ゴールデン太郎

 むかしむかし、足柄山にゴールデン太郎という少年が住んでいました。


 ゴールデン太郎は心の優しい少年でしたが、変な名前だったので他の子どもからいじめられ、山の動物たちだけが友達でした。


 小学生のとき、両親に自分の名前について由来を聞き学校で発表するという地獄の課題がでました。


 ゴールデン太郎は恐る恐る両親に名前の由来を聞きました。


 ゴールデン太郎の名前の由来は、お父さんが病院の控室でボンカレーゴールドを食べているときに産まれたから、という絶望的にしょうもない由来であると発覚しました。


 ゴールデン太郎はグレて家を飛び出しました。


 五年後、ゴールデン太郎は帰ってきました。


 帰ってきたとき、ゴールデン太郎は立派なカレー屋になっていました。


 己の名の呪縛からは逃れられなかったのです。


 ゴールデン太郎はしょうもない名前をつけた父を憎みました。制止しなかった母を恨みました。


 そしてボンカレーゴールドを嫌いました。


 しかし自らの名がそのレトルトカレーから来ているのだと知ってしまった以上、ボンカレーゴールドを無視することはできませんでした。


 常にゴールデン太郎の頭にはボンカレーゴールドのパッケージが浮かんでいました。


 家を飛び出したゴールデン太郎は諸国を放浪しました。


 旅の中でゴールデン太郎は様々なボンカレーと出会い、いつしか虜になっていました。


 気づくとゴールデン太郎はカレーなしには生きられない体になっていました。


 ゴールデン太郎は自分でカレーを作りたいと思うようになり、とあるカレー屋で住み込みで働きはじめました。


 カレー屋で見習いとして働いて一年、ゴールデン太郎の才能が開花しました。


 ゴールデン太郎が作るカレーは美味しいと評判になりました。


 充実した生活の中で両親への憎しみは消え、感謝へと変わりました。カレーと出会えたのも素晴らしい名前をくれた両親のおかげだと思うようになりました。


 ゴールデン太郎は帰ることにしました。


 常連客から惜しまれながら、ゴールデン太郎は故郷へと帰りました。


 故郷に戻ったゴールデン太郎は両親に己の不孝をわびました。


 そしてカレー屋を開業し、旅の中で培った腕をふるいました。それが両親への感謝を示す一番の手だと考えたのです。


 ゴールデン太郎のカレー屋は大層評判で、遠方からもお客さんがやってきました。


 ゴールデン太郎はある工夫をしました。


 ゴールデン太郎の店はカウンター席しかありません。キッチンからお客さんの顔を見るためです。


 ゴールデン太郎は必ずお客さんの風貌を観察します。


 顔色、体格、年齢などお客さんの特徴から好みの味を予測し、細かな調整をしてカレーを提供しました。


 その神業とも言える技のために、ゴールデン太郎はいつしかスパイスの魔術師と呼ばれるようになりました。


 ゴールデン太郎はカレーを極めるため、熱心に研究しました。


 ある日、ゴールデン太郎は山に入り、カレーの新素材となりそうな山菜を探していました。


 すると一人のお侍さんが崖で立ち尽くしているのを見つけました。


 その崖には元々吊橋がかかっていたのですが、数日前に嵐で落ちてしまっていたのです。お侍さんは崖を渡れず困っていました。


「お困りですか、お侍さん」

 ゴールデン太郎は声をかけました。


「うむ、見ての通り橋が落ちており困っておる」


「飛び越えたらどうです?」


 ゴールデン太郎は言いました。反対側までは大人ならなんとか飛び越えられなくもない距離でした。


「うーむ」


「どこか怪我でもされているのですか」


「そうではないが」


「怖いんですね」


「怖い。崖から落ちて死ぬのは怖い。なにより崖を飛び越せずに落ちて死んだと馬鹿にされるのがなにより怖い」


 お侍さんは正直者でした。


 侍は高慢と相場は決まっていますが、自分の心に正直なお侍さんを見て感心したゴールデン太郎は力になってあげたいと思いました。


「ところでお侍さん。お腹は減っていませんか」


「む、確かに言われてみれば腹が減ったな」


「このパンを差し上げましょう」


 ゴールデン太郎は手製のカレーパンをお侍さんにあげました。


「おお、これはかたじけない」


 お侍さんは余程空腹だったのか、がぶりとカレーパンに食いつきました。


「ぐ、な、なんだこれは!?辛すぎる!!」


 ゴールデン太郎が渡したのは特製激辛カレーパンでした。


「ハハ、やっぱり辛いものは苦手ですか」


 ゴールデン太郎はお侍さんの風貌から辛いものが苦手と見抜いていました。


「み、みずをくれ」


 お侍さんは悶ていました。


「ほう、お侍さんが欲しいのはこれですか」


 ゴールデン太郎は水筒を見せびらかしました。


「それ、それだ!それをくれ」 


「ええ、どうぞ!!」


 ゴールデン太郎は水筒を投げました。


「な、何をする!?」


 お侍さんは水筒に飛びつきました。水筒を捕まえるとお侍さんは一気に飲み干しました。


「お侍さん!!渡れて良かったですねー!!」


 お侍さんは夢中で水筒に飛びついた結果、対岸にたどり着いていました。


「お、おお」


 お侍さんはゴールデン太郎のおかげで恐怖心を忘れ崖を渡ることができました。


「君のおかげで無事渡ることができた。礼を言おう」


「いいえ!それよりまたカレーを食べに来てくださいね」


「今度は辛くないやつで頼む」


 お侍さんは笑顔で去っていきました。


 数ヶ月、お侍さんはゴールデン太郎のカレー屋にやってきました。


 しかしそれはカレーを食べるためではなく、ゴールデン太郎を武士に取り立てるためでした。


 実はお侍さんは都でそこそこの地位にある武士だったのです。機転のきくゴールデン太郎に感心し、部下にしたいと思ったのでした。


 ゴールデン太郎は迷いました。


 カレー屋を続けるか、武士になるか。


 迷った末、ゴールデン太郎は武士になることを決めました。


 飲食店を長年続けることは非常に困難なことを知っていたからです。


 ゴールデン太郎は安定を求め、お侍さんについていくことにしました。


 武士になったゴールデン太郎は、坂田ゴールデン時と名を改めました。


 しかし武士の才能はなかったため大した活躍をすることなくその生涯を終えました。


 武士としては無名だったため、坂田ゴールデン時についての記録はほとんど残っていません。


 ただ現代の足柄サービスエリアではゴールデン太郎にちなんでカレーパンが売られていると言われています。

 

 

 

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桃カレー太郎 菅沼九民 @cuminsuganuma

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