第11話

 領都ヴァルデバリーを出て数時間。

 そろそろ周囲が夕日で紅く染められる時間が近づいてくる頃。


 ユージン・シャッフェンは、風になっていた。

 自分の莫大な魔力によって途切れることのない【身体強化】と共に、元から持つその身体能力。


 それらをフル稼働させて人気のない街道……の隣を駆け抜けていく。


 ――ドカッ!


「ブギィッ!?」

「……何かぶつかりましたね。人間ではなさそうでしたが……」


 紛れもない衝突事故……いや、正確に言うならばオーク相手なので事故と言うよりも討伐扱いになるかもしれないが、駆け抜けていくユージンのスピードでぶつかったオークと呼ばれる魔物は、全身を強く打って絶命した。

 というよりも、そんなスピードで駆け抜けていながら平気なユージンはどこかおかしい。


 いずれにせよ、人の目がないのを良いことに爆走するユージンは、夕日が空を染める頃には名もなき村に帰ってきていた。


「さってっと~……フッフフのフ・フ・フ……」


 普段の礼儀正しい言葉遣いとは異なり、明らかに変なスイッチが入っているユージンは背負っている荷袋から戦利品を作業台に並べていく。


「これがあれば~、お風呂に入れる~。水も使い放題~、魔力が続く限り~!」


 謎の歌を歌いながら、まずは水を供給する魔道具を手に取ったユージン。

 これは中古品で、一部機能が破損していると書かれていたことを思い出しながら材料を手にして【リペア】を発動させる。


「ほっほほ~! これで機能が回復したからお湯だって出るぜ~、出るぜ~!」


 どうやらこの魔道具で失われていた機能は、温度調整機能だったらしい。

 さっさと修復したユージンは、これまで使う事のなかった浴室にその魔道具を持ち込んでお湯張りをする。


「さてさて、お次は~……」


 今度は空調の魔道具だ。

 サイズは今日購入した物の中で、一番大きい。

 小型の扇風機くらいのサイズがあるそれを、やはり作業台に載せてしばらく調べていたユージンは、【レストア】を発動させてこれも修復完了した。


 ついでに少し離れた位置に置いて、起動させてみる。

 気候が安定している地域ではあるが、やはり空調設備のあるなしは段違いだ。

 涼やかでありながら、カラッとした風が吹き、汗を乾かしていくのが分かる。


「そろそろいいかな~……」


 ちょうどお風呂のお湯が必要量に達したらしく、ユージンは水供給の魔道具を浴室から出してきた。

 ちなみに頭の中では、どうにかして複製品を作れないか検討中である。


「材料は分かるから揃えたとして……設計図が分かるわけじゃないし、そうなると部品を一つ一つ組んでみて……」


 だが、すぐには解決しない問題のような気がして、ユージンは頭を入れ替え一旦風呂に入ることにした。


「さあ、久々の風呂だ~!」


 と、そう言いながら首を傾げるユージン。


「久々……って、以前は何時入ったんだ……?」


 だが、思い出せない。

 数分考えても思い出せなかったため、「まあいいか」と言いながらユージンは浴室に向かうのだった。


 ◆ ◆ ◆


 ――翌日


「んん……んっ……?」


 窓に目を向けるユージンは、普段の朝とは異なる陽の光を不思議に思いつつ身体を起こす。


「……」


 身体を回すと、どこかからか小気味いい音が聞こえてきて、意外と身体が固まっていたことに気付いた。

 ユージンは寝ぼけた頭のまま、外に面する窓を開き、固まった。


「……あ~、寝過ごしたのか」


 普通の朝より陽が高いのも納得である。

 空調の魔道具と、久々に入った風呂の効果は高く、ユージンはそれまで蓄積していた疲れもあってぐっすりと寝ていたらしい。


「……ご飯食べるか」


 最早昼食と兼ねて良い時間だ。

 寝ぼけた頭を叩き起こしつつ、ユージンは魔道具で作ったお湯で紅茶を入れる。


 そうしながら、魔道具のコンロに火を付けてフライパンでベーコンを焼き、パンにその油に吸わせながらそこからパンを焼く。

 簡潔に作り上げた朝食だが、普段よりも肉とパンの枚数を多くしたことで十分昼食にもなるだろう。


 そう思いながら、昨日購入した魔道具について考える。


(そういえば、俺の解析でも十分には分からなかった魔道具……あれはなんだろうな? 腕輪に似てるから装飾品……いや、魔力は感じていたから魔道具だとは思うんだが……)


 昨日修理をしようと思っていたら、材料の不足が分かってしまい修理が途中なのである。

 実は【解析】というのも完全ではなく、修理していくにつれて情報が更新され、必要とする材料が増えることがあるのだ。


「足りないのが、魔物の魔石を加工して作る【魔晶】と、ミスリルとメテオライトの合金……メテオライトなんて売ってんのか……?」


 ミスリルはまだ分かる。

 魔導金属として有名で、高額ではあるがそれなりに流通している金属だ。

 対して、メテオライトとはかなり特殊な金属であり、それは噂によると『星の力』を含んだものだとのこと。


(まあ、『星の力』は嘘だとしても、かなり特殊な条件で生成されている金属なのは確かだ)


 そう考えるうちに、ユージンはある事に気付いた。


(そうなると、あの魔道具、意外ととんでもない物なんじゃ……?)


