第36話 13/2001・完全試合

 コネリーはウナの頭に向かって拳骨を下したようで、彼女は痛みで頭を抱えている。

 そしてコネリーは眼鏡を直しながら、全員に向けて有無を言わせず落ち着かせようとしていた。

 眼鏡奥の鋭い眼光を受けた生徒たちは途端に姿勢を正し頷いている。


「いつつつ……。

 なんで学園長がここにいるんです⁉」

「レンマ先生が知らせてくれたのですよ。

 もしかすると貴女が暴走するかもしれないから、と」

「ぐっ……。

 こういう時は腹立つくらいに有能なんだから。

 どっかの誰かと同じようにっ」

「褒め言葉として受け取っておきましょう。

 まあ、そのために彼女を貴女の下に付けたんですしね」


 そんなやり取りがウナとコネリーの間で行われている間、生徒たちは成り行きを見守るしかなかった。

 ちなみに、当のレンマは他の生徒たちを見守るため、ここにはいない。

 コネリーはケヴィンや生活魔法班、ペッツとトルベンの二人から事情を聞いてひとまず場をまとめようと考えた。


「――大体の事情は分かりました。

 ではウナ先生。

 ペッツ君とトルベン君の二人と、ケヴィン君とで試合を組んで下さい」

「学園長⁉」

「試合……?」

「「――えっ⁉」」


 コネリーの思いがけない提案に、ウナを始め誰もが付いていけず唖然としている。

 ケヴィンにしても試合をする意図というものを図りかねていた。


「要は生活魔法が戦いでどれほどの事ができるかが分かれば、ペッツ君とトルベン君はいいのでしょう?

 ただ、それをケヴィン君が見せただけでは二人が納得しない可能性があります。

 ならば、ここは互いに魔法を撃ちあって白黒つければいいと判断しました。

 その結果二人が納得できるものを見せられないとなれば、それはケヴィン君の力量不足という事であきらめてもらいます。

 三人ともよろしいですね?」

「――分かった。それでいい」

「「は、はい」」


 再び有無を言わせぬ態度で三人に向けて話すコネリー。

 その様子を見て、何事か理解したのかウナがやれやれという表情をしていた。


「――ふう。

 学園長の仰る通りにしましょう。

 これもいい機会だから、授業にいる全員に見てもらうわ。

 悪いけど、他の班たちもみんな呼んできてくれる?

 場所は対面場よ、分かるわね?」

「はい、分かります。

 ――よし、手分けして他の班を呼んでこよう。

 俺は治癒魔法班の所へ行くから、他の場所を頼む」


 ウナの言葉を受けて、レナードが攻撃魔法班の生徒たちを促す。

 率先しつつ周りを動かす事を自然に行える様は、上に立つ者として相応しいように端から見えていた。


 しばらくして1・2組の生徒が一つの場所の周りに集まる。

 対面場と呼ばれるその場所では、今ペッツ・トルベンの二人とケヴィンが100mほどの距離をあけて相対していた。

 彼らの10m横には頭部に布を被せた木偶が地面に突き刺さっている。

 その布には赤く印が塗られていた。


「では試合方式を説明するわ。

 対面する両者はそれぞれ横にある木偶の頭にある布めがけて魔法を撃ちなさい。

 誰かが相対する木偶の布に魔法を当てればそこで試合終了よ。

 ただし、人に魔法を当てるのは禁止。

 各人、足元に描かれている円からはみ出るのも禁止。

 飛来してきた魔法が当たりそうな場合、それを避けた結果で円を出るようなら、その魔法行使者に非があるとする。

 魔法の妨害は有りだけど、自分たちの魔法で自分側の布を潰すのは無し。

 当然のことだけど、精神力を消耗しすぎて気絶したら負けよ。

 ……ケヴィンは2対1になるけど、本当にいいのね?」

「構わない。

 さっきも言ったようにオレの悪い要素が大きかったみたいだからな」


 ほんの数分前、生徒たちを集めて試合の準備を進めている間にケヴィン、ウナ、コネリー、レナードの4人で話をしていた。

 話題はケヴィンのやり過ぎに関してである。

 この時点ではまだやり過ぎだと思っていなかったケヴィン。

 その理由は。


「大体、オレが行使しようとしたのは“灯火”だぞ?

