第12話
突然現れたヴィルヘルミナに対して、普段の冷静な雰囲気を一瞬、崩すユージン。
笑みを浮かべてはいるのだが、微妙に引き攣っている。
「……おや、どなたかと思ったら。1週間ぶりですね」
「ああ、そうだな。……とはいえ、今日の私は客なんだ、いいかい?」
「どうぞ、こちらへ」
ヴィルヘルミナの口調からして、彼女は先日の件で来たという様子ではない。
自分の事を『客』と言うことから、何か依頼をしようとしているのだろう。
ユージンとしては少し厄介な匂いを感じていたものの、そう言われては仕方がない。
彼女をソファーに案内し、自分は紅茶を入れてから対面側に座る。
「どうぞ」
「おや……手際が良いな」
ユージンが手際よく紅茶を淹れたことに少し驚きつつ、ソーサーを受け取るヴィルヘルミナ。
彼女は一口紅茶を口に含むと、「美味い」と呟く。
そのまましばらくゆったりとした時間が流れる二人だったが、ヴィルヘルミナの方がテーブルにソーサーを置いて座り直した。
その様子を見て、ユージンも手を合わせ彼女を見る。
「さて……美味しい紅茶をありがとう。とはいえ、今日は紅茶をいただきに来たわけではないのだ……依頼をしたい」
「ほう。どのような?」
そういうと、彼女はテーブルの上にフェルト地の布を置くと、その上に一つの魔道具を取り出した。
「……これは」
「ああ、見覚えがあるだろう?」
それは、先日ユージンが拾い、譲り受けた懐中時計と同じものだった。
だが、今回の物は見た目破損はしていない。
「これがどうかしましたか?」
「うむ……実はな」
ヴィルヘルミナが説明するところによると、この魔道具の懐中時計を持って来たのは先日の老人とは異なる人物だったとのこと。
そして、『壊れている』ということで修理を依頼されたのだが、これといって故障が見受けられず、困っているらしい。
「相手が相手でな……期限は1週間と言われているのだが、必ず直せとのことで、こちらとしてもお手上げなのだよ」
「……確かに魔道具の時計は高いのでしょうが……必ず直せというのも変な話ですね」
「だろう? とはいえ、他の都市の有力者なので直すしかない。それで、君に修理を依頼したいのだ。無論、報酬に関しては十分な物を渡すつもりだぞ」
ユージンは考えながらヴィルヘルミナに告げる。
「まず、今回の依頼をお受けするとは今の段階では言えません。しかし、少し気になる事もありますので……もう少しお話を聞いても?」
「む……受けると言ってくれないのか。だが、分かった。話せる範囲で話そうじゃないか」
ヴィルヘルミナが頷いたのを確認し、ユージンは身を乗り出して質問を開始するのであった。
◆ ◆ ◆
「ふむ……つまりはヴァルデクラフト辺境伯とは異なる派閥に属する相手と?」
「ああ、そうだ。勿論我々
この魔道具の懐中時計を持ち込んだのは、ヴァルデクラフト辺境伯と異なる派閥の貴族らしい。
だが、昨日
しかも、昨日のご老人は引退したとはいえ領主経験がある人物らしく、その街では強い権限を持つ人物だそうだ。
そうなると、確かに彼女が言うように派閥同士の足の引っ張り合いという可能性も否定できない。
「しかも、その方は隣国【アイゼンシュタット工国】にも繋がりがあってね……厄介なんだよ」
困ったように告げるヴィルヘルミナに対し、ユージンも記憶を探ってその国の情報を思い浮かべる。
【アイゼンシュタット工国】。
それはここフォルノポリス王国と隣接する国で、魔道具の製造を得意とする技術大国だ。
とにかく新しい物を作り、量産し、周囲の国に向けて輸出することで国を潤している。
その代わり地質が悪く、食料品の諸々は周囲からの輸入をしているとか。
「フォルノポリス王国では、
「おやおや……」
「まあ、フォルノポリス王国の技術も着実に上がってきているが……まだ、アイゼンシュタット工国には一歩先を譲っているな」
そう溜息交じりに話すヴィルヘルミナに対し、ユージンは不思議に思ったことを口にした。
「しかし、買った方が安いなら、それこそご老人が修理に持ち込むというのは不可解ですね。しかも、わざわざヴァルデバリーにまでやってきて」
