第6話 東京とはオソロシイところである

 その後、進学就職と順調に日々を送っていた私は、やはりまだ『S』のライブに通っていた。『S』は観客動員数も増え、メジャーデビューを果たし、CDも出していた。あんまり売れてなかったけど。

 学友や会社の同僚などとは、通り一遍の付き合いに留めていた。だって、女子は恋バナ・ファッション・芸能人の話ばかり、男子は車やバイクの話と自慢話ばっかりで、これまたつまらない。


 それに比べ、「海外のゲイシーンにゴスロリで突撃したら、女装ナイトじゃなかったのにすっごいモテちゃったの〜☆」なんて話をさらりと披露してくれる『S』のVo. の方が、断然面白いに決まってる。

 なんでも、そのクラブでは週に一度女装ナイトというイベントが催されていたが、彼は別の日に女装で行ってしまったのだそうだ。でも、お客の皆さんはとても紳士的で、チヤホヤとお姫さま扱いされちゃったらしい。

 ちなみにこのボーカルはゲイではないが、肌がめちゃくちゃ綺麗でメイクも上手。均整のとれたしなやかな細身に、歌って踊れる端正な塩顔美形。さぞかしおモテになったであろう。


 私の周囲には、こんな風に刺激的で面白い話ばかりが飛び交っていた。『S』のメンバーだけじゃなく、常連客も楽しい(ちょっとぶっ飛んだ)人が多かったのだ。



 そんな環境だったせいか、会社の親睦会(と言う名の飲み会)で上司がいきなり鞭を持って登場し、上半身裸になった別の上司を鞭打ちはじめたのを見ても、私は平然と笑っていた。

 よく考えたら、二十代前半のうら若き女性が大ウケしてよい場面ではない。事実、他の女性陣は最初ドン引きしていた。

 だがなんせ、私にとっては見慣れた光景だ。なので、ただただ楽しく笑っていた。オソロシイ話である。

 そのうち、私の爆笑や囃し立てるオッサン達につられるように、女性陣もクスクスと笑いはじめた。可愛らしく「キャー」とか言いながら両手で顔を多い、指の隙間からチラチラと覗いている。


 いきなり鞭が登場したので、頭の中に「?」が渦巻いている方もいらっしゃるであろう。なので、状況を少し説明させていただく。

 この時期、私が勤めていた会社が吸収合併され、この日両社の親睦会が催されたのだ。

 余興と称して鞭打ちショーを始めたのは、相手の会社から来た上司。いきなりアホな出し物をやって、皆が打ち解けられるようにとでも思ったのだろう。


 思惑通り、私たちは大いに笑い盛り上がった。酒が入っていたこともあり、相手の会社から来た新たな同僚達共々、この素人SMショーに拍手喝采であった。

 ところが、この盛り上がりにしゃしゃり出てきたのが、我らが上司。私が元々いた方の会社のオッサンだ。

 よせばいいのに、自らシャツを脱ぎ貧相な上半身を晒し、「俺だって負けないぞぉ」とか叫びながら四つん這いになった。

 オイやめろ、あんた馬鹿じゃないの? その場に居た全員が、そう思っただろう。

 片や、高校大学を通してなんらかの格闘技だかをやっていたらしく、ガタイのいいオッサン。仕事もできるし、しかもちょっと二枚目風。

 片や、腹ばかりが丸く突き出したヒョロくて生白い、顔のむくんだオッサン。

 とてもじゃないけど、笑えないのだ。しかも、素人ながらショーの体裁でやっていたのに、お前がしゃしゃって来たから我慢大会みたいになっちゃったじゃんよ。

 

 早々に飽きてケータリングの乾いた寿司をつまみ酒を呑んでいた私だったが、「キャー、痛そう」とか騒いでいる女性陣の声に、ちょっとしんみりしてしまった。

 あんな風に、まともで可愛らしい反応ができた可能性が、私にだってあったのだ。そう思うとお酒が少し苦く感じた。

 私自身は鞭を浴びた事も浴びせた事もないけれど、あんな光景を間近に見ても、今ではもう「これだから素人は」以外の感想が出てこない。


 私の感慨を他所に、大人たちの狂宴は続く。断続的に「ぐああ!」みたいな悲鳴がフロアに響いていた。

 アホな大人たちである。この会社、大丈夫か? と危惧したのは言うまでもないし、実際、後日別の上司が背任行為で馘になった。同時に2名も。おまけに片っぽは取引先の女性と不倫していたことまで発覚。

 なんともオソロシイ話である。




 しかし皆さま、この話にはもっとオソロシイ事実が潜んでいることにお気づきだろうか?


 そう、「?」という疑問である。


 むくんだオヤジは別として。打たれているガタイのいいオッサンか、打っている方のオッサン。鞭はそのどちらかの持ち物であるのは、間違いないのだ。

 この日のために購入したのだとしても、この後どちらかが所有することになるであろう。黒々と艶やかに磨き込まれた、本格的なロングウィップ。


 平成と言えど、スマホはおろか、まだネットがそれほど広まっていない時代であった。パソコンの個人所有なんてごく少数、ネットショップなんかそうそう無かったように思う。


 彼らは、どこで鞭を入手したんでしょうね………





 東京とは、オソロシイところである。


 女子高生が鞭に親しみ、あまつさえ女王様にスカウトまでされる街。

 一介のサラリーマンが当然のように鞭を所有し、同僚達の前で打ち据えられ、しかもそれを笑いながら見物する者達が集う街。

 狂気に満ち、見境い無き欲望が渦巻くホラーなメガロポリス、それが東京なのである。


 時は平成。狂乱の時代であった。





 時は過ぎ、令和三年。


 大人になった元JK、心の中のインディは今も健在。

 今日もカクヨムの片隅で、元気に鞭を振るっている……とか、いないとか。




おわり

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 鞭 とJK 霧野 @kirino

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