episode.4 Christmas Time In Blue

 混沌から目が覚めたのは学校の保健室だった。あれだけの衝撃だったら病院送りでは無いのかも、保健の鍋島先生の説明が物語っている。


「これで、真樹さんも宜正さんも起きたわね。もうね、えらい剣幕もコンタクトを疎かにしないでちゃんと着けてね。いいかしら、うっかりのバイオレンスはこれっきりにしてね」


 そんな事では無かった筈も、鍋島先生から触診と視線の検査で大脳に異常無しで、「このクリスマスの時期はこれだから、あら忙しい」で、和泉に保健室を託しては棟内診断に出かけていった。

 俺はただうとうとしながら、高校生が痴情のもつれで病院搬送されては八戸日報の紙面に愉快に載るだろうの判断だろうなでぼんやり察した。

 俺は知らない筈の懐かしい香りの消毒済みのベッドの中で、またも微睡み始めた。



 その自宅の庭園には、ただ麗しい母と幼い娘がいた。幼い娘の面差しは、俺もトレーディングカードを持っている1年生文芸部眼鏡を外したワンレングス辰巳真樹そのものだった。そして母娘仲睦まじく、真樹の長い髪を丹念に編み上げてはただ幸せだった。


 次に母美樹は胃癌余命幾許の中、呼吸器を着けられ、弱い声もはっきり聞こえた。「真樹、幸せになりなさい」。真樹はその言葉を知っていても、ただ幼く幸せの意味をまだ知り得なかった。


 真樹は、誰よりも深く幸せについて慎み深く学んでいった。

 真樹は、新しい継母弥生と継妹和泉を純粋に受け入れ新しく歩み始めた。

 真樹は、一人ではなく皆の幸せについて行動していった。

 真樹は、その側に英国ハーフの腕っ節の強い玲文がいて守られていた。

 真樹は、欠かす事なくカトリック教会に通った。

 そして教会の澄みやかな鐘が大きく鳴り響いた。



 俺は再び目覚めた。そこには吹奏楽部のリハで何度かリピートしている佐野元春の『Christmas Time In Blue』がブローされ、より成熟されて行く。チューブラーベルが適所にあれば良い。それは後で吹奏楽部顧問の南部美人戸井先生に提案しようか。

 そしてそれは恐る恐る来た。


(起きたか、いやごめん、そうじゃないよね)


「全部のヴィジョン、一瞬で全てきっちり流れて来た。俺は真樹の為に何が出来るかな」


(この手はやはり効くんだね。幼い玲文は流血したからあれだけど、まあ成人向けかな。と言ってもこれを最後にしたい)


「玲文って、彼氏だろ。俺この目で見た事無いよ」


(玲文はただの幼馴染。その都度トレースして来たけど、そういう感情は無いよ。そう、真樹はもう大人だろう頑張ってと、八戸高度技術学園に進学しては気象小型衛実現をマネジメント中。ある意味酷いよね)


「そうだろうな。あと俺、そういうの知らなかった、ごめん」


(美樹お母さんの事は、ヴィジョンで無くても話すと、そういう娘扱いされるから、ただ慎重だったけど。宜正もそうか、もう忘れて)


「俺のそれは違う、真樹も美樹お母さんの様に美人になるのかなって、」


(そこは努力する)


「と言うか、ここは口で言えよ、今は3人だぞ」


(何だか照れ臭い、と言うか未だムカつく)


「ムカつくって、あれか、全国高校サッカー青森予選準決勝敗退か。相手は全国優勝候補の名門青森田園高校だぞ、確かに2-2の延長の末にPK戦に入ったけど、0-3のどストレート負けなんて異次元そのものだ。相手のゴールキーパー室伏透は東京オリンピックに出るかもしれないアンダー代表だぞ。潤、俺、久万が余裕で弾かれたら、そりゃ負けるよウチは」


(そんなの詭弁だ。日本代表選も熱狂する埼玉スタジアムでチアさせてくれるって約束したよね)


「おいって、それあまりしつこく言うから、ハイハイにした案件だろ」


(そう言う端折るの嫌い、深く傷付いた)


「だから、そう言う無理な誘導尋問に乗る訳もないだろう。でも、俺の実力もあれだから謝る。だからさ、」


(もう一つある。何で東京のセント・ジョルジュ大学に進むの、大学サッカーのレベルに満足出来るの)


「真樹は何で俺の一次志望知ってるんだよ、まだ古代先生に相談途中なのに、と言うか無駄に能力発揮するな。どこまで知ってるかだけど、俺の親父が役職好調な内と有紀姉さんも応援してくれるって言うから、可能性に賭けてみたい」


(私も同じ志望にする)


「そこな、言うと思ったよ。サジタリアス学院のセント・ジョルジュ大学の推薦枠は有るか無いかで、AO入試一発に俺と真樹で雪崩れ込むからな。抜かるなよ」

「了解!」


 後悔は無い。大学4年と、そして八戸リターンもとなると、生涯の親友に大切にしたい。ここ迄知られたり知ってるのならば、彼女候補はご勝手にだ。


「宜正君。そう言うのデリカシー無いと思います。はー」


 真樹が言い終えて間も無く、空から、パサパサパサとパッケージ3袋が俺のベッドに乗る。これは頑固鉄板店の幻の芳醇バターせんべいだ。真樹が頑なにカロリー高いからと、延々俺に渋る謹製の南部せんべいで、何度か本当に頑固な頑固鉄板店に買いに行っても、それは辰巳家の特別注文だからと言葉少なげも丁寧に断られる逸品が、このタイミングで来るのは、さて。


「ここの所、私への当てつけリハで、食事録に取って無いでしょう。特別にカロリーを進ぜよう」


 真樹は俺に未だ背中を向けたままで、怒ると毎度扱い難いものだ。俺はパッケージの上からきっちり4等分に割っては口に運ぶ。とても乳成分が濃くしっかり焼かれて芳醇さも増してる。確かに御贈答向けだよ真樹。


“バリ、バリ、バリ”


 豪快な南部せんべいを齧る音が保健室に響く。そう、真樹は場所がどこであろうと、南部せんべいを齧る派だ。そう言うブレなさがやはり頼もしいは、また喧嘩になるか。

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南部せんべい、齧る派割る派。 判家悠久 @hanke-yuukyu

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