第33話 一緒に
サラサに魔力を返した。
それはサラサが私にしたように、唇と唇を重ねて魔力を体へ流し込むように。
自分の中にあった暖かな何かが、唇から零れていくようにサラサへと、元あった場所へと戻っていくように流れていった。
暖かなモノが体から無くなっていく。無くなって再び自分はサラサに守られていたのだと自覚する。サラサの愛情に包まれていたのだと……
そっと唇を離すと、サラサの頬に赤みがあって、血色が戻ったようだった。
無事なのかと心配になって見つめていると、サラサはゆっくりと目を覚ました。
「あれ……ヴィル様……」
「サラサ、あぁ良かった! どこも痛いところはないか?! 気分が悪いことはないか?!」
「え? あ、はい。あ、おはようございます」
「あぁ……おはよう、サラサ」
良かった……サラサは無事だった。本当に良かった……!
思わずサラサを抱きしめてしまう。
「あ、あの、ヴィル様?!」
「サラサ……今まですまなかった! 私は何も気づかずに……!」
「え? え? な、何がですか? どうして謝るんですか?」
「だからそれは、サラサが前世でもサラサで……」
「え? 前世……? どういう事ですか?」
「サラサ……?」
「あの、私、どうしたんでしたっけ……」
サラサは記憶があやふやな状態だった。いや、前世の事は覚えていないようで、少し話をするとエヴェリーナ嬢に突き落とされた事は思い出したようだった。
そうか……前世の事は忘れてしまったか……
いや、その方がサラサにとっては良い事だ。前世でサラサに起こった事は、あまりにも酷い事ばかりだった。それを全て覚えている必要は何もない。私との事を忘れてしまったのは少し寂しい思いがするが、それは仕方がない。サラサの事を思えば、そうであった方が良かったのだ。
まだ少し打った頭が痛いようで、すぐに医師を呼ぶ。医師は元気になっているサラサを見て驚いていた。私に何があったのかと聞いてきたが、私は魔力を供給し続けただけだと言い張った。それには流石にすぐに納得はしなかったようだったが、ここでも私の今までの功績が役立ったようで、
「ヴィルヘルム様程のお力であったからこそ、治癒が可能となったのかも知れません」
と、尊敬の眼差しで見つめられてしまった。
だが治ったのは私がした事ではないと医師には言って貰うようにした。この事をもう気にして欲しくなかったからだ。
頭に受けた打撲は脳に支障をきたすものでは無かったようで、暫く安静にしていたら問題ないとの事だった。良かった。
心配した使用人達がサラサの様子を見に部屋へとやって来た。その時にサラサの髪色が赤い事に驚いていたが、ヘレンが今まで魔法で髪色を変えていたと話して聞かせた。
私もこれからは髪色を変えさせないと言うと、それに反発することなく皆が納得したように頷いた。
それから幾日が経ち、サラサの頭の怪我も良くなり、顔の擦り傷も殆どが綺麗に治っていった頃には、サラサは仕事に復帰していた。
まだ休むように言ったのだが、じっとしているのが性に合わないとばかりに、以前のように私の目を盗んでは勝手に部屋を抜け出し仕事の手伝いをしていたようだった。
サラサは何も変わっていない。
ただ前世の記憶が無くなってしまっただけで、幼い頃ここに来てから経験した事は全て覚えているし、誰に対しても同じように対応している。
それは私に対しても、だ。
変わったと言えば私の方だろう。
以前であれば、誰に対しても一線を置いて接していたし、感情を揺さぶられる事も無かった。それは他人に興味を持たないようにしてきたからだ。
だがサラサに魔力を返したから、自分はもう不老不死では無くなった筈だ。皆と同じように老いてゆける。取り残される事はない。そう思えると、今まで頑なに他人を排除しようと思っていた事が馬鹿らしくなってきてしまったのだ。それも自分を守る為の事だった。何と臆病だったのだろうか。こんな事に今更ながら気づく。これもみんなサラサのお陰だ。君が気づかせてくれた。
私の周りにいる者達は、皆がよく働き、よく笑い、そして私に従順だ。そんな者達が愛しくない訳がない。私が守るべき、愛すべき者達だったのだ。
そう気づけた事に感謝しなければ。彼等は何も変わっていない。だが、私の心は満たされていた。愛する者達と共にあれる事が嬉しくて仕方がないのだ。
サラサ。君が私に気づかせてくれた。それは昔も今も変わりなく。私にはサラサが必要だ。そしてサラサにも私が必要だと思って貰わなければならない。
サラサは前世の記憶があったから、私を好きだと思ってくれたのだろうか。であれば、その記憶が無くなった今、もう私に気持ちは無いのだろうか。
もしそうだとしても、必ずサラサの気持ちを自分に向けさせる。もう一度、何もなかった状態から始めれば良い。もう一度、サラサと恋に落ちれば良いのだ。
