第35話 13/2001・諍い再び
“浄化”の話が一段落してからも、まだケヴィンの話は続くことになる。
班の中でいち早く正気に戻ったコリーヌが疑問を投げかけたのだ。
「そう言えばケヴィン君、まずは、って言ってたわね。
まだ他にもあった方がいい生活魔法ってあるの?」
「あるぞ。
“冷却”と“乾燥”、それに“掘起”だ。
さて、それぞれどのように利用するのか考えてみてくれ」
再びケヴィンからの問題に班の生徒たちは考えを巡らせている。
それぞれが違う仕草や表情をしながら考え事をしてる光景は、中々面白いものだなとケヴィンは考えていた。
そうしていると、生徒たちから声が上がってくる。
「“乾燥”は雨でぬれた時などで使うのかな?
でも“浄化”あれば要らないよね……」
「“冷却”は気温が高かったり、熱い物を冷ます時ぐらいしか思いつかないわ」
「“掘起”って田畑を耕す時に便利なあれよね?
旅でどう利用するのかしら……」
班の女生徒たちは話し合いながら色々考察を巡らせている。
そんな中でフィンは一人考え込んでいた。
何がしかの結論が出たのか、うんと一つ頷きを入れてケヴィンに確認を取ってくる。
「……ねえ、ケヴィン君。
さっきの言い方だと“冷却”と“乾燥”は同じ括りってことなんだよね?」
「おっ、それに気付いたか。
それで合ってるぞ」
他の生徒たちは、同じ括りと言われても何の事か分からないようだった。
ケヴィンの肯定が得られたことによって、確信を深めたフィンは若干頬を上気させながら答えを述べていく。
「“冷却”と“乾燥”が便利なのは、食料の保存に使えるから、だよね?」
「正解だ。やるな、フィン」
「そ、そうかな? えへへ……」
ケヴィンから褒められた事でフィンは照れくさそうな表情をして頬を指でかいている。
一方他の女生徒たちはフィンの答えを聞いて理解が広がったようだ。
「そっかー、食い物のことは考えたけど、保存までは考えなかったなぁ」
「あたし干した魚とか好きなのに、“乾燥”思いつかなかった……」
「魔法の“冷却”って、凍らせるところまでやっても自然現象の氷みたいに溶けないから確かに便利ね。納得だわ」
「理解してくれたようで何より。
一応言っておくと、食料の保存を考える理由は旅している間に毎日決まって同じ量の食物が採れるとは限らないからだ。
ならば保存の手段があるに越したことはない、ということだな」
ケヴィンの言葉に班の生徒たちはうんうん、と納得して頷いていた。
お題で残る魔法は一つ。
しかし彼女たちはどれだけ頭を捻ろうとも答えを出すことはできなかった。
フィンも今度はお手上げ、とばかりに両手を上げている。
「駄目か。
じゃあ答え。
“掘起”が便利な理由。それは、大木や岩壁を掘って雨露を凌げる空間を確保できるから、だ」
「「「「……ええっ⁉」」」」
あまりに意外な答えだったのだろう。
班の生徒たちは驚きの声を大きく上げていた。
そしてまたしてもフィンがケヴィンに詰め寄る。
今度はケヴィンの運動服まで掴んでいるほどだ。
「ちょちょちょ、ちょっとケヴィン君!
“掘起”って岩削れるの?」
「削るじゃなくて、掘るだけどな。
こんな話を聞いた事はないか?
ドワーフの国ガルでは魔法を使って地下に居住空間を作ってる、って」
そのケヴィンの言葉に班の皆は一様に「あっ……」という表情をしている。
フィンも理解が進んだのか、同じ表情。
だがケヴィンの服を掴む力は強くなっていた。
「聞いた事あるよ!
