第13話

 ――翌日。


 ユージンの姿は、領主館の前にあった。

 領主館はいわば政庁であるため、普段から昼頃までは一般人も立ち入りを許されるようになっている。

 勿論基本的には相応の立場を持つ者や、先触れを出していた者が優先されるため、いつでも簡単に入れるというわけではないのだが。


 さて、ユージンはそんな一般用の出入口の前で、衛兵が来訪者たちを誰何しているのを見ながら自分もその列に並んでいた。

 と、そこへ見覚えのある騎士の姿が現れ、ユージンに声を掛けてくる。


「おや、ユージン殿ではないか」

「お久しぶりですね、グラン殿」


 グランという名のこの騎士は、現領主であるヘルガの側近の一人。特に彼女の専属護衛を行っている騎士だ。

 そのため、こんな領主館の門の辺りにいる事を不思議に思うユージン。


「それにしても、こんなところで何を?」

「少し……な」


 少し顔を逸らしながら口ごもるグラン。

 だが、すぐに表情を戻すとユージンに聞き返す。


「君こそどうした? わざわざ領主館に来るなんて」

「少し、ヘルガ様に伺いたいことがありまして。まあ、少々仕事に関連してですが」


 ユージンの言葉に対し、グランは少し思案の表情だ。

 だが一つ手を打つと、ユージンを手招きしてくる。


「そういえば、ユージン殿は再製師リジェネレーターだったな……ちょっと、いいか?」

「……?」


 先程と異なる真剣……それどころか少々深刻な表情をしているグランに対し、ユージンは不思議に思いながらもそちらに近付く。

 すると、グランは少し周囲を窺った上でユージンに耳打ちしてきた。


「……実はな、ヴァルデバリーの再製師ギルドに対して苦情が来ていてな……それがとある貴族なんだが、厄介な状態なんだ。それでギルドマスターを呼びにな」

「……おやおや」


 ユージンはなんとなく事情を察する。

 再製師ギルドマスターであるヴィルヘルミナが受けていた依頼に関して、恐らく例の老人が騒ぎ出したのだろう。

 こうなると、一旦ギルドマスターのお呼び出し、となるようである。


「なんとなく事情は聞いていますが……大変そうですね」

「まあ、向こうとしては少しでもこちらの力を削ぎたいんだろう。ヴァルデクラフト辺境伯家は、再製師リジェネレーターを保護し、職種として保障を与えるつもりだが、あの貴族は逆だからな。しかもアイゼンシュタットとも繋がりがある」

「そうらしいですね」


 その辺りの話はユージンも確認している。

 同時にグランの話によって、より信憑性が増してもいる。


「うちの国も色々あるからな……アイゼンシュタットとの関係を重視したがる連中もいれば、昔からの同盟国であるシュバルツライヒ皇国との関係を維持したいと思っている連中もいるし……」


 グランの言葉に、一瞬硬直するユージン。

 何かが、ユージンの頭に引っ掛かったのだ。

 だが、それが何かを気にする前に、グランが肩を叩いてきたことで意識がそちらに向く。


「っと、悪いな。余計な話だった。……まあ、と言うわけでな。とにかくうちの領内の者が、最終的に修復ができれば良いんだ」

「ですが、ギルドは面目が潰れるでしょうに」

「……最早こうなると、領主家としての面子になってくるからな。そこは再製師ギルドも分かっているよ」


 確かにヴィルヘルミナの様子からして、そう言った事柄にも十分な理解があるように見えた。

 そこはやはり立場があるから、と言うことなのだろうか。


「家臣の中には、アイゼンの穏健派との接触を持とうと思っている連中もいるようだ。まあ……借りを作るのは問題だから、ヘルガ様も止めておられるが、な」


 ユージンは、その言葉を聞いてある決定を下した。

 同時に、グランに対してある事を願い出る。


「グラン殿、俺も付いていきましょう。その上で、ヘルガ様との面会になるでしょうから、それに俺も同席させていただきたい」


 ◆ ◆ ◆


 通常、他人が領主と面会する場に同席するというのは難しい。

 だが、今回召喚を受けている再製師ギルドマスターであるヴィルヘルミナはユージンのことを知っており、また領主であるヘルガもユージンを知るために同席が可能となった。


「……再製師ギルドマスター、ヴィルヘルミナ・カッツェンです。召喚に応じ、参上いたしました」

「ようこそ、ヴィルヘルミナ殿。お掛けくださいな」


 領主館の応接室に案内されたヴィルヘルミナは、少々緊張した面持ちでソファーに腰掛ける。

 それはそうだろう、先触れで自分が依頼を受けた件で、他の貴族からの抗議が来たと、聞かされたのだから。


 いくらギルドが独立した組織とはいえ、荒くれ者が集い、規模の大きい冒険者ギルドとは違うのだ。

 当然立場を考えると、どうしても国や領主に対して一歩下がった状態にならざるを得ない。


「さて……」


 そんなヴィルヘルミナの様子を見ていたヘルガは、その隣に既に座っている人物に視線を向ける。


「それで? どうされたのです、ユージン殿?」

「やあ、ヘルガ様。少々野暮用がございまして」


 敬語でありながらも、領主に対する態度としてはかなり図々しい。

 だがヘルガもそれに対して文句を言うつもりはないし、どこか自分の事を領主とみていないユージンに対して、逆に好感を持っているのが事実である。


 それに、貴族としても自分の恩人なのだ。

 厄介な問題を片付けてくれた、そんな人物である以上、無碍にできるはずもない。


「では……先にヴィルヘルミナ殿と話しても?」

「お任せします。ただ、先にお伝えすると、少々自分も関係者でしてね」

「あら……」


 少々驚きの表情を見せるヘルガ。

 同時に、なんとなく厄介を呼び寄せるユージンの性質に呆れと共に哀れみの視線を向けてしまいそうになる。


(彼はゴブリンジェネラルにも出くわしていましたわね……何か厄介事に好かれているのでしょうか?)


