第34話 13/2001・旅のお供に生活魔法

 授業は後半に入る。

 後半では各生徒が希望する種別の魔法訓練だ。

 大きく分けて生活、攻撃、防御、治癒、補助、妨害、知覚の7種類から選ぶようになる。

 そうして種別ごとの生徒が集まって行使の練習をしたり、使い勝手などを議論したりするのだ。


「それで、あんた後半はどの種別でやろうと思ってるの?

 格の問題があるから攻撃、補助、妨害、知覚は無理になるけど」

「残るは生活と防御と治癒……。

 まあ元々、生活魔法を選ぶつもりだったから問題ないな」


 ウナの問い掛けに、ケヴィンはあらかじめ考えておいた選択を答える。

 その答えにウナは少しだけ意外そうな顔をした。


「生活なの?

 あたしてっきり治癒なのかと思ってたわ」

「てっきり……?

 そもそも、どうしてオレが治癒を選ぶかもって考えてたんだ?」

「昨日の騒動で治癒魔法使ってたでしょ。

 それを見ていたベニタがあんたの魔法を褒めてたからね。

 珍しいのよ、治癒魔法で彼女があそこまで褒めるのって」

「へえ、あの先生がね……」


 ケヴィンが思い浮かべるのは柔らかく笑いつつも、実は抜け目ない性格をしている小柄な女性教師。

(小柄同士だからなのかな?)

 などという失礼な考えを内心でしていると、ウナが半目になって睨んでくる。


「……なんで彼女には普通に“先生”なのよ?

 あたしに対するのと態度が違う気がするんですけど~」

「気のせい気のせい。

 ところで聞いた感じだと二人は仲良いように聞こえるな。

 なんというか、意外という感じもするんだが」


 想像していたのとは別の理由で睨まれていたようだが、変に拗ねられても困るのでケヴィンはウナを軽くあしらう。

 そのついでに、先程の内心とは真逆の疑問をぶつけていた。

 勿論、それには理由がある。

 ウナが疑問を持つ理由に気付き、なるほどと頷きながら返答することに。


「ああ、あたしがエルフで彼女がドワーフだからってことね?

