第2部 29

 監視されている、という意識で、基本的にタクヤは日常生活を送っていた。

 そういう意識の中で、タクヤはそのことをほとんどの時間意識しないように生活を送っている。「監視されている」ことを具体的に体感することは、あれ以来ないのだが。

 真下たちに携帯を用意してもらったのは、盗聴あるいは追跡されていることを警戒してのことだった。

「勤め先」に対する「内緒」が、ここにきて増えていくのが……。

 襲撃に使われたロケットランチャーを外処が手に入れていたということがわかったのは事件から二週間程後のことだった。

 正確には、襲撃に使われたのと同じ型のもの、だが。

 外処はそのロケットランチャーを四基手に入れていたという。事件で使われたのが二発と考えられているので計算としては合う。

 マーク絡みの事件も、表向きアレ以来起きていない。タクヤも普通にお巡りさんをしていた、忙しく。

 通報に真っ先に飛び出し、柳町を走り抜けるタクヤだった。

 署にいるより交番、交番より現場、動き回っているほうが、閉じられた場所ではない、周りの人の「思い」が滞らないシーンにいるほうが気楽だという、タクヤの本音ではある。

 タクヤは意外と繊細だ。

 真下などは「当然」というだろうが、他人のセンシティブな部分など気にしない無視していい、という環境のほうが楽、あるいはそれが当然というものは多く、それが大人だと思っている大人が多い、ということはあるだろう。

 真下などは「なにを今さら」というだろうが。

「監視されているかも」という前提で動く中で、タクヤは大観寺にはいかないようにしていた。公園というのも、どうだろう、寒いし。

「なら」

 と集合場所に指定された、駅近くにあるマンションだった。

「マキのうちだから」

 いやいやいや。

 マンションあるのに、なんで公園とか……。そもそもマンションて……。

「うちらの金庫番だから。投資とか、アプリ開発とか、いわゆるそっち系です」

 真下がこともなげに続けた。

「『家(や)無しの錬金術師』の二つ名で通ってます」

 詳しくは聞かなかったが、マキはかなりやり手らしい。

 マキは映像をあげた主を探していた。なかなかに難しいようだ。

「素人じゃない、ハッカーじゃないかもだけど、自分のプライバシーを知られたくない、プライバシーを誰にも絶対知られたくないけど映像をあげた、そのために必要なことを習得し実行している、そういう人物」

 救急車襲撃の現場を映した映像も探していた。

 やはり幾つか上がっているが、どれも遠目からのものだった。

 犯人が直接映っているものはなかったが、炎上する救急車に近づきすぐに離れていくワゴン車が映っていた。

 犯人たちのものだろう。黒塗りの車体で、ナンバーはわからない。

 当然、警察などでも捜索しているだろうが、ワゴン車も含め犯人につながるものがみつかったという話は、タクヤのもとまでは聞こえてきていない。

 なんなら、影盗団を車に押し込めた三人を探したほうが早いというもののほうが多いようだ。

 あの「長身眼鏡」から再度の接触がないのが、かえって不気味でもあるようだった。

 こっちの男前眼鏡には特に変ったことはなさそうだが。

 その映像の、あの夜以後、タクヤの頭の中では中島のいっていたこと大きくなっていた。

「チューナーとマーカーは一心同体」という言葉。

 マーカーに降りかかる危険がチューナーにも及ぶ。

 マーカーを潰すためにチューナーが狙われる、ということが。

 特に、公安と思われるあの男と言葉を交わしてから。

 ――関口を危ない目に合わせるわけにはいかない。

 どうする?

 どうすればいいか、答えは出ていた。

 それを口に出す、実行に移すことに、まだ踏ん切りがついていい。

 そもそも、なんで真下たちはタクヤに協力してくれる?

 あいつ自身「きれいな体じゃない」といっていた。

 だったら、わざわざ警察沙汰になるようなこと、今回のようにネットに「自分がなんであるか」をさらすようなことをするのか。

 友情?

 仲間?

 そんな言葉はあいつらには似合わない。

 タクヤは確かに感じてはいるが、向こうがタクヤに力を貸すのは根本的にはそういうことではない気がする。

 その辺り、真下の「事情」と関わりがあるような気がしていた。その「事情」を聴きだすことは、まだできていないが。


 一二月の声を聞く。早いもので。

 一二月になると、刻の経つのが早くなる。

 もう一二月、「早いなぁ」と誰もがいう。

 この寒さもきっと「終わり」を思わせるのだ。

「早さ」と「寒さ」が、人の肩を竦めさせる。

 恐らくきっと、自分の「終わり」を思うのだ。「死」とは、きっと「早」くて「寒い」ものだろうから。


 中島の情報は間違っていなかった。

 事件に関する情報、主犯格二人に関する情報。

 それらの情報は、自衛隊方面からもたらされた情報だと思っていた。

 しかし。

 自衛隊が「近々市内で犯行に及ぶ」という情報を、中島に流すだろうか。

 自衛隊は、清水と外処を自分たちの手で捕まえたがっていたという。それも中島の話だが。

 清水たちが握っている情報を外に漏らしたくないから。警察などよりも先に捕らえたいがために中島に接触したのではないか。

 ならば、やはり清水たちが市内あるいは近郊に潜伏して犯行を企ているという情報があるなら、外部の人間には秘匿するのではないか。

 それが中島といえども。

 中島が清水たちとつながっていると疑っていたならなおさら、中島には漏らすまい。

 どういうことか?

 清水たちが動くことを直接知っていたのは、中島なのではないか。

 即ち、中島が清水たちと直接接触していたのではないか。自衛隊が抱いてた疑念は正しかったのではないか。

 なぜ、中島はその情報をタクヤたち警察に教えたのか。

 自衛隊より先に捕まえて欲しかったから。

 話が聞きたいといっていた。データが欲しいと。

 ほんとにそれだけか?

 もっと別の目的があったのではないか?

 清水たちが自衛隊に捕まればどうなるかわからないといっていた。

 清水たちを守るために警察に捕まえさせた?

 結果、清水たちは殺された、病院に着く前に、中島と会う前に、恐らく……。

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