 あいつらオレより格上なんだから抵抗すればいいだけの話だろう。

 オレだってちゃんと、って言葉掛けたんだし」


 ケヴィンの言葉に残る3人は揃って手で顔を覆い首を横に振っていた。

 “抵抗”とは魔法現象あるいはそれに類する力に対して、魔力そのものを当てて効果の減衰を狙うことである。

 抵抗の度合いによっては魔法現象そのものを消し去ることもできる。

 ケヴィンの言う通り、最下級である生活魔法に対して格上の人間が抵抗を試みれば消去できないはずはなかった。

 ただ今回の場合、前提条件が違っていたのである。


「……あのね、ケヴィン。

 あんたは知らないんだろうけど、1年生で抵抗使えるのはあんたを除いて一人もいないの。

 抵抗を覚えさせるのは1年の後半からって決められてるのよ」

「私も迂闊でした……。

 大まかな授業の進行内容は入学式あたりで説明する事だというのを忘れてましたよ」

「でも仮に相手が抵抗できたとして、お前どうやって生活魔法の良さっていうのを分からせるつもりだったんだ?」

「また常識が違うのか……。

 ……うん? ああ、それは単純。

 ひたすら時間かけて“灯火”維持して相手の気絶狙うだけ。

 ずっと抵抗し続けても消えそうにない魔法を目にすれば、その圧倒的な効率の良さに気付くはずだろ?」

「…………あんた、それ拷問っていうのよ」


 そういったやり取りがあり、ケヴィンは自分の無知によるやり過ぎを認め試合での不利を背負うことにしたのだった。


 ほどなくして説明と準備が終わり、試合が始められようとしていた。


「それじゃ、いいわね?

 始め!」


 ウナの号令でペッツ・トルベンの二人は杖を前方に構える。

 対するケヴィンは腕を組みじっとするだけだった。

 それを眺めていたフィンとコリーヌは不安そうな表情をする。


「ケヴィン君、どうしたんだろう。

 じっと動かないけど大丈夫かな?」

「昨日やさっきみたいな怖い雰囲気じゃないみたいだけど……」

「ま、今のあいつはキレて考え無しってわけじゃねえだろ」


 トビーがフィンとコリーヌの不安を払うかのような発言をすると、すぐ後から同意する声が聞こえてくる。


「そうだな。

 たぶん面白いものが見れると思うから楽しみにしておくといいぞ」

「殿下……。何か知ってるの?」

「先程あいつと話した時に少しな」


 自信あり気にニヤリとフィンに笑い掛けるレナード。

 その傍らではケヴィンの一挙手一投足を見逃さないようアレックが前を見続けていた。

 

 ケヴィンの様子を見てペッツとトルベンの二人は先程のことなど忘れて余裕の笑みを見せ始める。


「ペッツ様、見て下さい。

 あいつハナからやる気が無いようですよ」

「ふん、まあ当然であろう。

 元々生活魔法が戦闘向きではないのだ。

 それを多少知識があるからと言っていい気になりおって。

 目にもの見せてくれるわ」


 互いの言葉で自らを鼓舞しながら二人は魔力変換を行い呪文を唱えようとしていた。

 ケヴィンはその間も腕を組んでじっとしたまま。

 ついには二人から魔法が放たれようとしていた。


「『出でよ火の球』――火球!」

「『飛来せし石の塊』――石礫!」


 二人の杖の前から、それぞれ30cm程度の火と石の塊が放たれる。

 二つともがケヴィン横にある木偶へと向かうが――


(これは……無いな)

「当たらないわね」

「ですね」

「はい」


 ケヴィンが内心で、そしてウナ、コネリー、レンマの3人が口を揃えて外れを予測する。

 果たして二つの魔法はその通りに木偶から3~4m離れたところに着弾した。

 その結果に舌打ちしながら悔しがるペッツとトルベン。

 二人の魔法を確認したケヴィンは組んでいる腕を解き右手を木偶の方へ向けた。

 自分の側にある木偶の方へ。

 生徒たちからどよめきが起こる。

 それが収まるのを待たずケヴィンは一つ魔法を行使しようとする。


「『掘り起こせ』」


 ケヴィンが行使しようとしていたのは“掘起”。

 生徒たちからは何故という思いが生じていた。

 すぐ後、ケヴィンの狙いが明らかになる。


「――掘起」


 ケヴィンの魔法が行使された瞬間、横にある木偶の根元地面が大きく掘り返される。

 後ろ側から木偶を根元から掬うような形で。

 するとどうなるか。

 