でも僕はその魔法をドワーフ特有の魔法か何かだと思ってた。
けど実際には“掘起”がその魔法だったんだね?」
「そういうこと。
ドワーフの話はオレも師匠から聞いた話だけどな。
その師匠曰く、“掘起”は行使者が掘れると認識できるものなら対象として作用する、だそうだ。
だから木とか岩とかひっくるめて、ほら穴が掘れると認識できればいいってこと」
「「「「ほぉー!」」」」
意図せずワイスタの言葉を知れて、班の皆は喜びをあらわにしている。
フィンなどは結構な興奮ぶりだ。
その後、ケヴィンの話した内容を確かめるために班は岩山のある区域に移動していく。
そして班の中で土属適性のある女生徒が岩壁に向かって試してみる事になった。
「えっと、この岩の壁は掘ってほら穴にできるって考えながら行使すればいいんだよね」
「ああ、やってみてくれ」
「……よしっ。
『掘り起こせ』――掘起!」
女生徒は壁に向かって杖を向けて魔法を行使した。
初めて試す事なので緊張しているのか、少し呪文詠唱が大声になってしまったのはご愛敬だろう。
そして行使の結果は――
「ホントに……ほら穴できちゃった」
女生徒の言う通り、彼女の目の前にはそれほど大きくはないが、岩壁をくり抜いた穴ができていた。
それを見た他の女生徒たちははしゃぎだす。
「すごーい!」
「あ、次あたしもやりたい!」
「私も私も~」
「こら、みんなー。
あまりやり過ぎると先生に怒られるからほどほどにねー」
「「「はーい!」」」
我も我もと魔法を行使しようとする女生徒たち。
一応、コリーヌは釘を刺してみるがどこまで聞いている事やら。
やれやれ、と首を横に振るコリーヌにフィンが話し掛けていた。
「ケヴィン君がこの班に来てくれて良かったよね」
「本当よね。
他の班だったらこういう事知らないままだったでしょうし。
生活魔法一つとっても色々考えることができるって思い知っちゃったわ」
「うんうん、僕もだよ」
そんな風にフィンとコリーヌが談笑している間、ケヴィンは他の女生徒たちを眺めていた。
勿論、下品な視線ではない。
彼女らを見て過去自分が同じようにはしゃいだのを思い出したのだ。
そう考えると、今ケヴィンの立ち位置はワイスタと同じであると言える。
継ぐと誓った道程はまだ始まったばかり。
それでも、彼は今この状況を作り出せたことに満足していた。
そんな楽し気な空気に包まれている生活魔法班に水を差す声が響き渡る。
「おやおやぁ?
生活魔法の班がこんなところで何をしているのかねぇ?」
「ここは今から我ら攻撃魔法班が使う予定なのだ。
さっさとここから立ち去ってもらおうか?」
いきなりやってきて命令口調で喋る男子生徒二人。
話からすると攻撃魔法班のようだが、ケヴィンにはその二人に見覚えがあった。
(あれは、確か昨日のエッカルトの取り巻き……)
昨日の騒動の際にエッカルトを引き摺っていた二人であった。
その二人の言葉に対して生活魔法班の女生徒たちが抗議の声を上げる。
「何勝手な事を言ってるのよ。
ここは今私たちが使ってるの。
貴方たちが遠慮するべきなんじゃないの?」
「ハッ!