 そうね、あたしもここに入りたての頃は色眼鏡で彼女を見てたこともあったわ。

 でもあの雰囲気で“長命種同士ぃ仲良くしましょう”ってふんわり笑い掛けられると、ね。

 種族がどうとか考えるのが馬鹿らしくなっちゃって。

 同じ女性で気が合うって事が分かってからは良い友人として接しているわ。

 あ、言っておくけど彼女はあたしより年上だからね」


 ウナはその時の事を思い出しているのか、懐かしそうな表情をしてケヴィンに語る。

 それを見ながらケヴィンは、先生同士でも色々あるのだなと考える。

 ちなみに、彼はベニタの方が年上であるという言葉については微塵も疑ったりしていなかった。


 種別ごとに班分けがなされたので、ケヴィンは生活魔法の班へと赴く。

 そこには顔見知りが2名ほどいた。


「あっ、ケヴィン君だ。

 君も生活魔法の班にしたの?」

「ああ、そうだ」

「そう、良かった。

 貴方が来てくれて正直助かるわ。

 今までここの男子はフィン君しかいなくて。

 男女の比率が女子に偏り過ぎてたのよね」


 いたのはフィンとコリーヌ。

 その辺りを見れば、合わせて7名程の集まりでコリーヌの言う通りフィン以外は全員女子だった。

 フィンはケヴィンが同じ班だと知ると嬉しそうにはにかんでいる。

 その姿を見て同じ班の女子たちはとても満足そうにしていた。

 それらから受ける何らかの視線で、ケヴィンは若干背筋が寒くなる思いがしたが、気のせいだと割り切ってフィンに質問することにした。


「ここでは普段どういう事をしているんだ?」

「えっとね、今までは個々に魔法行使の練習したりコツを教え合ったりしてるかな。

 あとは日々の生活でどんな風に役立てるかって話もしてるよ」

「ふむふむ」


 そのようにケヴィンとフィンが二人で話していると、コリーヌが話し掛けてきた。

 先程まで彼女は女子たちと一緒に今日の進め方について話し合っていたようだが、何か閃くことがあったらしい。


「そうだ、ねえケヴィン君。

 今日が初参加なんだし、良ければ貴方がどのように生活魔法を行使しているのかを話してくれないかしら。

 賢者様の教えっていうのも気になるし」

「あ、それはいいね。

 僕もぜひケヴィン君の話を聞いてみたいなぁ」

「別に構わないが……。

 あまり面白そうな事は話せないぞ」

「くすっ。

 そんなこと考えなくてもいいわよ。

 ケヴィン君が生活魔法について思うように喋ってくれれば」


 コリーヌの提案を周りの生徒たちは「賛成~」や「私も聞きたい」など話しながら頷いている。

 すぐ後には全員が座ってケヴィンの話を聞く姿勢を取っていた。

 特に、フィンが食い気味である。

 どうやら彼も賢者ワイスタに憧れる一人であったらしい。

 その様子を苦笑しながらもケヴィンは何を話すか頭で考える。

 そうして一つの話題に辿り着いた。


「そうだな……。

 たぶんここにいるのは普段から生活魔法を活用している人なんだろう。

 だからそういう方向じゃなくて、別の面から見た生活魔法を話していこうと思う」

「別の面?」

「そう。

 前にオレが自分の家から徒歩で王都へ旅してきたって、フィンには話したよな。

 およそ6日間ほどかかったんだが、その旅で使ってきた生活魔法について語っていこうかってな」

「へえ~、面白そうだねっ」


 ケヴィンの話す内容にフィンはさらに食い付いていく。

 他の女生徒たちも興味深そうに話の続きを待っていた。

 コリーヌは自身の記憶を振り返っている。


「私もキャルムから来た王都外組だけど、旅は商家の人たちと馬車で一緒だったし特に不便は無かった覚えがあるわ。

 でも徒歩での旅となるとまた違ってくるんでしょうね」

「期待に沿えるかは分からないが、とりあえず話を進めよう。

 ――いきなりですまないが、質問だ。

 皆の考える、旅で役立ちそうな生活魔法って何になる?」


 話すと言いつつ、突然質問になってその場の全員が呆気にとられる。

 しかしすぐ後にはその全員がちゃんと考え始めているのを見る限り、この班は真面目な人間ばかりのようだ。


「そうね……。

 まず外せないのは“流水”よね」

「だね。

 水を多量に持つのは重くてかさばるから、魔法で済ませるのがいいよね」


 直前に話していたコリーヌが真っ先に答えて、フィンもそれに応じる。

 他の生徒もうんうん、と頷いて納得しているようだ。

 ケヴィンも異論無く頷いている。


「そうだな。

 水の確保は何よりも重要だ。

 流水は旅する上で最も活躍する魔法だろう。

 他に何か思いつくか?」

「あとは“灯火”かな。

 夜休む場所では焚火をするよね。

 調理するにも必要だろうし」

「あっ、夜なら当然“照明”も必要よね」

「ああ、その二つも確かに必要だな。

 他には?」


 次にフィンが答えて、そこから別の女生徒が連想した答えを言う。

 “灯火”はその名の通りに火を灯す魔法。

 その火の大きさは最大でも掌に収まる程度しかない。

 “照明”は光の玉を出して周囲を照らす魔法だ。

 夜行動する時には不可欠であろう。

 そうした答えに、ケヴィンは再度同意する。

 しかし班の生徒たちはそこで止まってしまった。

 全員が頭を捻らせているが、答えが出てきそうにない。

 その様子を見てケヴィンは自ら答えを述べていった。


「今まで挙げてもらったのは旅で必須の魔法。

 次に挙げていくのはあったら、より便利という魔法だ。

 まずは“浄化”。

 言うまでも無く、旅している間は毎日風呂に入れるわけじゃない。

 水浴びしようにも、ちょうどいい水場がすぐに見つかるわけでもない。

 そして旅をしていれば当然衣服は汚れる。

 そういった問題が一気に解決できる」

「うん、そう言えばそうよね。

 私も旅の間、風呂に入れる宿場町が待ち遠しくて仕方なかったわ。

 でもケヴィン君、“浄化”って火風土水の複合属性でしょう?

