梅雨
容赦なくこちらを刺す陽の光に、思わず目を瞑る。
七月十日。梅雨が明けたばかりの空は、私たちを休ませることなく夏になる。
折りたたみの日傘は家に置いてきた。まだ必要ないかもしれないと思ったのだ。昨日の夜の自分の判断は間違いだったのだと知る。
駅を降りてすぐの坂道を上っているうちに、どんどん汗が噴き出した。首筋、脇、ブラジャーに覆われた胸の隙間。ペタリと濡れて張り付くワイシャツの感触が気持ち悪くて、風を通したくて、腕まくりをした。第一ボタンはとっくに開けていた。
長袖だから日焼け止めは脚にしか塗っていなかった。それでも暑いよりはましだろう。これから焼けないようにすればいいや。
自分の左手首が露わになったところで、あ、と思い出す。
まだ赤みのある四つの傷痕が、白い肌に目立っていた。
梅雨の陰鬱な雰囲気にあてられて、何も考えずにハサミで切ったのだった。
そう、きっと大したことではなかった。
クラスメイトとの会話でちょっと印象が悪くなりそうなことを言ってしまっただとか、友達のそっけない態度に妄想を膨らませただとか、確証も何もない、ただの日常だった。
でも、その日が雨だったから。
分厚い灰色の雲に遮られて光が一切届かなかったから。
登下校で新しく買ったばかりの靴がぐしゃぐしゃに濡れてしまったから。
上手く整えられたと思った前髪が湿気ですぐに崩れたから。
いつの間にか鞄が濡れていて、提出するはずのワークが水気を含んで曲がっていたから。
その日が雨だったから。
嫌なことがちょっとずつ溜まって溜まって、私はそれでしか発散できなかったのだ。
普通の人はどうやってこのストレスを解消しているんだろう。
クラスの陽キャの莉奈は? 六月後半の定期テストが終わってから、いつも半袖のワイシャツで登校しているけれど、どうしてそんなに簡単に肌を見せられるの?
そっと息を吐いて、腕をまくるのを止めた。
別に自傷がいけないことだとか本気で思ってる訳じゃない。思ってたらやらないもの。
これは、ただの義務感だった。世の中の多くの人が顔をしかめるようなことをしてしまった故の、バレてはいけないみたいな感情。
或いは、傷について追及されたくない怖がりかもしれなかった。
私にはどっちが本当なのかなんて分からない。いや、分かっていて耳を塞いでいるだけかもしれない。何が本当かなんて、わからない。
自分のことなんてまだ何も分からないし、こんな屑みたいな人間のこと、分かりたくもない。ただ、楽を探して、そうやって生きていたいだけなのだ。
三途の川のこちら側 るら @nami-seal
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