第58話 二章エピローグ これからのこと

「すまなかった!」


 翌日――松葉杖をつきながら俺はクレアたちにダンジョンでの件を謝罪した。

 もう一人の俺がやった事とはいえ、彼女たちを傷つけたことに変わりはない。


「あれはリオニスではなかったのだろ? リオニスは私を助けようとしてくれたではないか」

「クレアの言うとおりですわ!」

「アリーを突き飛ばした件については張っ倒してやりたいところだが、訳ありだということはブラン教諭から聞いている」


 クレアにアリシアが気遣いの言葉をかけてくれる。ビスケッタは少し怒っていた。どんな理由があろうと婚約者フィアンセに手を上げるなど最低だと。その通りなので返す言葉もない。


 ガクッと落ち込む俺の耳に、底抜けに明るい声が届く。


「僕たちはチームじゃないか! チームメイトにそういうのは無しだろ!」

「さすがクルッシュベルグ家のイザークね! いいこと言うじゃない!」

「そういうヒルダこそ!」

「………へ?」


 目が点とはこの事だ。

 あれほどいがみ合っていた二人が、嘘みたいに互いを讃え合っている。


「………」


 何がどうなっているのだと困惑していると、そっと近付いてきたテイラーが耳元で事情を説明してくれる。


毒使いポイズンレディとの戦いの中で、どうやらお互いを認め合ったみたいですよ」


 クスクスと微笑むテイラーに続き、セドリックとニケも嬉しそうに言う。


「ヒルダが言っていた。リオニスから魔力を纏って戦うことを教わっていなかったら、自分は死んでいたと」

「お嬢もイザークも滅茶苦茶感謝してたぜっと」

「そ、そうか」


 なにはともあれ、二人が友誼を深めたのならば、何も言うことはない。


「みんなに話して置かなければいけないことがあるんだ」


 何から、どう切り出せばいいのか分からなかったけれど、俺は友人たちにしばらく旅に出ることを伝えた。


 なんで! どうして! そんな声がたくさん上がったけれど、俺は隠すことなく丁寧に、彼らに伝えた。昨夜ブランから聞いたこと、俺の中に怪物が眠っていること、放って置いたら俺は死ぬこと。


 だから俺は旅に出なければならないのだと。

 真実の魔法書グリモワールを探し出し、生まれ変わった九姉妹たちを見つけ出さなければならない。彼女たちに誠心誠意謝罪するために。


 その中で知れればいいと思っている。

 なぜもう一人の俺が九姉妹からこれほどまでに怨まれているのか、一体過去に何があったのかを。


 本当はブランから聞けるかな、なんて少しだけ期待していたのだけれど、そんなに甘くなかった。彼女には言いたくないと突っぱねられてしまった。思い出したくないほどの大きな傷を負っているのだろう。

 その根源にはもう一人の俺がいる。


 なら、自分で調べるしかない。

 第一、ただじっと死を待つだけなんて、そんなのは不健全だ。


「もう、会えなくなりますの?」


 肩を落としてすっかり暗い顔になってしまった彼らに、俺は明るく笑顔で答えた。


「そんなことはないぞ! ずっと旅を続けるわけじゃない。というか、これからも時々にはなってしまうが、アルカミアにもしっかり通うつもりだ。学生の本分は学舎にこそあるのだからな」


 どういう事だと顔を見合わせ戸惑いを隠せない彼らに、俺はヴィストラール協力の下で旅をするのだと説明する。


「つまり、ヴィストラールお手製の転移魔法でいつでもアルカミアに帰って来れるってことだ!」


 最後まで話を聞いてくれた彼らの顔からは、すっかり哀しみの色は消えていた。


 それから校長室にやって来た俺は、例の親子亀椅子に腰掛けていた。対面には最高の魔法使い、斜迎えにはシスター。それになぜか煙草を吹かすロッカー気取りのヒトデと、机に置かれたチョコをこっそり盗み食いする食いしん坊なタコがいる。


 目が合ったタコは食べてないといい訳がましく首を振る。口いっぱいにチョコが付いているぞと教えてやれば、これは墨だと言い張る。


 その直後、ボン、ボンッ! 奇怪な連続音とともにタコの体がみるみる膨れ上がり、いつかの俺のように浮き上がっていく。


「う、うわぁ!? な、なんなんだじょ、これ!?」

「風船チョコじゃよ」


 泣きそうな顔でジタバタするタコと、ゆかいゆかいと大笑いする老人。


「世話が焼けるぜ」


 ロックなヒトデが素早くタコの足に糸を巻きつけなければ、真っ赤な頭は夕陽のように水平線の彼方に沈んでいたことだろう。


「なんちゅうもんを置いとんねん!」


 その様子にギョッとするブランは、今まさに口内に放りこもうとしていたチョコを慌てて海に投げ捨てた。


「さて―――」


 気を取り直すようにわざとらしく咳をするヴィストラールが、頃合いを見て口火を切る。


「これからお前さんは九姉妹の行方を知るためにも、真実の魔法書グリモワールを探す旅に出なければならん。しかし、闇雲に探しても無駄に時間を浪費するだけじゃ。時間は有限、学生の本分を疎かにするわけにはいかん」


 そこで一度言葉を区切ったヴィストラールは、隣のブランに目配せを送る。意を汲み取ったブランはうなずき、修道服の内側、ささやかな胸の谷間から一枚の紙切れを取り出した。それを亀机の腹に置く。


