第37話 病室内座談会
その少女は灰色の夢を見る。
夢の中での少女は記憶にない家の中で
記憶にない服を着て
記憶にない物を食べて
記憶にない人と話して
記憶にない生活を送っていた。
何もかもが記憶にない。
ならばこれは夢なのだと少女は思う事にした。
だが鏡に映る記憶のままの姿が自身に語り掛ける。
「記憶にない? 本当に?」
少女は夢の中でいつも一人の男に目を向けている。
その男は少女の記憶にあるままの姿。
並んで歩いて、共に笑って。
男の存在はいつだって夢の中の少女の心を温かくしてくれた。
そんな男が今夢の中で前を歩いている。
夢の中の少女は男に向かって手を伸ばす。
だが空を切るばかりで触れることはできない。
そうしている内に男がどんどん遠ざかっていってしまう。
待って置いていかないで、と夢の中の少女は猛烈な焦燥感に襲われた。
だったら呼びかけて振り向いてもらおうとする。
少女の記憶にあるその名前を。
(……ケ……ヴィ……ン……――……――……)
そこで少女は夢から覚める。
目が覚めた時、自身の腕を伸ばしていたことに気付きそれを戻す。
上体を起こしてみると、頬に何かが通り過ぎていく感触があった。
少女はそれに触れる。
それは、涙であった。
「私……泣いていた?……どうして……?」
少女――ミリアムは覚えていない。
自身が夢を見ていた事を。
何度も何度も、見ていた事を。
神暦4502年・ケヴィンの病室
6月8日の日記読了後――
「このコネリーという方には何となく親近感が湧きますね」
「……たしかに共通点多いな。
エルフ耳、眼鏡、丁寧な言葉遣い……。
顔形はまるで違うが、雰囲気も似たものを感じるな」
「もしかして~、その人がマーティン先生のご先祖様だったりね~?
ミリアムちゃんみたいに~」
「――っ⁉」
「……いや日記にあったようにコネリーは結婚しておらず養子のアチェロを跡継ぎにしている。
だからコネリーが誰かの先祖というのは有り得ない事だな」
「あっあの! えと、ケヴィン様。
リンド高等学園に通うことになったんですよね?」
「ああそうだが、もしかして学園もまだあり続けているのか?」
「はいっ。
何しろリンド高等学園は王立ですから。
王家ある以上、無くすことは有り得ませんよ。
かく言う私も在校生ですしっ!」
「……そうか。
城といい学園といい、まだ色々残ってるものもあるんだな……」
「ケヴィン様……」
「悪い、しんみりしてしまったな。
――そう言えばミリアムは16歳って言ってたな。
ということは2年生で今年卒業なのか?
「いいえ、過去と違って現在学園は3年制なんです。
なので私は来年卒業ですね」
6月9日の日記読了後――
「……薄々分かってはいた事ですが、やはりこの頃からケヴィン様は非常識な存在だったようですね」
「はっきり言うな。
この頃は本当に無知だったんだから仕方ないだろう」
「この頃のケヴィン君が格3……。
ということは~今よりだいぶへなちょこだったの~?」
「へなちょこ言うな。
まあ見た目はそれほど変わってないはずだけど、強さは全然違うな」
「……ケヴィン様。
このミリーという女、やたらと馴れ馴れしくないですか?
仲良かったんですか?」
「……うーん、おぼろげにしか覚えていないが、王都で活動していた時期は頻繁に会ってた気がするな。
仲は普通に良かったと思うぞ」
「――頻繁っ⁉ 仲良い⁉
ケヴィン様っ、浮気ですか!」
「人聞きの悪い事を言うな!」
6月10日の日記読了後――
「この、アチェロ君って~いい子ね~。
よしよししてあげたくなっちゃう~」
「ああ、その気持ちはよく分かるな。
頭撫でてあげるとさ、くすぐったそうにするんだ。
それを見てるとついこっちも笑顔になるというか」
「ふむ、ケヴィン様は年下に好かれる、と。
私も年下、間違ってませんね。
――私もケヴィン兄様とお呼びした方が……」
「おかしな妄想に耽っている殿下は脇に置きまして。
ドワーフという種族はやはり昔から職人気質なのですね」
「そうだな、コネリーの縁者じゃなければオレも断られてたかもしれん。
オレの装備は師匠から受け継いだものだから大事に使っていきたくて。
ここでフルヴに会えたのは本当に良かったと思う。
――そう言えば、今オレの装備は別場所で保管されてるんだっけか?」
「そうですね、さすがに病院内に持ち込むわけにはいきませんから」
「大切に保管していますよ!
