オーナーとソフィ4
『ねぇ? もっと・・・・・・・・・・・・いや、もうちょっと強くしてよ? そんなんじゃつまんないよ⁉』
一度エンジンの鼓動が始まれば、『彼女』、CB400sfの姿は見えなくなった。
それはいい。
『アクセルと一緒に、自分を開放するのっ! ほらさんはいっ! ・・・・・・あ、ついでにあたしのこともここから解放しちゃってもイイんだよ?』
授業参観のように、路肩に立って応援されようものなら恥ずかしくて目も当てられなかったであろう。
では聴こえ来る彼女の声は一体何処から来ているのか?
そう、車体が直にこちらに呼びかけて来るのだ。
彼女たちは車両本体のエンジンが停止したときの、いわば仮初めの姿なのだろうと思われた。
「・・・・・・あのね、悪いんだけどもう40km出てんの。教習所でこれ以上出すと俺、教官に怒られて、また補習になっちゃうワケ」
これ以上社会人の貴重なお時間を奪われてなるものか。なによりこれ以上あの受付嬢の詐欺行為に甘んじてなるものか。
一刻も早い修了が望まれた。
『うぇー、つまんなーい』
かつて、人語を喋るオートバイとふたり旅をする物語があったが、ひょっとしたら作者は俺と同じく、彼女たちの姿が視えている人なのかもしれない。
こちらからの呼びかけは多少小声であっても伝わるため、誰も居ないところに向かって会話をするおかしなやつだと思われることもないし、ロングツーリングの際は彼女たちと会話して眠気を回避できるかもしれないと思った。
しかし、彼女たちの本体、その身体に堂々と跨って、車道を駆ける今の状況は一体何としたものか。いたいけな少女がオッサンをおんぶして走っている姿を想像し、何とも言えない想いに至るのである。
はたまたこれは夜の・・・・・・
益体の無い妄想に耽りながら、地力を隠した4気筒の低いサウンドと鳥のさえずり、そして彼女の入れ来る茶々に耳を傾け低速の車体をやりくりした。
『あ、ねぇキミ、今転ぶの怖いと思ったでしょ?』
困ったことに、彼女は妙に鋭い。車体なのであるからこちらからのアクションが直にフィードバックされるのは当たり前であるのだが、微妙なスロットルワークから、こちらの感情までが彼女たちに伝わってしまっているかに思え、また変な緊張を抱えてしまうのである。
「うるさいなぁ」
それはそうもなろう。なにせオートバイは実は美少女としての化身を持っている、その事実を知ってしまった以上、
いや単にそれが俺だけに視えているおかしな現実であったとしても、乱雑に扱えば、彼女たちは痛がることだろう。
それはどうしようもなく嫌だし、そう思った自分を大切にしたいと思えた。
ひとしきり教習を終え、校舎前の脇に車体を停める。
『もー、優しいだけの男じゃあ女の子にはモテないんだよ? お姉さんなら大丈夫、ほら、バンパー付いてるし!』
「うっさいわ」
そこへ教員の乗ったバイクも連なる。
「このあいだ転んだの気にし過ぎだね、固くなってるよ、今日の分は補修ね」
「ノオォォッ‼‼」
講習は難航を極めるのであった。
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