第5話



 王様を愛するために生まれてきました。けれどできませんでした。今の私は、ご主人様のための機械人形オートマタです。


 長い時間が経過します。ご主人様の黒髪が真っ白になりました。

 私の中にあるローザ様の記憶はそのままです。私の人格形成に深く関わり、切り離せないからです。

 返せとおっしゃらなかったのは王様の優しさでしょうか。もう真意を聞くことは叶いません。


 ご主人様とたくさんの思い出を作ってきました。

 ご主人様は私にいろいろな景色を見せてくれます。いろいろな感情を教えてくれます。

 ラナンキュラスとしての経験が増えるたび、ローザ様の記憶が小さくなっていきます。

 正確には違います。記憶装置が壊れない限り、忘れることはありません。

 ラナンキュラスとしての私の経験が増えた結果、相対的に小さくなったというのが正しいです。


 ご主人様はあれから人の記憶を植え付けた完璧な機械人形オートマタを作っていません。

 私の調整に必要なものを残して、資料をすべて破棄してしまいました。

 とても危険な存在です。思考するということは、自分なりの解釈を持てるということです。命令を曲げることもできます。嘘をつくこともできます。だから私を最初で最後の思考する人形にするつもりなのでしょう。


 とても穏やかな日々です。


「弟子を取ろうと思います」


 突然です。ご主人様は私の特異性を隠すために、ずっと弟子を持たずにいました。

 代わりに私が助手として、お手伝いをしていました。


「私だけでは力不足ですか? 悪いところはどこですか? 改善します」


 嫉妬です。まだここにいない弟子に嫉妬しています。今の私は、その気持ちをご主人様に言うことが許されています。

 ご主人様が「思ったことを口にしていい」というめいをくださったからです。


「違いますよ。先日、国王陛下が崩御されたでしょう?」


 知っています。とても孤独な方でした。私の中のローザ様は今でも王様を想っています。目の奥が熱くなります。泣きたい気持ちです。

 王様もずっとローザ様を想っていたのかもしれません。再婚はされず、甥にあたる方が王位を継承されました。一ヶ月前のことです。


「私も歳を取りました。君の調整をする人間が必要です」


「ご主人様、私には感情があります」


「ええ」


「人と同じくらい、いろいろなことを考えます」


 ご主人様が頷きます。話の続きを言っていいという意味です。


「一つだけ、違うところがあるとしたら、忘れられないことです。ローザ様は今も変わらず王様を想って、その死が悲しくて苦しいんです。私も同じです」


 きっと誰もが愛する方に先立たれたら苦しく、孤独なのでしょう。王様がまさにそうでした。機械人形オートマタである私も同じです。

 だから、苦しいままでいることに耐えられません。

 あれだけ恐ろしかった自我の消失を、今は望んでいます。不思議です。


「ラナンキュラス……」


 ご主人様が私を抱き寄せてくださいます。温度を感じられる機能がついていることがうれしいです。温かいことは心地よいのだという感覚を持てたことが、幸せです。


 人は死んでしまうものです。私も同じでありたいです。

 ご主人様の居なくなった世界で、忘却を許されず、存在し続けるのは嫌です。





 それから三年経ちました。


 私のお仕事はご主人様のお墓を守ることです。


 けれどだんだん腕を動かす回路が錆びていきます。

 瞳を覆う水晶が濁っていきます。

 調整をしなければ、こうなることはわかっていました。


 最後の力を振り絞って、ご主人様のお墓のとなりに椅子を持っていきます。

 日差しがとても温かいです。ときどき小鳥が私の上にとまります。迷惑です。やめてほしいです。


 視覚機能が停止します。

 でも寂しくはありません。一番頑丈な部分に収められた記憶装置は、ご主人様と一緒の日々を再生し続けます。


 私はすべての回路が焼き切れるまで、貴方のための機械人形オートマタです。





 おわり

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貴方のための機械人形(アナタのためのオートマタ) 日車メレ @kiiro_himawari

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