episode.2 Angelina

 2018年盛夏。八戸三社大祭となると俺は必ずや拘束される。同級生にして縁戚の花形文也の父昌和さんの生業は八戸の中心街の六日町でCafé.Angelinaを営んでおり、八戸三社大祭で店前が賑わうと、コーヒーのカップホルダーを持てようものなら、小学生高学年の俺でも戦さ場に放り込まれた。

 もっともその時分は姉西條有紀が大奮闘も。今では父平治同様バンカーとして大手AMBS銀行で紆余曲折あって青森の地域限定社員として勤務し、接待存分に膨大な取引先をCafé.Angelinaへと半ば貸切る事から、ここ数年は忙し過ぎてどうにもだ。

 まあAngelinaは佐野元春の楽曲からになるかだが、そこは昌和さんのフランクフルト修行時代の彼女はザルツブルクのチェリストでバレリーナではない事が確かだ。昌和さんはたまに饒舌なので本当になるかだが、店内にサイン付きで飾っている八戸市公会堂でのAngelina Von Rohr World Tour 2007の後生大事のポスター見る程にそうかなになる。ザルツブルクの女性はかなり義理堅いらしい。


 そして忙しい筈の今の俺は、今や素敵関係半ば公認のお相手辰巳真樹の接待で、囃子が彩る表通りを付きっ切りにされている。こういうのは、今まで文也が完璧な仕分けで弾く筈だが、真樹は完全無比のテレパシストで硬軟織り交ぜ俺以上に懇意の仲だ。俺のレンタルは、仕方ないな真樹の即決でエプロン姿のまま突き出された。真樹は手慣れた手つきで鞄からワンパッケージの南部せんべいを差し出す。


「宜正、南部せんべい、ごまとまめ、お好きなのどうぞ」

「どうぞって、すっかり飼いならされてるよな、俺さ、」

「何よ、私だって頑張ってきたのだから接待しなさいよ」

「まあ、それもな、厄介な事になってるけど」


 真樹は、Café.Angelinaのブラックコーヒーのタンブラカップを片手に豪快にまめせんべいを豪快にばりばり食する。

 俺はと言うと、標準的な家庭の如くワンパッケージの上から4分割してごませんべいを丁寧に食べる。

 もっとも真樹が豪快に食せるのは、食感パリの内陸の南部せんべい由来の頑固鉄板店謹製だからであって、せんべいを選ばないで真似しようものなら、間違いなく歯が欠ける。ここを指摘すると真樹はがなるので、最近では根負けにした。

 真樹の実家は八戸大手の水産加工会社辰巳水産であり、紛れもないお嬢様だ。とは言え来客ともなると、豪快な地元漁師さん方が多くを占め、大方の食事は男飯かになる。まあ俺はその豪快な噛み砕く音を聴く程にヒヤヒヤだ。


(もう、言わずとも心配性かな。大丈夫だよ、顎は生来頑強、歯科矯正もしてないのに、この美貌がふふだよね。これぞ南部美人だね)


「だからな、照れても良いから、それを言葉で喋って見せろよ。たまに着いて行けなくなる」

「それでしたら、大変お言葉ですが。ダイナモス八戸の入団の約束をしちゃいないよ。かー良いよね、その時はお父さんに精一杯おねだりして、ユニフォームのスポンサードは辰巳水産になって貰おうと。まあお父さんも生え抜きはえっらい大好物だから、宜正の評価かなり高いからね」


 そう、真樹との接触で日々てんてこ舞いになっては、昼間のフットサルでやけになってはついに抜群のサイドバックになり、南部サジタリアス学院サッカー部にとうとう引き摺られて高校総体のベンチ要員になった。スーパーサブの俺が起点になったかどうかは、高校総体青森予選で弱小サッカー部がベスト8に残ったのはまあ健闘したかの評価だった。

 それから、先月7月上旬の事で大きく俺に人生が振れる。俺が嫌々連れて来られたのは、プロサッカーのJ2ダイナモス八戸のクラブハウスだった。何で弱小サッカー部が青森最高峰のサッカークラブと練習試合なんだよも束の間、1-0も八戸のラッシュに押されて俺がピッチに送り込まれた。そこから何故か俺の追いつけるかのクロスに、前線は舞い上がってるのかフィジカルが追いつき1-2の逆転劇を見せ、健闘のケッパレの声援がパタと止み、全関係者が本気モードに突入した。まあ結果はプロとして飛車角抜きのフィジカルコンタクト無しのデフェンス高めで、6-5と迫るもプロはプロと大いに悟る。

 その後の懇談会は、今はやや日本代表招集ご無沙汰の八戸のボランチ本庄直哉さんがただ気さくに、「キレキレのフォワード畠山潤と、球捌き開花中のトップ下逸見久万は、遅かれJ1勢の誘いがあるだろうから、君最高のサイドバック西條宜正は卒業したら八戸に入団してな」と、かなり両肩をがっちり掴まれた。俺は進学志望ですとピシャリ答えておいたが、「新幹線あるから通えるでしょう」と、けんもほろろだ。


 俺の人生はと、日々考えて止まないが、この真樹が俺に絡んで来なければ、成績やや上々で軽音楽部のやや技巧派で無事高校生活を過ごせた筈だ。

 いや成績に関しては上がってる。思考が途切れようものなら、何かと真樹のテレパシーの茶々が入るので、感謝せざる得ないのか。


(そういう事、どんどん感謝しなさい)


「真樹、ふざけるな。俺はそんなの頼んでいない。そもそも八戸からの誘いなんて、お前の日々のプレッシャーの発散の賜物だが、そうこれは違う、お前に絡まれて、かなり困難の道を歩もうとしている」

「落ち着きなさい宜正。ねえねえ、見える、来たよ、ガネーシャの山車がだよ、」


 そう八戸三社大祭の山車には、より色彩強く物語性も深く取り込まれて、見た目派手なねぶたと双璧をなす味わいがある。この目前にあるガネーシャは知恵・健康・富を模した木々花々に囲まれてやたら陽気に傾いて行く。山車は名工たる三嶺山車組で、そう真樹の家族経営の辰巳水産と平成前よりがっちり手を組んでる。囃子と掛け声が一際響く中、つい俺は言う。


「何処かの誰かと違って、神様ガネーシャも苦労人だよな。真樹、あやかれよ、」

「まあまあ、渋い事は抜きに、南部せんべいでも食べて」


 既に餌付けされている俺は、真樹から差し出されたごませんべいのワンパッケージをいつも通りに4等分し、癪だから真樹に1つ渡した。真樹はただ嬉々と頬張り御満悦顔を見せる。だったら普段もお上品に食して下さいも、これもまた筒抜けなのか、真樹は俺の顔を存分に眺めては、そっちの方がお好きなのとばかりに飽く事無くただ見入る。

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