 頬に手を当てながら、そんな事を考えてしまうヘルガ。

 だが気を取り直し、まずはヴィルヘルミナとの話を行うこととする。


 そこの話し合いについては割愛するが、簡単に言うと修理を依頼したかのご老人が、領主経由で再製師ギルドへ文句を言ってきたというものだ。

 同時に、もしヘルガが庇うならば、人を見る目がない、同時に領主としての資格も問われるだろう、というような話だった。


 ユージンからすればくだらないように見える内容だが、当人たちからすれば大きな問題だろう。

 とはいえ、これに関してはユージンとしてもなんとも言えない。

 そんな話については、ユージンの専門外なのである。


 さて、話し終えた二人はどちらも頭が痛そうに額に手を当てている。

 それはそうだろう。優秀とはいえ、まだ若いギルドマスターと、最近領主になったばかりの辺境伯。しかも女性。

 フォルノポリス王国では女性当主も認められているため問題なのだが、しかしどうしても当主というのは男性が多いのだから。

 見た目と経歴で、ヘルガを侮ろうとする者がいても仕方あるまい。


「……相も変わらずくだらない事でマウントを取ろうとしてきますわね。昔の経歴に固執するしかない老害が、いい加減に引退を考えるべきなのではと思いますわ」

「まったくだ。大体、自分の責任を果たしておらず、それであるにもかかわらず文句だけは一人前ときたものだからな」

「「はぁ……」」


 大きな溜息を二人同時に吐く。

 ユージンは知らなかったが、この二人は幼馴染みであり、年も近いためかなり遠慮のない会話ができるのだ。

 ヘルガは貴族の立ち位置として、ヴィルヘルミナは民や再製師としての立場での意見を述べて、お互いの情報を交換し合い、それぞれの糧としている。


 そして、ヘルガとしては幼馴染みであるヴィルヘルミナに厄介を持ちかけたくはないのが本音である。

 だが、辺境伯としてそうせざるを得ないのも事実であり、苦しい立場だ。


「しかし、一介の伯爵家程度が辺境伯家に喧嘩を売るというのもいただけないな」

「……まあ、仕方ありませんわ。向こうの家はかつて法衣侯爵だったのですから、未だに同格……あるいは自分たちを上とみている節があるのです」


 相手側の家は、かつてはヴァルデクラフト辺境伯家と同格とも言える侯爵家だったようだ。

 だが、恐らく何らかの失態を犯したか、爵位を落としてしまっているようである。


「それはいいとして……結局のところ、どうにかして修理しなければならないのです。どうにかなりませんか?」


 少し心苦しそうに、だが、どうにかできないかと持ちかけるヘルガ。

 対して、ヴィルヘルミナの方は渋い顔のままだ。


「そうは言われてもな……こちらとしては症状と元々の機能について伝えられていない以上、どうしようもないのだが」


 現状、修理できない理由というのはそこにあるのだ。

 機能を知らない状況では、何を修復して良いのか、どこに問題があるのかという指標がないということでもある。

 そのヴィルヘルミナの言葉に、ヘルガは再度深い溜息を吐く。


「……そこから突くしかありませんか」


 貴族であろうとなかろうと、機能について正確に申告するのは当然の義務と言える。

 少なくとも何が問題なのかを告げることくらいはできるはずなのだ。

 ヘルガはまた文句を付けてくるならばその部分から突いて、相手の責を問う方向を考える事にした。


 とはいえ、それは簡単なことではないだろう。

 それに、ヴィルヘルミナの力量不足と取られる可能性もあるのだ。

 しかしもっと重要なのは、そこを防ごうとして更なる厄介を招くこと。

 そうヘルガが決断しようとしたとき……


「少し、良いですか?」


 ユージンが口を挟む。

 訝しげにユージンに目を向けるヘルガとヴィルヘルミナだが、ユージンの表情を見て驚いた。

 どこかユージンは、楽しげで、だがどこかくらい笑みを浮かべている。


「自分はそういった貴族関係については分かりませんが、ヴィルヘルミナさんでも魔道具の修理自体はできると思いますよ? とはいえ、それをするべきとは思えませんが」

「どういうことですか?」


 ユージンの口ぶりに、ヘルガが目を眇める。

 その様子を気付かないのか、あるいは無視しているのかは分からないが、ユージンは言葉を続ける。


「いえ、自分は実際これを修理することは出来ますよ。ただ、それはあまりお勧めできないというだけで」

「……というと?」


 中々結論を告げないユージンをヘルガが急かす。

 ヴィルヘルミナも興味深そうに、ユージンに視線を向けている。

 それを見ながら、ユージンはある事実を告げた。


「――少々こいつは、厄介な機能を持っているんです。それこそ、国家間の問題になりかねない、ね」

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追憶の再製師(リジェネレーター) 栢瀬千秋 @kaseki_yatai

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