茜色した思い出へ

糸花てと

第1話

『こちらが、本日行く心霊スポットとなります』


 動画とは思えない語りから始まり、安定したカメラワーク、テレビで流しても良いくらいの出来映え。これ絶対、素人じゃないわ。

 友達に面白い動画を、と尋ねて返ってきたのが、ホラー動画だった。今では動画内に映っている彼らを気に入り、サブチャンネルも見始めているほどにハマってしまった。


 いろんな物音を無理やり怪奇現象に結びつけることなく、推測や考察しながら探索していく。

 今にも崩れそうな建物、そこから何やら物音がする。確かに不可解なこと、その一言で済んでしまうだろう。

 だけど、動画を作成している彼らを見ると、その場所には人が住んでいた、何か事情があって離れるしかなかった。怖い以外にも思うことが出てくる、ドキュメンタリーってやつ?




 せっかくの休み、どこかへ行こう。そう友達が提案したまではよかったんだ。だけど何で、肝試し?


「暗いのは怖いからって、行くの明るくない?」

「暗くなる頃に帰れば、何も無かったとしても、雰囲気感じれるっしょ?」

「何かあっては困るよ。仕事あるんだから」


 ガードレールもあり、しっかりした道を車で進んでいく。


「ところで、目的地は? 有名な心霊スポットとか?」

「いや~……有名かどうかは知らないんだけど、墓地があったから。ていうか、曰く付きとか何か聞いといて行くの、嫌じゃない」

「まぁねー……」

「普段車で来てて、そういやあったなーって感じよ」


 この友達のノリからして、本当に怖いのは嫌だけど、ちょっと不気味なのが欲しいんだね。


 前方には二つに道が分かれている。

 でも自分たちは流れ的に、左へ行ったほうがいいだろう。右は向こうからこちらへ来る、そういう流れだと思う。というか、


「なんか、ここ、知ってるかも」

「は? マジで? ほんとに言ってる?」


 緩やかな坂を走りきった。車の速度はゆっくりになり、トンネルの前で停車した。


「道の脇に停めるのもなんか悪い気がするから、ちょっと怖いけどトンネルの前ね」

「大きい道だけどすぐ曲がりだし、ここが良いかもね」


 向こう側がすぐに見える、短いトンネルだった。よく中へ行って、トンネルって響くから、その音で遊んでた。今だと反響するって分かるけど、小学校低学年の頃は響くその不気味さを楽しんでたな。


「ちょ、ちょっと……向こう山だよ? どこ行こうとしてんの?」

「え、いやー、懐かしいなぁって思って」

「は? え、マジ? 感じるタイプだったの?」

「目的地行こっか。あっちなんでしょ? ある気がする」

「ある気がするって、えー……嘘でしょー」


 身体の向きを変えた。綺麗な夕焼けだ。あの頃とここだけ変わってないな。


「道がさ、二つに分かれてる部分あるじゃない?」

「あー、来るとき見たね」

「あそこにさ、家、建ってたんだよ」

「ん? ちょっと待って、怖い話?」

「父親と母親、女の子と男の子、お婆さんが住んでたらしいんだ」

「ほんとに待って、怖いやつじゃん」


 友達が必死に止めにくるけど、怖いのを欲しがったのはあなたですからね。


 墓地へ行くまでの間を、話で満たしていく。


「夕方になるとさー、太鼓や鐘の音がするんだってさ」

「どういうこと?」

「その家、信仰があったらしくて、お祈りの時間とか──そういうの?」

「あぁ~、だったらありそうだよね。それが今でも聞こえるとか?」

「どうだろうね~」


 一軒、家が建ってあるけど、その隣にも家はあった。取り壊して、今じゃ綺麗さっぱりだね。


「おかあさーん、開けてよーって女の子の声が」

「やめてって……その感じからして虐待のように聞こえる」

「いやー、ほら反抗期ってあるじゃない。もう少し遊びたかったんだけど、閉め出されたってやつ」


 坂と階段が見えた、墓地はもうすぐそこだ。友達の足取りが遅くなる。気になって振り返ると、「うん、面白半分で行くのはいけないよ。帰ろ」


「目的、達成しなくていいの?」

「あんたの怪談話で充分ヒンヤリを満喫したよ」


 綺麗な夕焼けを目に焼き付け、車に乗り込んだ。


「それマジの話なんでしょ? どこで知ったの?」

「あー……、この場所ね、小学生の頃、住んでたのよ」

「へ? 家族の人数とかは?」

「適当に」

「女の子のやつは?」

「んー……それも、作ったかな」


 シートベルトへ深く凭れ、安堵の息をつく友達の様子からして、言葉を濁した私の考えには気づいてないっぽいな。

 小学生の頃、友達の家で遊んだ。母から言われていた門限を破った、まだまだ遊んでいたかったから。玄関に手を掛けるも、びくともしない引き戸。おかあさんと叫んだ。鍵が開けられ見えたのは、怖い表情の母だった。

 ちょうど今頃の時間帯、だんだんと沈んでいく茜色の夕日。家へ入れないかもしれない恐怖から、反省してると嘘をついた。反抗したい年頃ってあるじゃない。子育てが大変なのは分かってるつもりだけどさ。


「そういや前に聞いたっけ、あんたの家も信仰してるって」

「勧められた動画にハマっちゃって、それをまぁ、怪談風に語ってみたわけよ。どうだった?」

「ヤバいわ。言っていいのか分かんないけど、楽しめた」


 小さい頃は、「神様に怒られるよ」そう言う母の言葉を信じていた。中学、高校、交友関係も増えて〝神様に──〟なんて言葉は響かなくなった。理由をつけられる、見つけられる年頃になったからだと思う。

〝辛いのは神様からのお与えなのよ〟信仰の教えじゃなくて、母自身の、経験してきて得たことを話して欲しかった。


「私の家も、ほったらかしにしたら、いろんな噂されちゃうのかな」

「信仰してるってことは、いろんな道具があるわけでしょ? 結構な噂になるだろうね」

「好きな家ではないけど、そうなるのは嫌だな」


 友達から相槌はなかった。でもそれが、心地よかった。


 たくさんの動画には、神社もあった。大事にしなきゃいけない道具がそのままで、荒れ放題の映像が。

 いろんな思いを込めて造られたはずなのに、今じゃ管理されずに朽ちていく。どんなに嫌な家であっても、そんな最後は見たくないな。


「今日はありがとねー、また明日」

「こちらこそ、運転ありがとー。またね」


 帰る頃には真っ暗だ。見た目は普通の一軒家、中に入ればお供えする神器で三方さんぼうが置いてある。

 ガラガラ、と玄関の引き戸を開ける。奥から聞こえる「お帰り」の声に、「ただいま」を返した。

 どんなに噂が出ても、曰く付きになっても、住んでた人がいて生活があった。そういうのを知ると、結構身近かもね。





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