「……うーん、そこは気質の違いじゃないか? 派閥は違えどこの国の貴族、修理して使う方が性に合っているのだろう。それに、あの方の領地からは王都よりこちらの方が近いからな」
「そういうものですか……でも、自分の領地にも
「ああ、そういうことだ」
顎を撫でながら話を聞いているユージンは、もう一つ気になる事を確認することにした。
「そういえば、先日の懐中時計もそうですが、今回の懐中時計も、何が破損しているかは確認されましたか?」
そのユージンの言葉に、顔を歪めるヴィルヘルミナ。
頭痛を堪えるようにこめかみを押さえながら、口を開いた。
「……いや、あくまで『壊れている』と言われるのみでね。こちらの解析能力を馬鹿にしたいのかもしれん」
「否定はできませんが……【隠蔽】されているものは、余程【解析】能力が高くないと見られませんよ?」
「!」
ユージンの言葉に目を見開くヴィルヘルミナ。
どうやらその可能性を考えていなかったらしく、彼女の表情は険しい表情に変わる。
「……それは、依頼自体に問題があるだろう。こう言ってはなんだが、所有者は魔道具の機能を把握しているはずだし、その機能を知らせた上で修理依頼をする必要がある。そうすれば、こちらも問題なく修理できるのだから」
「となると、彼らがその機能を知らないか……あるいは理由があって『黙っている』のか……」
ユージンの言葉に、さらに険しい表情となるヴィルヘルミナと、上を見上げ、目を瞑るユージン。
ユージンがぽつりと呟く。
「やれやれ……今回も何か、きな臭いですね……」
◆ ◆ ◆
――それから数時間後。
ヴィルヘルミナが村を出て行ったのを見送ったユージンは、自室で荷物を纏めていた。
村長にはしばらく村を留守にすることを伝えている。
「……どうにも引っ掛かるな」
手元の懐中時計を見ながら、そう呟くユージン。
それをポケットにしまうと、荷袋に衣類や簡易食料といったものを入れる。
さらに、いつも通り自分の剣を二振り腰に下げ、さらにナイフを手首のところに装着する。
まだ陽は出ているので、今から動けば夕方までにはヴァルデバリーに到着するだろう。ユージンの足の速さならば、であるが。
「行くか」
ユージンはそう呟き、家を出るのであった。
ヴァルデバリーまでの道は一応整備されており、周囲の森も定期的に樵夫たちが木を切り出すために適度な規模を保っている。
今も数名の樵夫が働いているのが、街道から見える程だ。
(さて……走るか)
ある程度歩いたところで、ユージンは街道を外れる。
実は、村から途中の町を経由してヴァルデバリーへ向かう場合、一直線上にないために少々迂回する形となる。
そのため、直線距離ではもう少し近いのだが、時間が掛かるのだ。
とはいえ、先日ユージンは帰りに走ってみたことで、意外と問題なく行けることに気付いていた。
問題となるのは、魔物の存在だろう。
だが、本気に近いユージンの走りでは、空からでも追わない限り追いつけないくらいに速いのだ。
結局、数時間後に夕日が空を染める頃には、ユージンはヴァルデバリーに到着するのであった。
◆ ◆ ◆
夕方のヴァルデバリーは、仕事を終えた者たちで賑わい、食堂や酒場は喧噪で満たされている。
ユージンはその街並みを歩きながら、裏路地を通って一つの酒場の前に着いた。
いかにも場末の酒場という雰囲気だが、その佇まいはどこか風情と共に格が備わっている。
中に入ると、石造りをメインとした外装とは異なり木のぬくもりを感じさせるような内装が目を惹く。
そして美しく磨き上げられたカウンターには、マスターと思わしき人物が立っており丁寧にグラスを磨き上げている。
「いらっしゃい」
えらく渋い声のマスターだ。
なんとなくだが、どこかの超人であったり、あるいはとある老け顔の商社マンか、もしくはOVA版の化け物退治専門の神父様を彷彿とさせる。
ユージンはカウンターに銀貨を置きながら注文をする。
「ウィスキーを、ロックでお願いします」
「いいだろう」
すぐにマスターは準備すると、ユージンの前にグラスを置く。
そして一緒に出されたのは干し肉の燻製。
落ち着いた雰囲気の店内では、冒険者ギルド併設の酒場のような喧噪はない。
