第3話 おかえりドーリー

 毎日毎日水やりをしてきた。毎日毎日観察をしてきた。暇を持て余した時間を使ってたくさんの本を読んだ。そのなかに書かれていたいくつかの魔法も実験してみた。ひとつも成功しなかったけれど。

 それでも、だからこそぼくは気づいたんだ。毎日少しずつ開く葉のなか、少しずつ少しずつ見えてくる。ドーリーの黒い髪の毛、小さな小さな足の指の爪。

 葉は硬くて、無理にこじ開けようと思ってもまったくできなかった。だからぼくは、その時を待っている。この葉が全部開いて、ドーリーがぼくの目にちゃんと見える日を。

 ぼくはずっとひとりぼっちじゃなかった。この十年ずっと、ドーリーの、ぼくのもうひとりのママの、そばにいたんだ。今ならドーリーの考えていることがわかる。マルシェのみんなはこの十年で少しずつ老いた。ぼくも成長した。ドーリーだって、あのままならきっと歳を取っていた。

 だから、生まれてくるんだよな。


 朝露のなか、最後の一枚がゆっくりと柔らかく開いて、そこには小さな小さな黒髪の赤ちゃんがいた。ぼくは、その小さくて温かくて、今にも壊れてしまいそうなほどぐにゃぐにゃした柔らかいその子を両手で抱き上げた。落とさないように、持ってきた大きな乾いたタオルでそっとくるむ。


「おかえり、ドーリー。ぼくの娘」


 たくさんの本のなかには、ドーリーのことも書いてあった。

 ずっとひとりで自由に生きてきて、子どもなんて育てたことなかったくせに。

 ぼくが生きている限りずっとそばにいてくれるんだね。ぼくの不器用で偉大な魔女。

 彼女の育て方は、きっとマルシェのみんなが教えてくれて、助けてくれるだろう。ぼくは魔法使いにはなれなかったけれど、それでもぼくはぼくにできることを探さなければ。そしてきっと彼女をまた、偉大な魔女にしてみせる。

 ぼくはもう、決して彼女を球根にはさせないだろう。






〈おしまい〉

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球根になった魔女 夏緒 @yamada8833

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