私の様子が変わったと、皆が密かに話しているのを知っている。そしてサラサへの態度も変わったと、はじめは不思議そうに見ているだけだったが、最近では温かく見守られているようにも感じる。
そんな事は気にせずに、私はサラサへの想いを遠慮なく伝えていく。
「おはようございます、ヴィル様。お呼びでしょうか?」
「あぁ、サラサ。今日はこれから私と一緒に行って欲しい所があるんだ」
「え? 私とですか?」
「そうだ。他の者にもその事は伝えている」
「あ、はい、分かりました……」
何だろうと、不思議そうな面持ちでいるサラサに仕事用の服から私服へと着替えて貰い、用意してもらっていた昼食を持って二人で馬に乗って出掛けた。
サラサは緊張していたようだが、初めて馬に乗ったように目線の高さに驚き、流れ行く景色に歓喜していた。その一つ一つの反応が可愛らしく思えてならない。
着いた場所は山の麓にある果実のなる木々が多くある場所。ここは昔、幼い私とサラサが果実を収穫しに来た場所だった。
サラサは嬉しそうに、木々に生っている熟れた果実を収穫していた。私も同じように収穫していく。
暫くそうしていて、休憩する為に木を背に二人並んで座る。穫ったばかりの新鮮な果実を口に含むと、サラサは美味しいと言わんばかりの顔をして嬉しそうに微笑んでいた。
「こんな場所をご存知だったんですね! いっぱい穫れたから、皆にも食べさせてあげたいです!」
「そうだな。そうしよう」
「ありがとうございます! ヴィル様!」
昔と同じように近くには野バラも咲いている。ここは幼い私がサラサにプロポーズした場所だった。
「サラサ……私はこれからもずっとサラサと一緒にいたいと思っている」
「え……はい、それは私も……」
「私と一緒に生きてくれないか」
「はい。もちろんです」
「……私と結婚して欲しい」
「はい、もちろ……え……えぇっ!?」
「嫌か?」
「あ、いえ、嫌とか、そんなんじゃなく、あの、えっと、えぇーっ?!」
「サラサは私が嫌いか?」
「そんな、嫌いな訳ありません!」
「では好きなんだな?」
「……っ! それ、は……」
「前はいつも好きだと言ってくれた」
「は、い……今も、その……好き、です……」
「そうか。なら問題ないな」
「で、でも私は平民です! 貴族じゃありません!」
「関係ない。そんな事は関係ないんだよ」
「ですが……!」
戸惑う様子も可愛らしい。思わずその唇に口づけた。何か言いたげな口からは、何も言葉は出てこなくなった。
肩を抱き寄せ、頬を手で包み込むようにしてこちらへ向かせ何度も口づける。
ずっとこうしたかった。暖かいサラサの唇を感じられた事が嬉しかった。
私の腕にしがみつくようにするサラサが愛おしい。
そっと唇を離すと、サラサの目は潤んでいた。
やり過ぎたか……
労るように抱き寄せ、優しく頭を撫でる。
「ヴィル様……」
「すまない、サラサ……怒らないでくれないか」
「怒ってなんか……」
「返事は?」
「え……?」
「プロポーズの返事は?」
「それは……」
「迷ってるのか?」
「そんなんじゃ……!」
「では承諾したとみなすよ?」
「ヴィル様! なんか強引です!」
「愛してる」
「……っ!」
「サラサ、君を愛してる」
「わ、私、も……あ、愛、していま、す……」
「では私と添い遂げてくれるんだね?」
「はい……」
「良かった……あぁ……良かった……」
やっとだ。やっと答えを貰えた。初めてプロポーズした時から幾年の歳月が過ぎただろうか。
あの頃から私の気持ちは何一つ変わっていない。いや、あの頃よりも強くサラサを想っている。この想いは留まる事を知らないのか、より深くその想いは増してゆく。
これからあの時の続きをはじめよう。あの頃から随分経ってしまったけれど、私たちの気持ちは変わらない。そう信じていいんだね?
「国王は私が結婚する気になれるのなら、相手は誰でも良いと言っていたのでな。そんな希少な相手は誰であっても逃すなと。だから何も問題はないんだよ」
「そうだったんですね……」
「結婚式を挙げよう。サラサに似合うドレスと指輪も作ろう。そして邸の皆に祝福して貰おう」
「もう、リノ、気が早いですよ」
「……え……?」
私の腕の中からスルリと抜けて、サラサは恥ずかしそうにニッコリ笑って立ち行こうとする。
もしかして記憶が戻ったのか?!
……いや、そんな事はもうどうでも良い。
捕まえてないと何処かに行きそうなサラサを追うようにして傍に駆け寄り、その手を取り抱き寄せる。
潤んだ瞳で私を見上げるサラサを美しいと思った。やっとこうやって想いを遂げる事ができた。
私の愛しい人。
なによりも大切な人。
これからは二人で築いていこう。
一緒に幸せになろう。
幸せになろう。
<完>
過去に囚われたあなたに惜しみない愛を レクフル @Leclat-fleur
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