オーナーとソフィ5
2018年現在『普通自動二輪免許』の取得には、45時間分の教習を要する。内訳は座学が26時間、実習が19時間である。
仮にAT限定であったとしても『普通自動車免許』を持っていれば教習時間は座学1時間、実習17時間の計18時間となる。
AT限定でも、このときばかりは取得させてくれた両親へと感謝した。
さて、たった18時間と思うなかれ。
週末フルタイムで入ればすぐに終わる? 残念ながら世の中はそう上手くはいかないものである。
どういう理由かは知らないが、1日に入れることの出来る教習は2時間までと決められている。
であれば一週間フルで教習を入れれ12時間・・・・・・早ければ一週間とちょっとで修了となる流れじゃあないか。
しかしながら、そうは問屋が卸さない。仕事あがりは大体18時前後、教習最終コマは19時、どう頑張っても平日には1コマしか受講できないのだ。
いやいや待って欲しい。このスケジュールでもフル稼働すれば一週間で9時間、2週間あれば教習修了となるだろう、って?
「なーんだ、全く問題無いではないか」そう感じることだろう。
そんなことは、断じてない。
視えるだろう。俺たちの眼前には、凶悪嬉しそうな顔面の受付嬢が立ちはだかっている。
「おバカさんねぇ、一体君はいつから望んだ教習コマを全部予約できると錯覚していたのかしら⁉ 世の中そんなに甘くないのっ! せめてこの教習所で、世間の厳しさを覚えていくことねぇ!』
ベッタリとこびり着くような唾を飛ばしながら受付嬢はのたまう。
その通り。同じような考えの持ち主はこの世にごまんといる。平日の最終コマ、土日のコマは異様なくらい倍率が高く、しかも早いもの勝ちであり、さらにはその予約管理簿は受付嬢が握っていたのである。
「く・・・・・・ッ‼」
悔しさに何度歯噛みしたことか。
「おやおやぁ? 随分と反抗的な目をしているねぇ・・・・・・そんなんじゃあ今週末の予約も一杯になってしまっていることだろうねぇ?」
恐怖と暴力、不誠実を背景に受付嬢の姿はみるみる巨大になっていき、狂気と妖気すらをもその身に宿していた。
そして、その巨大になった拳で受付デスクを一突きすれば、書類はおろかデスクの天板までもが木っ端微塵に吹き飛んでしまう。
「ぐへっ、ぐへへ・・・・・・絶対にお前を卒業させてなるものかッ!」
ダイダラボッチもかくやと思われるその巨体を前に、俺の足はすくんでしまっていた。
『負けないでッ!』
その時であった。散々俺の教習の邪魔をしてきたはずの一人である、CB400sfの化身、その少女が、何処からともなく現れる。
スーフォアは俺の隣に降り立って、そのしなやかな手を差し出してくれた。
『負けちゃ駄目だよ! キミのバイクライフはまだ始まったばっかりなの・・・・・・こんなところで立ち止まっているヒマなんてこれっぽっちもないんだよ!』
ちょっとコスプレチックな衣装が現実味を欠くが、綺麗で、可愛らしく、美しく、そして気高いその声と姿に励まされ、ついに俺は彼女の手を取りやった。
気がつけば、教習で親しんだスーフォアへと跨っており、すでにエンジンも掛かっていたのであった。
『さぁ、存分にアクセルを・・・・・・私を開放して!』
「俺は・・・・・・負けない・・・・・・ッ‼‼」
そう口にするや否や、前輪が浮いてしまうくらいにスロットルを吹かし、ひとつの光となった俺とスーフォアは凄まじいスピードで巨大化した受付嬢へと突進するのであった。
その光はとてもまばゆく、また同時に耳を劈くほどの轟音も俺の耳を襲っていた。
そう、俺は目覚ましの音で覚醒したのだ。
嵐の海を船出するかのような音の中、カーテンから漏れ来る陽光は、ひょっとしたら極悪な受付嬢へと挑んだ際に見えた光と同じかもしれない。
「おぅ・・・・・・なんだ・・・・・・夢か」
なんとも突拍子もない夢を見ていたようだ。ここ最近、他人には視えないものが視えたり、受付嬢に詐欺行為を働かれたりで、色々と余分な情報やストレスの多い日常となっていた気がする。
そんな忙しい日々が、まざまざと反映されたような夢だった。
スマートフォンのアラームを消し、時刻を見やる。
午前7時30分。
はてしかし、何故そこまで疲労困憊のこの俺が、こんな早朝に目覚ましなどをかけたものか・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・やべぇッ!」
大切なことにはたと気がついて、ガバリと掛け布団を放り出すと、急いで身支度も整え・・・・・・いや、ろくに整えもせず、まさに取るものもとりあえずと言った具合で自宅を飛び出すのであった。
そう、今日は『修了検定』の日であった。
Kick me,Please!! Nakimori @makimori
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