「おい見ろ、あの木偶」

「倒れる……?」

「あ、倒れた……。

 でもあの倒れ方って」

「ああ、ちょうど対面の二人からは的がほとんど見えなくなってんじゃねえか?」

「あんなのアリかよ……」


 そう、木偶が対面の反対方向に地面に倒れる事によって、二人からは木偶の根元しか見えなくなっているのである。

「相手の的に魔法を当てる」という試合内容からすれば常識外れの手段。

 しかし、事前の説明での決まりに反していないのだ。

 その事実にその場にいたほとんどの人間が呆気に取られている。

 そうでない一部の人間、レナードなどは腹を抱えて笑っているし、教師陣も苦笑気味だが笑っていた。


「フフ。

 さすがはワイスタ先生の弟子、といったところですね。

 先生も確かにこういう方でした」

「こういうって?」

「自らが動くときは周りの憂いを断ってから、と言ってました。

 今回の場合はケヴィン君横の木偶の的そのものが、憂いですね」

「周りの事を思いやると……。

 賢者様はお優しい方だったのですね……」


 懐かしいものを見たとばかりにコネリーは目を細めて語る。

 ワイスタの話を聞けてウナはご満悦だ。

 コネリーの言った事を、周りに対する気遣いの表れと捉えたレンマは素直な感想を述べている。

 しかし、それに対してはコネリーが否定の言葉を出した。


「いえ、レンマ先生。それは違います。

 あの方にもそういった心があった事は確かでしょう。

 ですが、あの方はもっと現実的でした。

 周りに弱者がいたとして、それを放置して魔族の糧となってしまった場合、より多くの命が失われる可能性を何よりも怖れたのです。

 ……もっとも、足を引っ張られたくないという利己的な部分があった事も否定はできないのですが」


 真剣な表情でワイスタの生き様を語っていたコネリーだったが、言葉の最後の方は深い苦笑に満ちていた。

 レンマは噂ではない賢者の実像を聞いて大いに感心するのだった。


 その間にもペッツとトルベンからは何度か攻撃魔法が放たれている。

 だが、直線的にしか撃てない上に射角が取れない現状では的に当たる可能性は極小と言えた。

 一方でケヴィンが何をしているかと言えば。


「『火よ灯れ』――灯火。

 それいけ」


 ほいっ、と軽く投げる感じで灯火魔法を一つ。

 後は自然体で立ったまま対面を見据えてるのみ。

 積極的に相手の的を攻撃しようという意思が感じられなかった。

 その姿に侮られたと感じた二人は憤り、さらに魔法行使の回転を上げようとしていた。


「おのれ、舐めおって!

 要は木偶そのものに当て続ければいいのであろう。

 トルベン、とにかく木偶を狙い続けるのだ!」

「しょ、承知しました!」


 “灯火”はとてもゆっくり的めがけて進んでいく。

 その速度は初級攻撃魔法どころか人の徒歩と比べても遅すぎる。

 正直漂っているという表現が似合うほど。

 これが生活魔法は戦闘に向かないという理由の一つだった。

 それを横目に二人は魔法行使を続けて外し続ける。

 しかし、偶然とはあるもので。


「あら、次は木偶に当たりそうね」

「ええ。

 ですが、彼はそれを許さないでしょう」


 ペッツの放った火球魔法がケヴィン側の木偶に当たる進路を取っていたのだ。

 ウナとコネリーはそれを見抜くが、同時に当たる事はないと確信していた。

 その理由は次のケヴィンの行動によって示される。


「『流れる水よ』――流水」


 木偶に当たる直前、ケヴィンが放った流水魔法がペッツの“火球”に向かって飛び、それを打ち消した。

 その光景をペッツは信じられない、と首を横に振りながら喚き散らす。


「な、ぜだ……何故だあっ!

 何故生活魔法が攻撃魔法を消せるんだ?

 おかしいだろうっ⁉」

「そ、そうです!

 何か不正でもあるとしか思えません!」


 合わせてトルベンも喚いているが、生徒の中で一連の現象の意味を知る者は二人に向かって冷ややかな視線を向けていた。

 当然教師陣も。


「……応用にも及ばない基本的な事の積み重ねのはずなのですが。

 彼らはそれが出来ていないようですね」

「ええ、全くお恥ずかしい限りです。

 注意してきます、失礼」


 3人の教師はいずれも渋い顔をして彼ら二人の言い分を聞いている。

 ウナは特に腹立たしさで一杯という様子で対面場近くまで寄って行った。

 そして二人の間違いを正すべく大声を上げる。


「この試合に不正なんて一つも無いわよ、このばかちん共!

 ペッツ!

 生活魔法とは何なのか言ってみなさい!」

「え……?

 せ、生活魔法とは全ての魔法の基礎となる魔法群……」

「次、トルベン!

 対滅属性の意味と利点を言いなさい!」

「は、はい!

 対滅属性とは魔法同士がぶつかった時に相手の属性を上回る事のできる属性のことです。

 利点は、同級なら一方的に打ち勝つこと……」

「利点はもう一つあったわよね⁉

 ペッツ!」

「対滅属性のもう一つの利点、は、一つ低級でも打ち消せること……」


 ウナが憤怒の勢いに任せて矢継ぎ早に質問していく。

 それに二人が答えていく内に、彼らはその意味を理解していったようで、次第に声が尻すぼみになっていった。


「ふん、ようやく理解したようね。

 初級攻撃魔法の一つ低級は全ての基礎たる生活魔法。

 火属性の対滅属性は水属性。

 つまり、“火球”は“流水”で打ち消せるのよ。

 分かったのなら、さっさと再開しなさい?