 古代文明は相当に高度な魔法文明を誇り、今では作り出せないような魔道具もあるとされる。

 メテオライトを使っているという時点で、もしかするとそういったレベルの魔道具ではないのだろうか、と思えてくるのだ。


「……下手に修理できないな。材料足りないし」


 そのようなわけで、ユージンは午後からは別の魔道具――あの老人がたたき壊した魔道具を修理することに決めたのであった。


 ◆ ◆ ◆


 ――1週間後。


 最近ユージンは、午前中の時間を様々な魔道具の研究に使うようになった。

 そして午後からは壊れた道具の修理を請け負う形だ。

 今日も当然ながらいつもの仕事を受けるために玄関は開けており、念のため『営業中』の札も掛けている。


「今日は、意外と皆ゆっくりしている感じだな」


 数日前までは修理依頼もなく、非常にゆったり過ごしていたが、ここ2日は忙しかったことを思い出すユージン。

 後から聞いたところによると、新たな領主の就任の関係で、この村にも酒と食事が持ってこられたらしい。

 勿論ヴァルデバリーで振る舞われている物とは異なるが、それでも村人たちにとっては大きな楽しみだったらしく、数日間はお祭り騒ぎとなっていた。

 そして男性陣は酒もあったことから痛飲して、何日も二日酔いになっていたとか。それは二日酔いなのか。


(それにしても、領主の依頼では報酬として金貨は合計……170枚か? まあ、少し使ったけど、それでも簡単には使い切れないレベルだな)


 ここが農村であるということも関係しており、基本的に自給自足、物々交換で成り立つところなのだ。

 お金があったとしても、使わないという事が多い。


「材料でよっぽどの物を買えば、減るだろうけど」


 そう考えながら、かなり破損している魔道具を一つずつ組み、修理していく。

 すぐに使う魔道具は優先的に修理したが、それ以外にも購入した魔道具がちょこちょこ存在していたため、ユージンはそれを修理し始めている。

 同時に、例の老人が壊した魔道具も修理するようだ。


「これが懐中時計とは見れば分かるが……どうやら、別の機能もあるみたいだな。分かってはいたけど」


 最初、老人が破壊する前の段階でユージンは詳細を【解析】しており、どのような機能を持っているか分かっていたのである。

 そのため、破壊されても修復することに難しさは感じていなかった。


(まあ、最初から別の機能が故障していたようだが……)


 恐らく老人が怒っていたのは、その『別の機能』が復活していなかったからだろう。


(しかし……どのような機能か分かっていれば彼女でも修復できたはず)


 ユージンは秘匿しているが、実は彼の解析は人物にも対応できる。

 基本的に『人を視る』ことはしたいと思わないために行わないが、【解析】を使う事でどの程度の能力や実力を持つか、ユージンには事細かに分かるのである。


 ユージンは、ヴィルヘルミナの再製師リジェネレーターとしての実力を確認するため彼女と顔を合わせたときに少し、この【解析】を使っている。

 すると、彼女が全ての方向性に対応できる再製師リジェネレーターであることが分かったのだ。


 とはいえ、再製師リジェネレーターといえど依頼人が正確に故障した機能を伝えなければ、それに沿った修理を行うことはできない。

 特に今回ユージンが修理している懐中時計は、『別の機能』をかなり秘匿した状態で作り上げているため、ユージンでなければ分からなかっただろう。


「さて……これで最後かな――【レストア】」


 そうユージンが呟くと同時に、遂に懐中時計が『別の機能』もろとも修復されて組み上がる。

 それなりに消費される魔力を感じながら、ユージンは椅子に腰を下ろす。


「……よし。折角だから、今後使わせて貰おうか――」


 そうユージンが行ったと同時に、玄関に人の気配が。


「……おや。こんな時間に来客とは」


 そう言いながら、ポケットに修復した時計を入れ、来客を出迎えるためにリビングに向かう。

 するとそこには、ローブを目深に被った一人の人物が立っていた。


「……いらっしゃいませ、ご用件は?」


 そう声を掛けたユージンに対し、その人物はローブの下で少し驚いたような表情をする。

 ユージンが不思議そうに首を傾げると、その来客はフードを取った。


 そこから現れたのは、豊かな黒髪を無造作に伸ばし、研究者らしい出で立ちの女性。


「まさか、君だったとはな。ユージン・シャッフェン」


 再製師リジェネレーターギルドマスターである、ヴィルヘルミナだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る