第33話 13/2001・そうするべき理由
リンド高等学園・魔法修練場
魔法修練場は校舎や戦技修練場の西側にある。
北から南にかけて広範囲に場所が確保されており、森や簡易的な砦もあるなど、学生が使える範囲での修練の場としては十分すぎる程の環境と言えた。
そんな魔法実習の授業も戦技と同じく1・2組合同、午後の2限分を使って行われる。
戦技が肉体の疲労により動けなくなるのに対して、魔法実習は行使によって精神力が大きく消耗するからだ。
しかも、先日ケヴィンが学園長とウナ相手に魔力増大の本質を公開したことによって、早くも授業の内容に改変が行われていた。
生徒の前に出てきたウナが上機嫌で話始める。
「具体的な話は来月からになるけど、今後魔法授業の方針が変更するわ。
その一環として、実習では今までよりも多く魔法行使をしていくことになる。
これからバンバン魔法を使ってもらうから、そのつもりでね!」
「「「「ええ~~~~⁉」」」」
ウナの宣言によって多くの生徒から悲鳴が上がる。
彼らにとっては先週1週間内に受けた魔法実習でもキツいと感じていたのだ。
それをさらにキツくすると言われれば拒否反応も出るだろう。
「ウナち……センセー、横暴だぞー!」
「……ちっ、命拾いしたわね、トビー。
ともかく、何と言われようが、これは学園長も承認済みの決定事項よ。
さっきも言ったけど具体的な話は来月になってから話すわ。
納得できないでしょうけど、今月中は大人しくしたがって。ね?」
「「「「……は~~い」」」」
ウナは生徒たちに向けて片目を瞑り両手を合わせてお願いする姿勢を取っていた。
子供がおねだりするようにしか見えない、ある意味であざとすぎるウナの行動。
それを見て生徒たちは「仕方ないなぁ」と考えてしまうあたり、いい感じで染まっているようだった。
その様子を見た、ウナの傍に控える黒髪の女性が声を出し始めた。
「はい。
では皆さん、先週と同じく自身の得意属性別に分かれてください。
時間は先週の2倍の時間です。
同じ属性にいる人たちは気絶者が出ないよう、周りをよく見ながら攻撃魔法の練習を行ってくださいね」
その女性も魔法教師なのだろう。
彼女の台詞に生徒たちは分かれるように移動を開始している。
大まかに班が分かれたところで、一人だけポツンと残されるケヴィン。
一人だけ残っているケヴィンに生徒たちはひそひそ小声で喋っている。
その中には「格3だから」という昨日に引き続いて若干馬鹿にするような声色も含まれていた。
女性は動かないケヴィンの姿を見て声を掛ける。
「あら?
アナタは移動しないのですか?」
「……オレはどこ行けばいいのかと思って」
「どこ行けば……?」
「あー、レンマ。
こいつが例の新入りよ。
試験結果見たらどこにも入れないって分かるでしょ?
――ケヴィン、あんたはこっちよ」
ケヴィンの言葉を疑問に思った女性はレンマという名前らしい。
そのレンマに補足するような言葉を投げかけるウナ。
その言葉でレンマはようやく納得がいったらしい。
ケヴィンはその二人の元へ近づいていった。
するとウナが他の生徒たちに聞こえないような小声で喋り始める。
「悪いんだけど、あんた来月まで格3までの魔法に抑えてくれる?
あんたがいきなり初級ぶっ放すのと、学園長が例の話を公表してから初級行使するのとでは、生徒たちに与える混乱の度合いがだいぶ違うと思うから」
「確かにそうですね……。
私たち教師陣もその話と試験結果を聞いてひどく驚きましたから。
――あ、そう言えば私とは初対面ですね。
私はレンマ・クドヤンと言います。
この魔法実習ではウナ先生を主教官としていて、私が副教官を務めさせていただいています。
よろしくお願いしますね」
レンマは長い黒髪を揺らせながらケヴィンに礼をしていた。
ケヴィンは返礼しながら、彼女の姿を眺める。
年齢的には、40~50代だろうか。
どこから見てもヒト族の女性で、物腰柔らかい態度を見せている。
顔にある幾つかの皺は、彼女に深い人生経験を感じさせるものだった。
そしてケヴィンはついウナの姿と見比べてしまう。
「……………………」
「……あんた、今すっごく失礼な事考えているわね?
