【完結】魔王と封印を解いた人
空廼紡
その魔王、低血圧なり
そこには、朽ちた楽園しかなかった。
五百年前、ここにはかつて地上の楽園と謳われた王都があった。
だが、魔王と呼ばれる者の襲撃により壊滅し、以降は魔王の根城と化としたと云われている。
その魔王は勇者により、城に封印されたと伝えられている。
廃墟と化した都は五百年経った今でも、魔王の魔力が溢れており普通の人間では足を踏み入れることすら出来ない。
そんな廃墟を男が一人、歩いていた。
黒いローブを身に纏った男は、逸る気持ちを抑えながらも城へと足を進めていた。
男は魔王の封印を解くためにここに来た。
男には魔王の魔力に耐えきれるほどの魔力を持っていたが、それでも一人では到底叶わない願いがあった。そのためには魔王の助力が必要だった。
魔王の封印を解いたという恩を着させ、自分に力を貸すよう説得する。
無謀だと男でも思う。この王都を襲って残虐行為を繰り返したという魔王だ。もしかしたら殺されてしまうかもしれない。
けれど、もう後がなかった。男は魔王に望みを掛けるしかなかった。
かつては地上の楽園の象徴だった城に辿り着き、瓦礫を飛び越え階段を上がっていく。
階段は所々崩れていたが、なんとか上まで続いているようだ。足許に気をつけながら、上へ上へと登っていく。
階段の先には一際大きな扉があった。高鳴る心臓を宥めて、ゆっくりと扉を開く。
そこはとても広い広間だった。奥には玉座らしき椅子がある。椅子には氷によく似た結晶がありその中に人影が一つ浮かんでいる。
――あれだ
心臓が一際高鳴る。
文献通りの有様に、心が躍った。本当に魔王は存在していた、という事実を目の辺りした高揚感をどう例えれば良いのだろうか。
ゆっくりと人影に向かって歩いて行く。どんどんと魔力の濃度が濃くなっていく。
結晶の許に行くと、その人影がはっきりと見えてきた。
第一印象は黒い、その一言だった。
「これが、魔王」
呟くとジワジワと実感が湧いて出てきた。
結晶を撫でると、魔法陣が浮かび上がった。薄らと浮かび上がったそれは、所々掠れた箇所がある。
(五百年も経っているから、封印が劣化しているんだ)
これなら簡単に封印を解くことが出来るかもしれない。
さらに歓喜が湧き上がってきた。震える手で魔方陣をなぞりかけ、慌てて手を引っ込める。
(落ち着け……ここで変に触って、魔法陣が駄目になったら、全部水の泡だ)
封印の解除には正しい順番がある。順番を間違えれば、封印されているものに異常が起きたり、封印を解除した者が危険に晒されることがある。焦らず慎重にやらなければならない。
(しかもあの魔王の封印の解除だ。もし順番を間違えて、魔王の精神に異常をもたらして暴走してしまったら、それを抑えられる自信は正直ない)
魔王の魔力を浴びても平気でいられるくらいには魔力はあるが、それでも暴走した魔王の力を抑えきれるとは限らない。
深呼吸を何回も繰り返して、魔方陣を凝視する。
「さすが魔王の封印だ。何重にも封印の魔法陣が掛けられている……」
何重にも封印されているにも関わらず、これほどの魔力が漏れている魔王。これは想像以上に厄介な相手かもしれない。
その事実を目の当たりにしてまでも、怖れを感じなかった。むしろさらに昂揚した。恐怖よりも好奇心と期待が勝ったのだ。
再び深呼吸を何回も繰り返してから、何重にも重なっている魔方陣を解析する。
「厳重だが古い形式だからか、それほど難しくはなさそうだな」
時代が移ろえば、技術は後退するか発展する。
ここ五百年間は幸運にも発展し、封印の魔法陣が昔よりもより強固になって五百年前では最高峰の魔法陣でも、今となっては警備が甘い魔法陣になっている。
単純な構造の鍵が主流だったのが、複雑な構造の鍵が主流になったのと同じだ。
「おかげで思っていたよりも簡単に封印が解けそうだ」
肩の力を抜いて、一つ目の魔法陣を解除する。
二つ目、三つ目、四つ目、五つ目。
ついに最後の六つ目の魔法陣を残すだけとなった。あとはここの文字を消せば、封印は正常に解ける。