 ケヴィンの魔法が的に向かってるわよ」


 言うべき事は言ったとウナは身を翻してコネリーらの元へ戻っていく。

 ウナの言葉にハッ、とした二人はその魔法を目に捉える。

 もう既にケヴィンの“灯火”は残る距離を半分にまで縮めていた。


「くそ、くそおっ」

「お、落ち着いてくださいペッツ様。

 あれは所詮“灯火”なんです。

 ならば我らの魔法は一つ上級。

 問題なく打ち消せましょう」

「そ、そうであった。

 ではさっさと消してしまうとしよう」


 そう言って二人は魔法を行使する。

 放たれた“火球”と“石礫”は“灯火”に当たる――かのように思われた。

 ところが、二人から魔法が放たれた直後に“灯火”は急に進路を変えて上方向に舞い上がる。

 上に上がった“灯火”の下を二つの魔法が通り過ぎていった。


「――な」


 二人からすれば有り得ない出来事に彼らは再び不正だと喚きたくなる。

 だが、先程注意を受けた事を思い出し一旦二人は教師陣の方へ向いた。

 3人の表情は至極真面目であり、そこに不正があるなどという表情ではない。

 そうして二人は次にケヴィンの方へ向いた。

 すると彼の姿が少し違っている事に気付く。

 ケヴィンは今空中に右掌を向けているのだった。

 その様子にフィンは何かに気付いて声を上げる。


「あれって、もしかして魔法を誘導してるの?

 高等技術だよね?

 ケヴィン君すごいや」


 無邪気にケヴィンを褒め称えるフィンの声がその場に響き渡る。

 その声に生徒たちが大きくざわめきだした。


「おいおいマジかよ」

「有り得……なくもないのかあいつの素性なら」

「ねえ、誘導できるって事はさ」

「あっ、あの“灯火”確実に的へ当てれるってことじゃん」


 それらの声を聞いてしまった二人はさらに焦った表情を見せる。

 既にここまで共に10発以上魔法を撃っており、二人は疲労とは違う息苦しさを感じていた。

 限界が近いのである。


「くそっ、どうすればいいのだ?」

「こうなれば的の近くで迎い撃つしかありません。

 的直前に一人があれの進行を防ぐように放って、僅かな時間差でもう一人が逃げる位置に向かって放ちましょう。

 逃げる方向は後ろ。

 ならば最初に放った方に少し被せるような後方を狙えば、上下にずれても掠めることは出来るはず。

 掠り当たりでも消せるのですからそれで十分かと」

「わ、分かった。

 最初の方はまかせてもらおう」

「では私が2撃目で」


 迫る時間の中、二人は即席の作戦を立て実行に移そうとする。

 やがて“灯火”が的付近までやってきた。


「――火球!」


 ペッツの“火球”が“灯火”の進路を塞ぐように放たれた。

 それに対してケヴィンは“灯火”を後退させる。

 しかし“石礫”がそれに迫るような放たれ方を既にしていた。

 ケヴィンはさらに誘導を試みるが、“石礫”は“灯火”を掠り、トルベンの狙い通り消し去ることに成功。

 それを見た二人は歓喜に震えた。


「よ、よしやったぞ!」

「は、はい。これであとは――」


 だがそんな二人の喜びに水を差す冷たい声が響く。

 その声は対面からであり、少し前に聞いた死神の宣告のような。


「――いや、もう終わりだ」


 ケヴィンは対面に向けてそう言った後、空中に向けていた右の掌をぐっ、と握りこむ。

 次の瞬間、二人の側にある木偶の遥か真上から大きな水の塊がその形を崩して落下。

 そのまま的ごと木偶を水浸しにしてしまった。

 試合を見守っていた全員が言葉を失う。

 さらには、今見た光景を信じられないペッツとトルベン。


「……ば、かな」

「……う、そ」


 二人はそう言った後、同時に倒れ込んでしまった。

 精神力消耗による気絶に陥った事は誰の目から見ても明らか。

 それを確認したウナは試合の幕引きを宣言。

 ケヴィンの勝利を告げて一拍の後、生徒たちは歓声で沸き上がっていた。


 二日続けての騒動後、一つの記録と一つの逸話が長く学園内で語り継がれることになる。

 その記録とはケヴィンがこの試合で成した事。

 格上二人相手、生活魔法のみ使用、木偶無被弾、的当て勝利、同時気絶勝利である。

 誰にも真似する事のできない記録であることを称えて、「完全試合」と呼ばれるようになっていった。

 そして逸話に曰く、「賢者と生活魔法を貶めるな。貶めてしまえば銀色の死神による報いを受けるあろう」と。

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