南部せんべい、齧る派割る派。

判家悠久

episode.1 Someday

 2018年春爛漫。八戸の春は5月を境に彩りを激しく見せる。私立南部サジタリアス学院高等部2年生にして、この後方窓際の絶景席を得られて、俺の高校生ライフは最頂点だ。

 八戸市やや郊外の南部サジタリアス学院は、春爛漫には八重桜並木を潜って、そして尚の校庭に咲き乱れる八重桜を窺っては、皆勉学の意欲を掻き立てる筈だ。

 そうとは言え俺の場合、母西條貴子の遠縁の花形昌和さんの娘文也に誘われるまま、「南部サジタリアス学院遠いけど風景は抜群であるしカトリック校だから、宜正の気難しい感じも受け入れてくれる筈だよ。と言うべきか高校生で成長しなよ」と志望校を強引に絞られた。まあ進学コースも人気だし、俺と文也のコンビの成績は上の中なので、筆記は問題無く面接はとっておきの笑顔を練習しては昨年門を潜った。


 俺は父西條平治が地方銀行津軽まほろば銀行の陽気な行員の為、青森県は度々転勤した。勿論各地で馴染むものの、また転勤かなと思うと、親友がどうのを若くして悟ってしまい、まあ俺は俺で良いかのやや境地に辿り着く。

 そうして中学3年時に、津軽まほろば銀行は他行集結で八戸が旗艦店になり、父平治はそれでも出世格として融資課長として旗艦店に凱旋した。そこで家族含めてややの安定路線に入った筈も、今更友好関係もどうかなとしている内に、文也に掻き回される事になる。今となってはそれも有りの学生生活だ。

 それも開けた窓から、おめでとうとばかりに桜の花びらが、やや机の上に降り積もって行く。これを真面目に言おうものなら、ここからが西條宜正のスタートだと言われるから、誰にも言うつもりはまるで無い。


 そして前席のサッカー部エースストライカー畠山潤から、丁寧なリレーのバトンの受け渡しの様に、的確な視線を2秒送られ、連絡メモが机下を潜り、俺はパシと受け取った。

 連絡メモの内容は7割が出欠表だ。『昼休み、アスレチック or ティーラウンジ』。アスレチックはフットサルのお誘いで、これでも瞬発力はあるからサイドを駆け上がれるので、かなり重宝される。ティーラウンジはスマートフォン視聴の80年代音楽鑑賞会のお誘いで、ここは両親揃って70・80年代の中古レコードをデートで揃えていたから結構な量になり、俺も自然と知識がある為解説要員に招かれる。

 と、ここで選択の余地がある様に思われるが、教室の左後方席に回ってくる連絡メモの出席簿には、誰かが勝手に俺の名前を記入する為強制に近い。ここはその日の気分次第で図書室に雲隠れするのだが、今日は良い加減にだ。ただ国語の担任古代先生への視線をそのままに、声を潜めながら。


「潤、ふざけるな、今日の5限目長距離だぞ、勝手に書くな」

「言うな、今日の進学科1組対普通科2組の観客は、あの地元アイドル槌屋絢華のご観覧だ。勝利を彼女に捧げる」

「嫌だね、」

「駄目だね、俺を存分に引き立てて下さいよ」

「潤、お前はな」


 その様子を俺の右隣の席の春休みデビューした辰巳真樹が、これでもかと微笑ましく見つめる。俺は関わりたく無いので、しれっと古代先生に集中する。

 真樹の春休みデビューとは、1年時は文芸部も眼鏡ワンレングス女子で、清楚趣味男子からは人気が高く新聞部の極秘トレーディングカードランキングでは年間3位に入った。まあコンプリート趣味の男子はどうしてもいるかだった。

 それが今年の春にコンタクトベリーショートで登校しては激震が走った。いや、そんな大袈裟かも実はもう一人の真樹が現れたからだ。彼女は新入生の妹辰巳和泉でパーツは微妙に違うも、バランスは真樹瓜二つだったからだ。さも美人姉妹かで南部サジタリアス学院は沸き立った。

 いやもう一つある、真樹は2年生なのに、自由闊達躍進をスローガンに生徒会長に立候補してはダントツでトップ当選した。ここは俺も潤も一部の界隈は癖っ毛なので服装の自由化は実に喜ばしいものだった。ここ迄はやや良い。