このような岩場で生活魔法に何ができると言うんだ」
「お生憎様。
ここにいるケヴィン君が教えてくれたことで、役に立つ魔法があるって分かったのよ。
あんたらが知らないようなことをね」
「――ッ⁉
フ、フン! どうせ大したこと無い話なんだろう。
――おい、そこの女みたいな顔した奴、どんな事してたのか言ってみろ」
「ええっ、ぼ、僕?」
男女で口論になる中、彼ら二人はようやくその場所にケヴィンがいた事に気付いたようで、咄嗟に目を逸らした。
どうやら昨日の一件で積極的に関わろうとしたくはないようだが、生活魔法班の女生徒が煽るような事を言ってしまったため、彼らも引っ込みがつかなくなってきたらしい。
かと言ってケヴィンには絡みたくないので標的をフィンにしたようだった。
女生徒たちは「フィン君を苛めるな!」と思い切り憤慨している。
当のフィンはそんな口論の場でおろおろとしていた。
「ほら、そこの女顔。
トルベン君が聞きたがってるじゃないか。
さっさと話したまえよ」
「え、えっと……」
「――フィンに聞くことはないだろう。
オレが教えた事なんだからオレから説明してやるよ」
「あ……ケヴィン君っ」
茶髪でやや太り気味な男子生徒が、トルベンとかいう赤茶髪で細身の生徒の言葉を引き継いで、なおもフィンに詰めよる。
フィンはそれに少し怯えを見せながら言い淀んでいた。
ケヴィンはそんなフィンを庇うように前に立ち、二人に正論を言い放つ。
ケヴィンに庇われてフィンは嬉しそうに気持ちを持ち直した。
そしてケヴィンが前に出た瞬間、またもや目を逸らす二人。
そんな様子を無視して、ケヴィンは先程“掘起”に関して話した内容を繰り返す。
「――という事だ。
ここにいる理由が分かっただろう?」
「――は、ははっ。
そ、その程度のことか。
そんな誰でも知ってそうな事を得意気に話されてもな」
「ま、全くペッツ様の言う通りですよ!」
「なに明らかな嘘ついてるの?
貴方たち、さっき何もできないみたいな事言ってたじゃないの」
「「「そうよ、そうよ!」」」
コリーヌの言う通り、ペッツとトルベンの両名の言い訳はその場しのぎにしても杜撰なものだとしか言えなかった。
女生徒たちはコリーヌの言葉に乗って二人を追い返すべく声を揃える。
そんな様子が癇に障ったのだろう。
二人は激昂して周りを顧みず叫び始める。
「ええい、うるさいわっ!
こんな事していてもどうせ生活魔法
「「「きゃあっ」」」
「――――」
ペッツの叫んだ言葉でケヴィンは視線を冷たくして彼らを見る。
だが、昨日レナードに言われた忠告を思い出し、その時はまだ踏みとどまっていた。
「大声で威圧なんてしないでよ!」
「フン、ペッツ様の言う通りなんだよ!
少しできることが増えたくらいで生活魔法
「――――――――ほう?」
「……あっ⁉
ちょ、ちょっと待っ――」
しかし、続くトルベンの言葉で完全に色を無くす瞳。
ケヴィンは既に二人を見下していた。
ケヴィンの様子がおかしいと気付いた女生徒たちは、彼の表情を見て少し引き気味になる。
コリーヌはその表情が昨日見たものと同じだと気付く。
級長としての責任感からか、止めねばと行動を起こそうとするがほんの少しそれは遅かった。
ケヴィンはコリーヌの言葉が届く前に二人に向かって疾走。
10m程度の距離をあっという間に縮めて彼らの背後に立つ。
「――なっ⁉」
「――は、速⁉」
「――だったら証明してみようじゃないか。
生活魔法が戦闘で役に立たないのかどうかを」
いきなり背後に立たれた二人は咄嗟に振り向こうとする。
だが後ろからケヴィンにそれぞれの後頭部を両手で掴まれ、二人は動けなくなってしまった。
背後から聞こえる冷たすぎる声色に、昨日の事が思い出されて二人は恐怖する。
それを助長するかの如くケヴィンは言い募った。
「そうだな、例えば今ここでオレが両手に“灯火”を出したらどうなると思う?
