第5話 文学少女は鞭打たない
ちなみに私自身はボンデージは似合わないとわかっているので、着用したいとは思わない。
よく「喋らなければ文学少女(笑)」と言われていた。文学少女の手に似合うのは本であって、鞭ではないのだ。
それなら似合う服は何なのか、と問われ「パジャマ」と即答した折には、爆笑と共に深く納得されたものだ。私、いつも眠そうなんですって。失礼しちゃう。
しかし、そんな化粧映えゼロなお寝ぼけフェイスの私でも、ボンデージファッションを見るのは好きだった。似合えばあれは芸術だと思う。
男女ともに好きだが、男性はあまりムキムキではない方がありがたい。首輪なんかしてくれているとよりナイスだ。女性はキリリとキツい顔立ちか、フェロモンだだ漏れの美女が良いね。鞭を持つのはやはり女性。その方が美しい。
それにしても、ボンデージのお姉様方は小さくて華奢ですね。もっと骨格イカツイ系の大柄美女を想像してたよ。
……とか言ってる高校生、どうなんだ。世も末である。東京とは、オソロシイところだ。んだんだ。などとおしゃべりしていたら、また照明がライブ仕様に変わった。
さて、次のライブは、これまたボンデージ系ファッションのバンドだったと思う。退廃的で耽美な世界観をやりたいのだろうなと思った気がするが、あまり印象に残っていない。ま、私にはイマイチ響かなかったんだろう。
セッティングの間、着替えたお姉様たちが戻ってくる。その頃には場の雰囲気にもすっかり慣れて、籠の中のお姉様を眺めながら「眼福〜♪」とか言って手を振る始末だ。JKならではの順応力。奴らは強い。
お姉様は投げキッスを返してくれた。
さあ、いよいよお目当ての『S』の出番であるが、ライブの内容はここではどうでもよい。私は鞭の話をしているのだから。
ただ、最高のライブであったとだけ言っておこう。
ボンデージファッション系のライブにはこの後も何度か行った。
中にはけっこうガチなやつもあった。
これも年齢確認無しで入った記憶がある。大らかな時代だったとはいえ、さすがにユル過ぎだろうと思う。今となってみれば、オソロシイ話である。
なにせ、長鞭を持った女装のお姉様が、首輪を嵌めたほぼ全裸のハゲおっさんを鎖につないで客席をそぞろ歩いていたりするのだ。
四つん這いで歩き回るでぶのハゲおっさんが何度も私たちのテーブルの回りをうろうろするので、テーブルにあった紙ナプキンで作ったお花をプレゼントしようとしたら、おっさんは私の指を舐めようとしやがった。危なかった。
頭にきたので、お花を握りつぶしおっさんに投げつけた。ついでにピーナツもぶつけてやった。(食べ物を粗末にしてごめんなさい)
何故かおっさんに懐かれ、何度も近寄ってくるのでその度にピーナツや紙つぶてをぶつけ、蹴るフリをして追い払った。(食べ物を粗末にしてごめんなさい)
飼い主の女装姉さんに謝られたが、お姉さんは悪くない。長髪ストレートに黒のゴスロリワンピ、よくお似合いですよ。
その後、ステージに上がった女装姉さんと変態でぶハゲおっさん。
おっさんは顔全体を覆うマスクを被らされ、お姉さんに鎖を引かれてステージ中央へ。
するとお姉さん、ピシリと長鞭で床を叩いたかと思うと、いきなりおっさんが身につけていた唯一の衣服をはぎ取った。会場に響き渡る悲鳴。
私もうっかりバッチリ見てしまった。ほんとうに突然のことだったのだ。
お姉さんよ、謝ってくれるとしたら、こっちだろう。私たちはそう
前回といい、全くとんだオープニングアクトである。オープンの意味を履き違えている。っていうかコレ、ファッションイベントでしたよね?!
不幸中の幸いだったのが、私は極端に視力が低いことだ。0.1と0.4ぐらい。
ステージからはけっこう離れていたので精神的ショックは少なかったのだが、怒りはあった。「お姉さん、今だけその鞭を貸してくれ」と切に願ったものだ。
この後のライブで、『S』のギタリストがMCで言った。
「やっぱ、ナマモンには勝てねえなw」
いや、勝たなくていいからー!! と叫んだのは言うまでもない。
そんなライブ終了後、友人達とダラダラ喋りながら帰り支度をしていると、一人の小柄なスーツ男性がやってきて、名刺を渡された。
一見普通のサラリーマンみたいだったけれど、あの女装お姉さんだとすぐにわかった。ウィッグを外しメイクを落としても、顔は美形のままだったから。そして彼(女)はスーツを着用していてもなお、私より華奢に見えた。手首ほそーい。
ナンパかと思ったが、お兄さんは言った。
「ねえ、こっちの仕事に興味無い?」
ナ ン パ で は な く 、 勧 誘 だ っ た。
東京とは、オソロシイところだ。気でも狂っとんのか、こちとら高校生だぞコラ。
そう思いはしたが、この集団の中で私が一番背が高い。そして私自身は喫煙しないが、ツレのお姉様方はこれでもかと煙草を吸っていた。おまけにガッツリ飲酒していた。なので、私を成人だと誤解したのかもしれない。
丁重にお断りして貰った名刺は突き返し、友人らと共に急いで逃げた。げらげら笑いながら走って逃げた。
「スカウトされてんじゃねーよ」とからかわれ、「あのお姉さんよりお前の方が強そう。たぶんワンパンで勝てる」と謎の太鼓判を押され、「やっぱ戻って名刺貰って来ようか」と弄られ……散々な目にあった。
逃げながら、「これは親には秘密にしておこう」と心に決めた。普段「ライブハウスの中は女子ばかりで安全」と親を言いくるめていたのに、手塩にかけて育てた娘がこんなところに出入りしていたと知れば、さすがに泣くだろう。
東京とは、オソロシイところだ。高校生にも容赦がない。
見境い無き欲望が渦巻くホラーなメガロポリス、それが東京なのである。
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