周囲では、奥の方に数人の老人がそれぞれのソファーでゆったりと飲んでいる位だろう。
その様子を眺め、ユージンはマスターに声を掛ける。
「マスター」
「なんだ?」
「何か面白いおつまみは、最近入荷されていますか?」
「さて、知らんな」
ユージンの言葉に軽く片眉を上げるマスターは、ユージンに対して素っ気なく言葉を返す。
それを見ながら、ユージンはニヤリと笑うと自分のグラスの下に金貨を置き、さらに言葉を続ける。
「では、鉄の湧き水の調子はいかがでしょう?」
「……なるほど」
ユージンの言葉に対しマスターもニヤリと笑う。
そして、ユージンのグラスと共に金貨を手に取ると、カウンター隣の扉を指で指す。
「もう少し、静かに飲める場所を紹介しよう」
そう言うマスターに促され、ユージンはカウンター横の扉に入る。
そこには『プライベート』と書かれており、一見すると単なるスタッフ用のバックヤードに思える。
だが、実際のところは特殊なラウンジだ。
一つ一つが独立したブース席となっており、その一つのブースに客が座ると、隣に女性が座るのだ。
とはいえ、女性たちは皆顔の上半分を覆う仮面をしており、またそこに入る客たちも同様に似た仮面を着けていた。
ユージンも一つ仮面を受け取ってそれを着ける。
まるでとある劇場の地下に生きる怪人のようだ。
ユージンが仮面を着けたのを確認すると、マスターは一つのブースにユージンを招く。
「飲み物はどうする?」
「今度は……そうですね、ブランデーを」
ここでも一応お酒を飲むことが出来る。
ただ、あまり飲み過ぎると問題なので、一杯だけを条件としている。
さて、そうする内に一人の女性がユージンの隣に座る。
これだけを見ると、どこかのクラブを彷彿とさせるかもしれない。
事実、ユージンの隣に腰掛けた女性が笑みを浮かべながら、座っているユージンの左手にそっと自分の手を重ねてくるのもそのイメージに拍車を掛けるだろう。
「珍しいのね。アイゼンの事を聞きたいなんて」
「まあ、あまり周辺国について詳しくないので。一般的な部分で結構ですよ」
「そうねぇ……」
ユージンの言葉に対し、手を頬に当てて少し考える女性は、軽くユージンに向かってしなだれ掛かる。
「最近の様子としては……革新派と穏健派のバランスが、穏健派に傾いてきているらしいわ」
「革新派と穏健派? 派閥のようですが……」
ユージンは聞き覚えのない言葉について彼女に詳しく聞く。
彼女もユージンの疑問に対し、即座に答えてくれる。
「アイゼンはね、昔から魔道具の生産、輸出を重視し、周辺国に影響を持とうとする【革新派】と、周辺国との軋轢を抑え、技術発展の拡大のために簡単な魔道具を輸出しようとしている【穏健派】がいるのよ」
例え工業国……特に新たな魔道具を生産することを主とする国であっても、国は一枚岩ではないのだろう。
周辺国からすれば【穏健派】が助かるが、アイゼンシュタット工国としては【革新派】の方が国益に適う。
「富国を求める【革新派】と、調和を求める【穏健派】、という感じでしょうか?」
「ええ、簡単に言うとそうね」
頷く女性に、ユージンはさらに質問を続ける。
「アイゼンでは、再製師はかなり疎まれていると聞いていましたが、どうなんです?」
「それはそうね。でも、穏健派はどちらかというと再製師を自分たちで管理しようとするわ。革新派は徹底的に追放をしているようね」
「ふむ……」
「革新派としては、修理されるよりも新しいものを買って貰った方がいいのよ。でもね――」
女性が、ユージンにある事を耳打ちする。
それを聞き、ユージンは片頬笑む。
「――興味深い。……ああ、そうだ」
女性の言葉に頷きつつ、ユージンは思い出したかのように一つの魔道具――例の懐中時計を取り出し、女性に見せた。
「これも、もしや……?」
そう言いながら懐中時計を女性に渡すと、女性は軽く全体を見て頷いた。
「あら――それこそ、今言った通りよ」
それを聞いて、ユージンは頬笑んだ。
「……ありがとうございます。実に楽しい時間でした」
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