と供給が破壊されているからだ。非科学的な感情に基づいて、飲酒を買収やDVに結び付ける人権保護団体のせいだったはずである。それに、ヘリウムの生産は、アルコールにならない、もっといい方法に代わられているので、そこからの供給は期待できないのである。

 因みに私はアンドロイドなので酔えない。私はその感傷、自分が生き物ではない劣等感、をごまかすため、酩酊スイッチをオンにした。


「あのでっかいのね」

「あれを制御する装置の設定をちよっといじって、別の核融合反応を起こしてきた。ウヒェヘヒエヒェ」

「なにをしたの?」


 なにかとんでもないことが起きるという確信があった。ろくでもないラプソディがカーレディオから流れ始めた。とんでもない轟音が耳を掠めた。例の工場、文殊から火の手が上がっていた。


「綺麗な夜景だね」

「ねえ、説明してよ」

「多分だ、だからこれは多分の話。炭素になるはずだった酸素は、チッソに変わった。すると、ドカンッ! 」

「そんな、いきなり爆発するなんてありえない」

「きっとアルコールではなく、尿素に転換されて、尿素爆弾になったんだ。意外や意外、アルコールと尿素の組成式は似てる。待てよ、副産物がニトロ尿素ならば主産物はなんだ。今までの炭素と俺がいじった窒素が、海水のミネラルと水分に結び付いて、あら不思議。これは尿」

「それはつまりどういうことなの」

「海水を尿に変える薬品が町中に降り注ぐ。車を降りたらメッ。薬品が反応して、たちまち尿になる。人間と海水は、とても似てる。我々は海から来たのだ」

「私、ロボットなんですが」

「そうだった、そうだった。ゼロトゥーちゃんは、そうだった」

 

 EVモーターの甲高い叫びが、加速に沿って、音階を上げていく。車窓から見える景色には大勢の人が歩いている。人口爆発の勢いは止まらないから、そろそろ間引く必要があったのかもしれない。その人混みは、琥珀の雨が降ると、徐々に融けて折り重なり、やがて尿になる。


 あっ、サラリーマンが崩れていく。髪の毛が抜けて、それを確認しようと頭を触ると、ボロボロになった頭蓋骨をはがしてしまった。脳みそがその穴から、尿になって噴出する。少年の立小便のような、健康なほとばしりが、車まで届いた。

 あっ、ホームレスが祈りを捧げながら朽ちていく。指先から伝うのは、人を廃液に変える物質。手首が腐ってもげ、頭が顎だけになった。痙攣した舌も、当然尿になり食道を通過して、胃へ滑り落ちていく。すると、行き先でも反応を起こして内側から崩壊させる。これでもかと、肛門から液状になった内臓が滑り、ズボンの裾からまびろでてきた。

 あっ、転んだ妊婦は中身を守るため、受け身を取って仰向けになった。その臨月になった、お腹が溶けていく。腹膜を穿つと、子宮が焼けて、爛れた穴から幼児が見える。赤子はたちまち尿になった。尿を孕んだ彼女はもう筋組織だけになり始めている。



「これがほんとの筋肉だるま」


 ピンク、オレンジ、黄色や黄土、尿雨にょううの飴色が重なり合い、なんだか麻薬的な色彩に染色される。つまり道は鮮やかに塗り分けられた川になった。その道程には、人の組織、例えば、昆虫の卵の形の陶磁器色の脂肪とか、髪の毛がついた頭蓋骨とか、なぜか溶け残った腹膜とか、残された大腸の中身とかが、とっ散らかっている。無事なのは身に着けていたもの、もしくは元々、尿であったもののみであった。


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海水からの酒抽出装置、あるいはグレムリンの放尿 高黄森哉 @kamikawa2001

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