王城内の、私の! 部屋で!」
「……ミリアム、おかしなことはしていないだろうな?」
「べっべべべつに、おかしなことなんてしてませんよ⁉
~~~~♪」
「怪しい……」
「そう言えば~、前にミリアムちゃんがケヴィン君のニオイがどうとかって~……」
「わあっわああああっ! それ駄目ですって⁉
あはっ、あはははははは!」
「……………………」
6月11日の日記読了後――
「……ケヴィン様、お友達できて良かったですね。
ぐすっ」
「あまりそういう憐みの視線を向けて欲しくないんだが。
でもまあ仕方ない。
それまでの生活がほぼ師匠とだけだったからな」
「うふふ~。
このフィン君っていう子~、そんなに女の子みたいだったの~?」
「本当に女の子みたいだったよ。
女子の制服着せてたらまず間違いなく男子には思われないだろうな」
「そうなの~。
ケヴィン君と並んで立ってると~。
さぞかしお似合いだったでしょうね~。
うふふふふふふふふふ」
「……あの、私は、ケヴィン様がどのようなご趣味であっても、その気にしませんからっ」
「お前たちは一体何を想像しているんだ……」
「彼女たちの世界に立ち入ると戻ってこれなくなります、退避しましょう。
――ところでこの魔力に関するお話は興味深いですね」
「現代の魔法科学では、魔素のみで魔法現象を発現させてるんだったな?」
「そうですね、全ての魔具が魔素のみで魔法を出せます。
私も魔力変換というのはやったことが無いですね」
「そうか。
それを最初に成し遂げた人間は凄い奴なんだな……。
オレはおろか、師匠をも超えるような天才だったのかも」
「いつか機会がありましたら、その辺の話もすることにしましょうか」
「ああ、頼むよ」
「――アマラ師匠。
このウナという先生怪しいと思いません?」
「そうねえ。
年上エルフさんなのにちびっ子という武器は強力だわ」
「ケヴィン様もすごく自然に接している感じを受けますね……。
――も、もしかしてっ、ケヴィン様は〇リコン⁉
師匠、どうしましょう?
私、これから大きくなれても小さくなれる気がしないのですがっ」
「ロ〇コンは病気だけど、現代医学でも治せない奇病だからねぇ」
「……酷く不愉快な会話が繰り広げられている気がする。
マーティン、〇リコンという言葉をオレは知らないんだがどういう意味なんだ?」
「……まあ昔には無かった言葉なんでしょう。
意味についてはケヴィン様が知る必要はありません。
むしろ知ってはいけない類だと思っててください」
6月12日の日記読了後――
「……むむむ、またしても初代様がケヴィン様と仲良く……。
ぐぬぬ」
「あら、こっちのレナード君っていうのは、もしかして?」
「あ、はい。
その方も私のご先祖様ですね」
「やはりそうか……。
俺が眠っている間に、ミュリエルはレナードと一緒になったんだな。
あいつが相手なら、きっと幸せになれたんだろう」
「ケヴィン君~、もしかして失恋した感じ~?」
「あ……」
「どうだろうな……。
最終的に彼女に対してどのような想いを持っていたのかはまだ思い出せない。
少なくともこの時点では、隣人にして良い友人としか思ってなかったよ」
「そっか~。
元気出してね~、いい子いい子」
「……さすがに照れ臭いから子供扱いしないで欲しい」
「フフフ。
――しかしこの日の日記を見る限り、昔のケヴィン様は結構烈しいところがあったようですね」
「師匠と死に別れてすぐの頃だったからな……。
冷静に振る舞っていたつもりだったが、今思うと情緒不安定になっていたのかもしれん」
「それだけ大事に思われていたという事ですよ」
「そうだな、それだけは間違いない」
6月13日の日記読了後――
「……どうしましょう。
ケヴィン様が悪役面で高笑いしている光景が目に浮かんでくるのですが」
「ミリアムちゃんも?
私もなのよね。
しかもそれがとっても良く似合ってるの」
「……悪役顔で悪かったな。
フン、どうせオレに正義の味方役は似合いませんよー」
「ああもう、ケヴィン様。
冗談ですからいじけないでくださいよ」
「うふふ~。
やっぱりケヴィン君も男の子だね~」
「まあ少年時代は誰しもそういうのに憧れる気持ちを持つ、というのはいつの時代でも共通という事でしょう」
「……意外です。
マーティン先生もそういうのに憧れたりしたんですか?」
「貴女は私の事を何だと思っているのですか……?
私にも子供時代はあったのですよ」
「だって全く想像できませんもん。
子供の頃から興味ある対象追っかけまわして面白がってるばかりなのかと」
「…………そのようなことはありません。ええ決して」
「あ、返事に間があった。
やっぱりそういう子供だったんですね……」
「ゴホン、まあ私の事はいいでしょう。
それよりも日記のことです」
「あ、私はこの魔法試合を面白いなって思いました。
ケヴィン様が格上の方相手に色々な工夫が見て取れて……。
思わず惚れ直しちゃいました。きゃっ♪」
「はいはい、どうもな。
で、今では魔法を使った競技とかってどうなってるんだ?」
「現代では魔具で魔法を誰でも同じように扱える分、魔法技術を競うということはほとんど無いんですよ。
むしろ、魔法を使う状況になるまでを競う肉体的な競技が盛んですね」
「へえ。
一周回って原点回帰する、みたいな状況なのか。
それはそれで面白いな」
「はい、私も同感です。
そういうのが人間の在り方なのかもしれないと、最近思うようになってきました」
「ところで、ケヴィン様。
目当ての記憶って見つかりました……?」
「いや、全然だな。
おそらく相当読み進めていかないと辿り着けないと考えている。
まだまだ苦労をかけるが……」
「前にも申しましたが、医師としての務めです。
お気になさらず」
「そうよ~、ケヴィン君は思うように行動していいんだから~」
「そうですよ。
それに苦労を分かち合ってこそ絆は深まるというものでしょう。
個人的には大いに深めたいのでどんどん苦労を押しつけていただければ!」
「――ははっ。
個人的とかはともかく、気持ちは嬉しいよ。
ありがとうな、3人とも」
案外普通の冒険譚~忘却賢者は日記で己を取り戻す~ 福良無有 @fukkuramu_
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