「くくくく」
あの日、あの時以来、夢にまで視た瞬間がもうすぐ来る。この胸の高ぶりをなんと表現すればいいのだろうか。
自然と笑声が込み上がってくる。
「くくっ……」
何度も生唾を飲み込む。手が震えている。震えた手で間違えて文字を消さないように、一旦離して震えと笑声が収まるまで待つ。
両方が収まったところで、魔法陣の文字に手を翳す。
「さあ」
最後の文字を、消した。
「魔王よ、目覚めるがいい!!」
刹那、強烈な光とともに強風が吹き荒れる。それは竜巻のように渦巻き、周りの結晶を破壊していった。
どこか建物の一部が崩壊する音がしたが、辺りが眩しすぎて瞼を開けることができず、どこが崩れたのか確認できない。
やがて光と風が収まった。おそるおそる閉じていた瞼を開けて、魔王がいた結晶の方を見やる。
結晶は無くなっていて、辺りには残骸が散らばっている。
その中心に魔王が仰向けの状態で横たわっている。
存在が消えていないと安心したのも束の間、違和感を覚え魔王を凝視する。
(何故起きない?)
魔王は横たわったまま微動だにしせず、声も発しない。
(もしかして、解除の方法が間違っていたのか?)
嫌な予感がよぎり、心臓がヒヤリとする。
封印の解除方法は正しい手順で踏まないと、大変なことになる。
解除者、封印対象、どちらにも被害を出すことがある。怪我ならまだいい。けれど最悪命を落とすか、灰になるか、精神を病むか。そういうことが起きる可能性もあるのだ。
もしかしたら解除方法を失敗して、魔王の精神が病んでしまったかもしれない。もしかしたらもう魂がない状態なのでは。
ここまで来て失敗だなんて、とダラダラと嫌な汗を流していると。
「はああああああああぁぁぁぁぁぁ」
魔王の口から、盛大すぎる溜め息が漏れた。
死んでなかった。とりあえずホッと胸を撫で下ろす。
が、魔王の次の言葉に。
「めっっっっっっちゃくちゃダリぃ……」
「怠いだけかよ!!!!!!!」
撫で下ろした胸を再び上げた。
「ていうかなにこの状況!? 普通ここって仰々しく「忌々しい封印を解いたのは貴様か」とか、「我を眠りから覚ましたのは貴様か」とかそういう感じのことを言ってくる場面だろ!! なんだよ、ダリぃって!! 怠け者か!!!」
声を張り上げながら、色々とツッコミを入れる。
魔王は起き上がらず、そのままガラガラした声色で答えた。
「いや……この感じは…………寝過ぎて逆にダルいときのダルさにすごく似ている……」
「そういえば五百年間眠っていたね!!!!!」
魔王は五百年もの間、封印され眠り続けていた。
三年間封印されていた猫が、封印から解かれたとき寝ぼけ眼で解除者を見ていた、と聞いたことがあるのを思い出す。
五百年間も封印されたら、そうなるのも仕方ないのかもしれない。
予想斜めの展開に、少し頭が痛くなった。
「五百年……そうか、このダルさは……五百年の重み……」
「すごく真面目な顔で重そうに言っているけど、ただの寝過ぎたが故の怠さだからね?」
「しかも我、血圧が低いから、だぶるぱんち」
「魔王に血圧関係あるのかい!!」
切らした息を整え、痛む頭を押さえながら肺の中の空気を吐き出す。
欠片になった結晶を踏みつつ、魔王の傍へ近寄る。ある程度距離を取った方がいいかもしれないが、この分だと殺されることはないだろう。
魔王の顔を覗き込む。魔王はぼんやりとした顔で天井を眺めているように見えた。視線が定まっていないので、もしかしたら虚空を眺めているのかもしれない。
とりあえず、とても眠たそうだった。
「ま、まあいい。なにか異常はないか? 記憶が欠如しているとか」
「きおく……」
はっきりとしない口調で呟いたあと、魔王は黙り込んでしまった。
完全に寝起きの状態だ。
「あれ……? いちにんしょう、われだったっけ??」
「忘れるとこ、そこかよ!!!!」
「ああ、もう思い出すのめんどい……もういちにんしょう、まおうにする。なんかそうよばれていたし」