 2年生女性生会長辰巳真樹は応援部の人員不足を見かねて、そのやんわりさから最大女性派閥を投入し、チアガールグループを瞬く間に形成し、各種競技大会の引っ張りだこになった。当然各部員の士気も上がりに上がり捲る。俺はそのひたむきさに青春の翳が見えかくれするので、どうにも正視出来ずにいる。


 そんな真樹が、私にもと授業中も関わらず連絡メモの催促をする。分かってる、隣の席の憐憫の情で、俺への奮起の応援コールを送ってくれるのだろう。仕方ない、ダッシュは3回、全部ガチなクロスを上げてやるから、決めろよ潤。

 俺は、はやる気持ちを隠したいのか、連絡メモに机に舞い降りた桜の花びら3つ包んで、ぶっきらぼうに右隣席に鮮やかなバトンを渡し、真樹は授業中でも嬉々と受け取り、その連絡メモを上品に広げた。

 真樹はただ綻びながら、連絡メモの桜の花びらにご満悦だ。過去いや数ヶ月だが、真樹が前のめりになったのを真近で見た。辰巳真樹生会長の昼休みとも言えば、生徒会室で萬相談係をしては南部サジタリアス学院高等部を円滑に回している。俺も一回だけ、様子見に相談には行った。昼の校内放送が情操教育の一環で洋楽かジャズかクラシックなので、J-POPも掛けてくれと何と無く直談判した。

 そこから、真樹は度々ティーラウンジの後半には顔を出しては佐野元春良いわねと、2週間後に校内放送で佐野元春特集がされた。まあ俺にとっては、『Someday』この曲何か凄く良いのほぼ皆の反応が、えらく斬新でこれが世の移り変わりかと衝撃を今でも覚えている。

 そして、それを遥かに上回る衝撃が来る。


(君、西條、いや宜正、やっぱり最高だね。これからも宜しくお願いね。ああ、それとこのテレパシーは私と妹と君だけの秘密だから、くれぐれもお願いね)


 俺は直接大脳に送られた衝撃のメッセージに、まさしく目の前が真っ白になった。口は半開きになったが、辛うじて震える声は漏れていない。

 いかん、俺は何故か本能の赴くままに立ち上がり、真樹の手にした連絡メモと桜の花びら3つをむんずと奪い取り、そのまま口に放り込み飲み込もうとしているが、紙質が思ったより硬い、もっと丸めて口に放り込むべきだった。水、は後ろの棚の鞄の中だ。そう俺はただ時間を巻き戻したいのだ。そんな俺に真樹が全力でしがみ付く。


「ちょっと、宜正、出せ、私の宝物返して、良いから口から出して。そう、連絡メモ硬いから、飲み込んだら喉切っちゃうから出して、宜正ってば、ねえ、やめてよ」

「うぐ、うぐ、もぐ」


 教室は授業中にも関わらず忽ち大爆笑だ。ここで口に突っ込んで正解だ。何故かと言われたら、真樹の一生の秘密を言いかねない。

 ここで担任古代先生がやれやれとばかりに、静粛の手を広げる。


「はいはい、静かにしてな。全く、宜正。まとめ役のお前がそこまで積極的なんて、先生感激だよ。まさかお前がいの一番に、真樹に告白するなんて、まあ春も今日も盛りか、」

「嫌ですよ、古代先生」

「うぐ、ごっつ、って、ふざけるな真樹、勝手に乗るんじゃないって、皆俺と真樹はそうじゃないからな!」

「はい、連絡メモと桜の花びら3つ回収します。まあ救いはそこまで濡れてないことね。除菌して、お宝箱に入れておきます」

「それじゃあ、授業再開。と言っても、あと5分で昼休みだから、書道部の勧誘しておくか、良いか……」


 俺の脱力した右手の青春の欠片は、真樹によって奪われ回収された。ここでやっと理解した。真樹は古代先生の思考をテレパシーで読み取り、自らのペースに持ち込んだ。実に切れる奴だ。今後、絶対敵にしたく無い女子に、俺は見事ロックオンされた。


(そういう事。何なら本当に付き合っちゃう。いやそれもかな、まずは親友からかな)


 ふざけるなと、机を叩きそうになったが、机に降り落ちた桜の花びらを自ら舞わせる訳にいかない。今は恋愛より満開の八重桜に心が囚われている。いつか何処かで覆して見せる。


(お花見は正解。そういうセンスが好きは、ねえ直接的かな、ごめんね)


 分かってる、真樹とはどうしても長い付き合いになりそうだ。

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