第18話


陛下との謁見から自室への帰り道、立太子が早まることが決まり珍しく目に見えて疲れたような表情をみせるロータスに、アイリスは「力になれなくて、ごめんなさい」と視線を落とす。




「むしろ僕こそ…。最近あまり話せていなかったのに、情けないところを見せちゃったね」




そう言ってはにかんだロータスに静かに首を横に振ったアイリスは、「結婚に関して、ロータス様にお考えがあることは承知していますから」と柔らかな笑みをみせる。




「…うん。…そうだよね、うん…」




どこか煮え切らない態度のロータスにアイリスが不思議そうにロータスを見つめていると、ちょうど部屋へ着きアイリスを自分の部屋へと招き入れたロータスは、「…結婚自体は、本当は今すぐにでもしていいと思っていて」と先程とは主旨の違う言葉を口にする。




「…そうなのですか?」


「うん。ただ…あの、僕の準備がまだというか」


「立太子の件ですね」


「うーん、まぁ、それもあるんだけど…」




普通の会話をしているのに、だんだんと紅潮していくロータスの頬に体調でも悪いのかとアイリスがその顔をのぞき込むと、一気にロータスの顔全体まで広がった赤みは、あっという間に首筋の方まで広がっていく。




「…ロータス様?」


「っ、あの、あのね…」




ここまで動揺や感情を表に出しているロータスを初めて見たアイリスは、きっと大切なお話に違いない、とただじっとロータスの次の言葉を待つ。




「…僕たちに、まだ初夜は早いと思わない…?」


「へ…?」




あまりに予想外なロータスの言葉に驚きのあまり言葉を失ったアイリスに、もう色々と振り切れたのか、「初めては痛いと言うし…、…それなのに僕、優しくできる自信がなくて…」とロータスは言葉を重ねる。




「…え、っと…?」




恥ずかしさからか、いつもはただひたすらに美しいロータスのその瞳ににじんだ、薄い涙の膜がゆらゆらと揺れて、アイリスはその言い知れぬ艶やかさにまだロータスの言葉の意味も理解できていないのに、顔に熱が集まっていくのを感じる。




「ご、ごめん。やっぱり忘れてほしい…」


「…っ、えと、あの…、や、優しくできないとは…?加虐趣味をお持ちということ…でしょうか…?」




もしそうならどうしたらいいのだと顔を引き攣らせたアイリスに、慌てて首を横に振ったロータスは、「違う!違うよ!本当に違う!」とこれまた珍しく声を張りあげる。




「で、では…?」


「…っ、僕が…アイリスを好きだから…」




一応、恋愛結婚という形なのだから何を当たり前のことを、と首をかしげたアイリスに、「大好きというか、好きすぎるというか」とロータスは言葉を付け足すも、アイリスにその意図は全く理解ができない。




「…?」


「今のままじゃね、僕の気持ちの押し付けになってしまいそうで…」


「?私もロータス様が大好きですよ?」


「うん、それは嬉しいんだけど、そうじゃなくて…」




その日はそのまま、ロータスが言葉を尽くして自分の気持ちを説明するものの、最後までその気持ちがアイリスに正しく伝わることはなく、お互いに何となくすっきりしないまま、夜になり話し合いは終わってしまった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

王子殿下の運命の相手役、承りました @maho1003

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