そうなんでしょ?」
「口に出してもいいのか?」
「絶対ダメ。
言葉に出したら前みたいに殴ってやるから」
「クスクス。
お二人はとても仲が良いですね。
――ではウナ先生。
私は生徒たちの指導に向かいますので」
「うん。お願いね」
レンマは生徒たちを引きつれて移動していった。
その後ろからウナは付いていき、ケヴィンもそれに倣った。
移動しながら、ウナがケヴィンに話をしてくる。
「レンマはあたしよりだいぶ年下だけど、優秀な魔法師よ。
以前は護導士やってて、学園長の後輩だったらしいわ。
今では現役の連中相手に相談事も引き受けているらしいから、あんたも活動で疑問があれば遠慮なく聞いてみなさい」
「護導士の……。
それは話の聞きがいがありそうだ。
助かる」
やがて、射的場に到着し生徒たちがそれぞれの属性に応じた初級攻撃魔法を行使していく。
その間、レンマは生徒たちの間を歩きながら指導を行っており、ウナは後方から全体を見張っていた。
ウナの隣にいるケヴィンは一見何もせずに呆けているだけ。
ただ、こういった状況では何か話をした方が良いような気がしてウナに話題を振ってみようと考える。
ちょうどその頃、ケヴィンの方を向いて忍び笑いを見せている数人の生徒たちが見えた。
(あれは……昨日のエッカルトの取り巻きという連中だな)
ちょうどいい話題が出来たのでケヴィンはそれを話してみる事にする。
ちなみにこの日エッカルトは休みであった。
「オレのように格数の低い人間はいないのか?」
「今年度に限れば、全員格10付近にいるわ。
あんたを除いて最低でも格8ってところね。
ちなみに、1年生の最高格は14。
1組のアレックがそうよ」
「へえ……あいつが。
さすが王子様の護衛を務めるだけはあるか」
昨日受け止められた蹴りの感触からいって、アレックの強さはエッカルトよりも上だとケヴィンは感じていた。
ウナの言葉によってその裏付けがとれたので納得したように頷くケヴィン。
その姿を見て何かを思い出したのか、急に不機嫌な表情へと変化していくウナ。
「……いきなり機嫌悪くしてどうした?」
「……昨日の戦技での騒ぎの顛末聞いてね。
全く、デカい図体してやる事子供なんだから」
どうやらディックは言葉に出した通りにウナを揶揄ったようだ。
その時の光景が目に浮かぶように想像できるケヴィン。
呆れた風にウナは言うが、ケヴィンは「せんせーは見た目子供だけどな」と内心考えていた。
しかし口には出さず無表情を貫く。
これだけでもここ数日の経験の賜物である。
まだウナの話は続いている。
「――そう言えば、あんた結局今三つ魔法維持してることになるのよね?」
「……まあバレてるなら仕方ないけど、その通り」
「ん? バレる?
何よ、あんた魔法維持については隠したかったの?」
ケヴィンの言葉が、奥歯に物が挟まったようものであると感じたウナは質問を重ねることに。
対するケヴィンの表情は苦笑気味だった。
「まあ一応な。
別にバレたからどうこうってわけじゃないんだが。
師匠からの教えで、自然とそういう習性になってしまったと言うか」
「ワイスタ様の?
どんなこと言ってたの?
さっさと吐きなさいっ」
先日のようにケヴィンを揺らして先を促すウナ。
言葉遣いは乱暴だが、どう見ても子供の仕草である。
「だから揺らすなって。
“自分独りの力で生き延びたいのなら自分が優位に立てる部分は極力隠しておけ”ってな。
今回のことで言えば、ウナせんせーもディック教官も当初オレが魔法を維持しているとは知らなかっただろ?
そういう相手と敵対した時に相手の思考を制限できるってことだ。
例えば、オレがウナせんせーと同格で敵対してるとする。
そしてウナせんせーはオレが魔法維持しているとは知らない。
出会った時、ウナせんせーの方が少し早くオレに気付いた。
そんな時、ウナせんせーはオレに対してどう攻撃を仕掛ける?」
「……そうね、あんたと近いなら呪文唱えながら距離を取ってから魔法行使。
逆に遠いならそのまま先制の魔法行使ね」
ウナはケヴィンの例えをきっちり自分に置き換えて自身の行動を想像してみた。
そうして出た言葉を受けてケヴィンは頷く仕草を見せながら質問を重ねる。
「その時使う魔法の種類は?」
「何言ってんのよ、先制して攻撃したいんだから攻撃魔法に決まって……。
ああ、そういうことね」
「そういうこと。
魔法師ならすぐ魔法を使って倒そうとするし、騎士なら突撃してくるだろうな。
それに対してオレは、魔法師相手には“身体昇”の乗った突撃をするだけだし、騎士相手には迎撃してお返しするか妨害魔法掛けるだけ。
つまり相手を打倒しやすくなるという意味で、生き延びる可能性を高めるということだ」
ウナの表情はケヴィンの言葉に理解の色を見せた。
なるほどなるほど、と何度も頷いているのでずいぶん含蓄のある言葉を思われたようだ。
だが実際にはウナとワイスタの立ち位置というものがかなり違うからこそ、そう思える言葉である。
ウナは元々魔法師団に所属しており、集団で戦闘するのが当然であるため、仲間に対して攻撃手段などは隠したりしないのが当たり前。
対してワイスタはその行動のほとんどが単独でのもの。
自分以外に頼れる者がいないのだから、自然とそういう考えになっていくのも仕方ない事なのであった。
そのような事を話しながら、授業の前半は過ぎていく。
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