「なんだよ、これ?」

「うちの親代わりやった人はな、真実の魔法書グリモワールの行方を探しとったんや」

「この世界から炎の呪いを取り除くことこそが、彼の願いでもあったんじゃよ」

「そのためには、うちのように輪廻を遂げた姉妹を見つけ出さなアカンやろ? せやから真実の魔法書グリモワールの在処を密かに探っとたんや」


 このメモには、真実の魔法書グリモワールの保管場所が記されているという。

 要は俺に取りに行けという事らしい。


 一冊でも真実の魔法書グリモワールの所在が判明しているのは助かる。有り難く頂戴しようと手を伸ばした矢先、「あっ!」ブランに取り上げられてしまった。


「くれるんじゃないのか?」

「なんでもかんでも善意でもらえる思うんはどないやねん! これやからボンボンは困るねん。神さまかて色々と物入りやねん! わかるかぁ?」

「……」

「なんやねんその目はッ!」


 がめついシスターに目を細め、いくら払えばいいのかと厭味ったらしく聞けば、


「できるだけ沢山や! なんせ前に話した思うけどな、今教会は色々と大変やねん。腐っても公爵家の三男坊やねんから、ケチケチせんことやな」


 と、ブランは言うが、彼女は知らないのだろう、俺が父から疎まれていることを。

 当然、そんな金はうちにはない。多少贅沢するくらいのゆとりはあるが、シスターが望んでいるような高額お布施は逆立ちしたって出やしない。


 むくれる俺に気がついたヴィストラールは、苦笑しながらブランに何やら耳打ちしている。途端にまずいものを食べたような顔色になったブランが、露骨に舌打ちをした。

 それが聖職者の態度かッ!

 怒鳴りつけてやりたかった。


「……ほんなら、この間のツケ帳消しで勘弁したるわ」


 不満たらたらな言い草に、文句を言いたいのはこちらの方だと噛みついてやりたかったが、ここは大人になって飲み込んだ。


 メモを受け取った俺に、話は以上だというヴィストラール。


「は?」

「……ん? もう良いぞ」

「え……」


 あれ……? おかしい。

 だってヴィストラールは真実の魔法書グリモワールを一冊持っているはずだ。俺はてっきりそれを見せてもらえるとばかり思っていた。


「……ヴィストラールは真実の魔法書グリモワールを一冊持っているのではないのか? 以前そう言っていたと記憶しているのだが?」

「うむ。たしかに所有しておる。が、先にそちらからの方からが良いじゃろうと、ブラン先生と話し合って決めたんじゃよ」


 なぜだろうと思案するも、さっぱり分からない。けれどどの道すべて集めなければならないので、深く考えないようにした。


「「―――はっ!?」」


 校長室を出ると、特徴的なあいらしい耳の少女と、毛先を遊ばせた後輩が部屋の前に立っていた。目が合うや否や、慌ててそっぽを向いた二人が大仰な態度でこう言った。


「奇遇だな、リオニス!」

「こんなところで会うなんて偶然です!」

「………」


 ツッコんだら負けのような気がして、あえてスルーを選択。


「というか、トンガリパイセンから聞いたですよ! パイセンがティティスに内緒で旅行に行くこと!」

「いや、旅行ではないのだが……」


 断じてそんな気楽なものではない。

 こちとら命が懸かっているのだ。

 にしても、トンガリって……その呼び名はコロッケ好きな侍が脳裏をよぎるからやめて頂きたい。


「私をトンガリパイセンと呼ぶなと言っているだろッ!」

「ならなんて呼ぶですぅ?」

「普通にクレア先輩でいいだろ?」

「そんなのつまらないです!」

「人の呼び方に面白さを見出そうとするなッ!」

「トンガリパイセンの助言を受けて、ティティスはユーモラスをたくさん詰めて呼んでるですよ!」

「なっ!? それは単なる嫌がらせと言うのだ!」


 言い争う二人の声に、ダンジョンでの出来事が嘘のように思えた。


「で、出発はいつなんだ? 見送りくらいさせてくれてもバチは当たらんだろ?」


 微笑ましく二人を見ていると、クレアが問いかけてくる。俺は正直にまだ決めていないと言った。足首もまだ完全に生えていない状態では厳しい。


「出発まで時間があるなら、みんなでパイセンのお屋敷に集まってパーティするです!」

「ティティスにしては名案だな!」

「ティティスの胸には夢とロマンが詰まっているから当然です!」


 あの時のことを相当根に持っているらしい。


「しつこいやつだな」


 うんざりするクレアが少し気の毒に思えた。


「同級生からは粘着体質と言われているですよ!」

「いや、それ悪口だろッ! 誇らしそうに言うことではないぞ!」

「ええっ!? そうなんですかッ!?」


 少し抜けている後輩につい笑ってしまう。


「では、アリシアたちを誘いに行くとするか」

「賛成です!」

「善は急げだな!」


 呪いとか復讐とかひとまず横に置いておいて、今はこの何気ない時を精いっぱい楽しもうと思う。




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悪役令息のやり直し~酷い火傷でゾンビといわれた俺、婚約破棄を言い渡されたけど幸せになってやります 🎈パンサー葉月🎈 @hazukihazuki

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