お前らの考えでは全く効かないんだよな?」
「――っ! や、やめ」
「は、放せえーっ!」
拷問の宣告か、それに近い内容の言葉を受けて二人は完全に取り乱してしまった。
振り解こうとするが、ケヴィンは微動だにしない。
当然である。
何故なら昨日と違ってケヴィンは“身体昇”を維持したままなのだから。
ケヴィンが抑え、二人がもがいている最中、少し遠目から声が響いてきた。
「――あっ、あいつらいたぞ。
ってあれケヴィンじゃないか⁉
おい馬鹿待て止め――」
どこか聞いた事のある声がするが、ケヴィンは完全に無視していよいよ死刑宣告を始める。
「では、いくぞ。ちゃんと
「あんたは一体何やってんのよぉーーーーーっ!」
『火よ灯――ぐはっ」
ケヴィンの魔法が行使完了となるその間際、高速で飛んできた小柄な人影が彼の横っ腹に突き刺さる。
情けない声を出してケヴィンは吹っ飛びゴロゴロと転がっていった。
だが、次の瞬間にはすっくと立ち上がる。大した痛手を受けた様子も見せずに。
そして飛んできた小柄な人影に非難めいた視線を向けた。
「……痛いぞ。
いきなり何をするんだ、ウナせんせー」
何らかの手段によって高速で飛んできたのはウナであった。
彼女は勢いのままケヴィンに飛び蹴りして二人から引き剥がしたのである。
九死に一生を得たペッツとトルベンの二人は急ぎ這いながらウナの後ろへ隠れるように動いていた。
彼らの近くには他に10人近い生徒たちも集まってくる。
その中にはレナードやアレックの姿も。
どうやら先程のケヴィンに静止を求めた声はレナードのものであるらしかった。
「何をする、じゃないわよ。
様子を見に来てみれば、あんたが明らかに不穏な事をやろうとしている光景が目に入ったんだもの。
そんなの止めるに決まってるじゃない」
「ウナ先生の言う通りだぞ、ケヴィン。
お前、昨日俺が言ったことをもう忘れたのか?」
ウナと彼女の近くに寄っていたレナードが合わせてケヴィンの行動を責める。
しかしケヴィンとしても言い分はあるのだった。
「待て、二人共。
元はと言えば、そこの二人が原因なんだぞ。
この場所から生活魔法班を無理矢理追い出そうとしたんだ。
そのためにフィンだけを責めるような真似をして」
「……それが理由なら確かに非はこいつらにあるけど。
でもちょっとねぇ?」
「勝手に行動して姿が見えないと思っていたら、そんな事してたのか……。
――おい、お前らな。
ルヴェン貴族の誇りというものがないのか?」
ウナはケヴィンから事情を聴いて一定の理が彼にある事を認めた。
一方レナードは同じ班だったらしい二人を探していたようで、その行為の情けなさに心底呆れ果てているようである。
二人を見るレナードの視線は強まるが、その二人もただ黙っているわけにはいかなかった。
「お、お待ち下さい!
我々も悪かったのかもしれないが、そいつの方がよほど悪辣なのですぞ!」
「そうです!
その男は手で頭を押さえつけられて動けない私たちに向かって、手から“灯火”を出して頭を焼くつもりだったのです!」
「「「「……うわぁ」」」」
「……やっぱりあんたやり過ぎ」
「お前なぁ……」
一転してケヴィンの行動の過激さにその場にいる全員が引いていた。
ウナとレナードも半目になっている。
だがそれに対してもケヴィンにはまだ言い分があるのだった。
「それだって理由がある。
その二人が生活魔法を蔑み馬鹿にするから、教え込んでやろうとしたんだよ。
師匠が愛してやまなかった生活魔法の良さというのをな」
その言葉にウナがビクリと反応する。
そしてギラリと眼光鋭く後ろにいた二人を睨み始めた。
「へえ……そう。
この二人そんなこと言ってたのねぇ。
――完全に有罪。
ケヴィン、続きやっていいわよ」
「な、何故そうなるのだ⁉」
「ひいええええっっ!」
「ちょっとウナ先生⁉
貴女がそんな事言ったら収まるものも収まらないでしょう?」
ケヴィンの言葉は完全にウナを彼寄りにするものだった。
ペッツとトルベンの二人は目の前にいる教師の突然の変貌についていけず、再び怯え始める。
そんなウナをレナードは何とか宥めようとするが、彼女の意識はケヴィン同様既に振り切っていた。
「えーい、王子様うるさいっ。
ケヴィンがやらないのならあたしが直接――いだっ」
「……まったく。
主教官である貴女がそんなことでどうするのです。
――全員ひとまず落ち着きなさい、いいですね?」
そこに現れたのはなんと学園長たるコネリーであった。
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