「幼女っぽくなるからやめれ」
ちなみに魔王は見た目、二十代中頃に見える。いい歳した青年が自分のことを名前、と呼べば良いか分からないが、名前で自分のことを呼んでいたらかなり痛い。聞くだけでも痛くなるから、勘弁してほしい。
「ていうかなんか呼ばれていたって、自分で名乗ったわけじゃないのか」
「なんかいつのまにか、くずりーなとそのなかまによばれていたなぁ」
「くずりーなってだれだよ」
「くずりーなはくずりーな。くずすぎて、それいじょういいようがない」
「魔王に言われるほどのクズって」
どんな悪女なのか。いや、そんなことはどうでもいい。状態を確認せねば。
「他に忘れていることはないか」
「まおう、わすれる、いきているんだもん」
「もんって。いや、だから忘れていることを」
「わすれたらわしゅれていりゅまんまにだ」
「あー……もしかして眠たくなっている?」
だんだんと舌足らずになってきているし、目がとろんとしている。
「ねむたぬも」
「うん、分かった、眠たいんだな? そうだよな、寝過ぎて起きたあと、めちゃくちゃ眠たくなるよな」
「にどねちゃいむでごわ」
魔王の瞼がそっと閉じられる。
慌てて魔王の身体を揺さぶった。
「とりあえずベッドになりそうなところに運ぶから、寝るなぁああああああ!! おっきしなさい!!」
どちらにせよここから移動しなければならない。封印を解除した影響で一部の建物が崩れたのだ。その連鎖でここも崩れ落ちるかもしれない。ボロボロの建物なので可能性がある。
とりあえず安全な場所まで移動しないといけない。だが、この巨体を平均よりもひ弱な自分が運べるわけがない。だから起きてもらって、できるだけ自力で歩いてもらわないといけない。
魔王が薄らと目を開ける。
「おかあさん、つの、とってぇ」
「誰がお母さんか! ていうか、え、この角、着脱可能なの?」
「はえているわけないもん、にんげんだもの」
「だったらこの角はなんだよ」
「可愛がっていた羊のつーちゃんの、形見」
「普通の羊の角かーーーーい!!!」
思わずツッコミを入れたが、あれ、と首を傾げる。
今、人間って言わなかっただろうか。魔王は人外だと教えられたのだが。
「お、おい。人間ってどういうことだよ」
「………………………………」
魔王は答えない。深掘りしすぎたか、と思ったが。
「………………すぅ」
健やかな寝息が聞こえ、ブチッと頭の中の血管が切れた。
「オレじゃお前を運べないから、おっきしろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
こうして、魔王の封印を解いた者と魔王のしばしの共同生活が始まったのであった。
おわり
この後、なかなかスッキリした目覚めにならない魔王の世話をしばらくすることになる
↓
目が覚めたあとの魔王の言葉
「我が眠りを邪魔をしたのは貴様か……?」
「いや、もう遅いから。繕うの遅すぎるから」
なんだかんだで仲良く暮らす二人がいるとかなんとか。
設定
魔王
国王の側室の子供。側室で身分も低かったこともあり、クズリーナ(魔王はこう呼んでいるが本名ではない。後の世に聖女と謳われている)たちに虐められる日々を送っていた。
ある日、母親を殺されたので復讐のため国を滅ぼす。クズリーナは人心掌握に長けていたので、クズリーナに騙された男たちに戦いを挑まれ敗北して封印された。
性格はいい加減だが、弱者には優しいし真剣になって悩みを聞いてくれる。
魔王の封印を解いた人
とある国の子爵令息だったが、クズリーナの子孫である王族に家族を殺され、復讐のため魔王の力を借りるべく魔王の封印場所に向かった。
優秀な魔王使いで、身分のことがなければ国一番の魔法使い。
弟がいたため面倒見がよく、世話焼き。だからついつい魔王の世話を焼いてしまう。苦労人。
【完結】魔王と封印を解いた人 空廼紡 @tumgi-sorano
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