 難度高くないかしら?」


 再びキャルムからの旅の事を思い出したのだろう。

 ただ今度のコリーヌの表情は若干苦みが入っているものだった。

 その旅の間結構苦労したのかもしれない。

 そんな事を思いつつも、ケヴィンはコリーヌの疑問が不思議でしょうがなかった。


「難度が高い?

 いや、いくら複合属性だと言っても“浄化”はあくまで生活魔法の範疇、つまり基本中の基本だぞ。

 魔法を齧ってる奴なら誰でも行使できなきゃ生活魔法とは言えない」

「でもケヴィン君、僕たちは君みたく全属性に適性あるとかじゃないんだけど……」


 フィンはケヴィンと雑談していた中で、入学試験の時のことも聞いている。

 そのため彼はケヴィンが全属性持ちだと知っていたのだが、他の面々は初耳だったので大層驚いていた。

 その反応には特に気にせずケヴィンはフィンの疑問にも答える。


「あの適性検査は、あくまでその人物がどの属性を行使するのに向いているのかを知るだけのはずだぞ。

 逆に聞くんだが、この場にいる中で適性検査での各属性生活魔法を行使できなかった、あるいは今適性外属性の生活魔法を使えないという者はいるか?」


 ケヴィンはそう質問した後、班の生徒たちからは「そう言えば……」という声がちらほら聞こえてきた。

 それを代表するようにコリーヌがはっきりと答える。


「……確かに、全属性の生活魔法を行使できてたわね。

 私は光適性で他の属性は苦労するけど……」

「勿論、適性結果があるという以上は各属性同じように行使できるわけじゃないんだろう。

 でも行使自体は全属性でできるだろ?

 皆も思い出してくれ。

 適性検査の際に、自身に適性ある属性以外を適性無しと言われたか?

 んだ。

 つまり後付けで、魔法適性、なんてものを知らされた結果、皆は他の属性が行使できないものとというわけだな」


 ケヴィンの言葉に班の生徒たちは更なる驚きを見せる。

 フィンもこれ以上無い程の食い付きでケヴィンに詰め寄っていた。


「ちょ、ちょっと待ってケヴィン君!

 と、いうことは僕、というか他の皆も適性以外の属性は扱えるの……?」

「行使するだけなら、その通りだ。

 ただあくまで適性外だから、魔法の効果が下がったり精神力の消耗が増えたりするのは否めない。

 だがオレとしてはそれを差し引いてでも、複数属性の手段を持っておくことは利になると思ってる」


 班の生徒たちはいよいよ口を開けたままで呆けてしまった。

 これと同じ感覚をケヴィンはつい先日味わったばかりである。

(これも常識が正しくないのか……。

 魔法教育自体、一体どうなってるんだか)

 あとでウナを問い詰めようと思いつつも、ケヴィンはさらに言葉を続けた。


「試しに、ウナせんせーやレンマ教官に“浄化”の指南や授業前半での属性別で他属性を申請してみるといい。

 渋い顔はされるかもしれないが、無理と言われることはないはずだ。

 “浄化”についてはこの後、オレが指南してもいい。

 この場はそういう集まりなんだろ?」

「「「「ぜひ!」」」」


 ケヴィンの言葉に班全員が目を輝かせて高速で頷いている。

 フィンなどはケヴィンの両手を持ってブンブンと上下に振っていたのだった。

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