第2部 30

「実は、思ってたことがあって」

 突然の声、それがマキの声だとすぐに気づかなかった、タクヤだけじゃなく、真下たちでさえ。

 一瞬、部屋が静まり返った。

「これ、一つの可能性だけど、この撮影者と逃げてる人間、グルなんじゃないかなって」

 一二月も三分の一が終わろうとしている。

 街中、大抵の場所ではクリスマスソングが溢れていた。

 なかなかの高級そうなマンションの一室、男と女がくんずほぐれつの乱痴気騒ぎ、そんな一室もどこかにはあるだろう、ここではない、どこかで。

 タクヤは、この時期、クリスマスソングに触れると潜在的な苛立ちが体のどこかに生じる、結果、攻撃的になる、または無関心になる、シニカルになる、厭世的に、「寂しくはない」と自分に時折いい聞かせることがある……。

 ここでは特にどうでもいいことだが。

 まずは家主の声に驚いたが、その言葉の内容が入ってくると、それは一つ「なるほど」となるものだった。

 動画チャンネル『hy tash iam』に上がっている動画を見返していた。

 マキがいっているのは、一〇月半ばに撮られた、タクヤがマーカーを追いかけている様子をタクヤの背後から撮影した動画についてだった。

 タクヤにとって、その発想は「目から鱗」だった。

 撮影しているものもマーカーだというのはほぼ確信だった。

 どのマーク絡みの映像をみてもタクヤが映っているが、それは、マーク事件を追いかけた結果だと思っていた。

 マークが原因と思われる事件を追いかけた結果として、そこにタクヤがいた、たまたまいつもタクヤがそこに居合わせた、と。

 違うのか。

 タクヤが追いかけていた人間とタクヤを追いかけていた人間が仲間だったとしたら。即ち、

「この人が、おびき出された、ていう可能性もあるのかな」

 部屋の中でもマスクを外さないマキ、パソコンの画面で「この人」と指差した、タクヤはすぐ近くにもいるのだが。

 確かに最初は「たまたま」だったのかもしれない、しかし、撮影を重ねていくうちに、そこにほとんど必ずといっていいほど居合わせる警察官がいる、マーク事件の側にこの警官あり。

 だったら、こいつをマークすればいいんじゃね? 

 ちょっと試しに誘ってみるか。

 まんまと餌に食いついて釣り出された間抜けな魚。警察官「山田タクヤ」。

 タクヤが追いかけられていたと考えられるなら、影盗団と映っている映像の説明も納得できた。

 どうやって追跡しているのかという問題は残るが。

 それは早急に解明すべき問題、大問題ではあるが。

「公安」だけじゃない、むしろ公安よりも先にタクヤを監視していたものたちがいる。

 タクヤの体が一つ震えた。もちろん、不安や恐れからでも、寒さからでもない。

 熱くなった。体の内側に、燃え上がる。

 なるほど、内側で燃えると外側の熱が奪われるのか、だからゾクリと震えるのか。

 だから鳥肌が立つのか。

 タクヤはパソコンの画面を注視した、タクヤが追いかけた背中、小さい背中、ドットの荒い背中を。

 口元が笑っていたことに、タクヤ本人は気付いていない。


 窃盗団が捕まる前日(正確には前々日)一一月一〇日、夕方の城山に姿をみせた、清水、と、仮面。

 トレーニングウェア姿の清水、パーカーのフードを被り、若干変相している。

「いい髭だな」

 清水の付け髭を褒めた仮面も、スウェットの上下、フードを被り、白のフェイスマスク。

「なんとかしてくれ」

「暫くほったらかしてすまなかったな」

 仮面が清水にA4サイズのクッション封筒を手渡した。

「それで最後だ」

「最後……。見捨てるのか」

「きみたち次第だ」

「どういう……」

「それで最後にもうひと働きして、海外にでも逃げてくれ。今度はきみたちのための仕事だ」

「俺たちのための……」

 いかにも自信なさそうな清水に、仮面は静かに言葉を続ける。

「団を二手に分けて別々の場所を襲わせる。二ヶ所で事件をほとんど同時に起こす」

「なんで二ヶ所……」

「警察の追跡を二つに分ける」

 仮面は作戦について話した。襲う場所、店名、時間など、いちいち細かく。

「渡したマークには、本物とプラセボが入っている」


「本物はケースに目印が入っている。いいか、見落とすなよ、配る前にしっかり確認しておくことだ。本物は四人分、囮のほうにプラセボを渡せ」

「プラセボ? なんで……?」

「邪魔なものは、切り捨てていけ」

 太陽は既に沈んでいた、影が、冷気が足元から這い上がってくる。

 仮面の作戦の意味を、清水も漸く理解したようだった。

「わかった」

 言葉に力が戻ったようだった。

「外処だけは見捨てるな」

「な、なんで?」

「蜘蛛の糸。知ってるだろ」

 他のもの全員見捨てて一人だけで生き残ろうとすれば、糸は切れる。仲間がいる、仲間を見捨てない、そういう思いが最後の命運を左右する。

「かもしれない。外処は使える男だ、逞しい、いや、しぶといといったほうがいいか。生き残る力、生命力が強い、頼りになるだろう。外処にだけは事前に作戦を話しておけ、たぶんヤツも否とはいうまい」

 わかったと、清水は何度か頷いた。

「なんで、そんなことまで」

「今までわたしのために働いてくれた、それに対するせめてもの感謝の気持ちだ」

 清水たちの仕事を通して様々なデータを集めることができた。

 ブラジャーのようなウェアラブルデバイスをつけて仕事をしてもらい、データを収集してきた。興味深い実験だった。

 清水は戸惑ったような顔で仮面に視線を注ぐ。

「ほんとのことをいおう。消えてもらいたい。データもかなり収集できた。ここから先はリスクのほうが大きくなる。ここら辺でどこか海外にでも姿をくらまして欲しいのだ」

 そろそろ帰ろう。

「いつもいっているが、暗くなるまで動くなよ」

「ああ、わかっている」

「わかっていない!」

 突然の強い言葉、清水の体が撃たれたようにビクッと跳ねた。

「ここには携帯を持ち込むなといっている」

「あ、すまない」

「すぐに電源を切れ」

 慌ててスマホの電源を切ったのを確認して、一つ息を吐き、再び落ち着いた口調に戻って、

「落ち着け」

「ああ」

「だいじょぶだ、決して捕まりはしない。わたしを信じろ、いや、自分たちを信じろ、辛い訓練にも耐えた、ここまで難しい仕事をほぼ完璧にこなしてきた。だいじょぶだ、次もいける。やり遂げて、南国の楽園で一生遊んで暮らせ、できるさ、きみたちなら」

「わかった」

 最後に握手を交わし(仮面は手袋をはめたままだったが)、仮面はその場を離れた、軽く走りながら、しかしすぐに姿はみえなくなった。


 一時間ほど木陰に身を潜め、すっかり暗くなった城山を降りる付け髭の男。

 城山を出て、街灯の灯りに目を伏せるようにして、走ったり歩いたり、南へと下っていった。

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シンビオティック ー共生進化ー カイセ マキ @rghtr148

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