episode.3 She's So Delicate

 2018年クリスマス。南部サジタリアス学院の中等部高等部含めてのサジタリアスチャリティーミサは、7月の学園祭よりカトリックの本分を生かしてかなりド派手になる。

 生徒会長の真樹は2年生らしいフットワークを生かして、各棟の修繕指導に奔放し、授業以外はすれ違いの日々だ。ここで授業中の連絡メモで息抜きが入る筈が、常に真樹の頭から見える位の湯気が出ては、さも自粛になろう。

 俺は、いつも思考問いかけ1/3で済まし、たまに真樹頑張れよの声援を送るが、ついの油断かテレパシーでどんなスプレッドシートを描いてるのか膨大なタイムスケジュールが流れ込み、ど酷い目眩を起こしそうになる。真樹もそれを察して、ただ内面に溜めているのが日々同情しかない。


 これで俺も安泰に入る筈が、本来軽音楽部の本領を存分に生かしどうしてもインスト編成のアルルカントリオを組む事にした。俺宜正は本来ギターも元ピアニスト母貴子の手習い通りピアノへ。プレシジョンベースは俺と真樹が平行線の時にかすがいになってくれる茶道部の是方飛翔。リードのソプラノサックスは、養父の手解きで今やブラスバンド主軸の真樹と血の繋がらない妹辰巳和泉。以上のかなり上々の3名になる。

 練習場は真樹の巡視がかなりどぎついのでいつもの音楽練習室No.7では無く、飛翔の父の自宅防音スタジオになる。セッションは初っ端から出来上がっていたが、3曲目のラスト『She/Elvis Costello』に託した思いが伝わるかだった。

 和泉は原曲の『Tous les visages de l'amour/Charles Aznavour』の様にしゃくりましょうかの対案。飛翔はいっその事ベルギー人クォーター双葉ニコルにフランス語発音丁寧にボーカルの照れ隠しの案。ニコルにほぼ傾くも、実家の洋菓子Everlasting Loveがクリスマスシーズンだからちょっと無理の丁寧なお断り。結局はよりストレートなフレーズの『She/Elvis Costello』の譜面がニュアンス全てを書き込みで埋まる程に積み上げ、今日の公開リハーサルに無事滑り込んだ。


 サジタリアスチャリティーミサのメインステージであるウラヌス公会堂は、飛翔のたっての計らいでリハーサル非公開体制が敷かれた。

 とは言え、スタッフだけでは率直な感想を貰える筈も無いので、飛翔の直属の会日光クラブの17人を集め、レパートリーの3曲を本番そのままのノリで通した。そして何故か全員が『She』の歌詞いや曲そのものを知る事がない筈なのに、ただ感涙のままに咽んだ。俺は困惑してはただ言葉を繰り出せず。飛翔がただ丁寧に答え、和泉も続こうかに。


「皆、最後の『She』は、宜正の思いそのままの無償の愛です。この事はどうかミサコンサートが終わる迄、胸の内に秘めて置いて下さい。とは言え、2回目もきっちり泣けるかな」

「飛翔さん、リードは任せて下さい。ここは私の思いも乗せます」

「そこさ、俺が真樹にぞっこん見たいなニュアンスは止めて貰えるかな」

「いいんじゃないかな。宜正と真樹、その佇まい、暴風雨がなければ、ずっとそのままで見守っていたいよ」

「そうなの、」

「私は春からのお姉さんは別格だと思っています。でも自然に見守りますね」


“バン”“ドン”と公会堂の二重扉が低い怒声と共に蹴破られ通路を怒りも露わに足早に伝って来る。俺はただ困り果てる。

 真樹のテレパシー範囲は30m筈なのに、何故こうも察し良く強行突破される。和泉はごく自然にこう言う事も有ります然りの顔。飛翔は真樹の茶道の所作から、微かに第六感者でも包み込めとの視線で諭す。いやそれで済めば良いが。


「何なのよ、宜正、これ、酷いでしょう、この最後の曲『She』。知ってるわよ、この曲もフレーズも歌詞も全て。私への当てつけがこれだなんて、喜ぶと思ってるの。ねえ、私の一体何を知ってると言うの、ねえ、答えてよ、宜正ってば、」

「ああ、知らないよ俺は、でもそれは、真樹が一言も話さないからだろう。俺にどうしろって言うんだよ。いや言うさ、俺に出来るのは、それでもこれ迄の感謝を言わなくちゃいけない。と言うか、ミサコンサート迄その感動は取っておけよ、もっと思いの丈を乗せてやるから」

「阿保!」


 その1秒後に、エレクトリックグランドピアノの椅子に掛けたままの俺のおでこに、真樹の強烈なヘッドバッドを食らった。あまりの力強さと、今迄思念のみだった筈が如実なヴィジョンとして序系列無視に雪崩れ込む。痛い、が、あともうちょっとでヴィジョンが繋がるのに、俺は半目で、その視線の向こうの真樹も真後ろに倒れて行くのが最後に見て取れた。俺の体も重力に逆らえず、大きく仰け反り倒れた。

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