タイムリミット→GW



「お前よぉ……自分で言ってて情けないと思わねえの?」


「思うよ! 思うけどさ……でも無理なものは無理なんだってば!!」


 と、実に情けない叫びを上げた蒼がその場にがっくりと崩れ落ちる。

 四つん這いになり、絶望の表情を地面に向けながら泣き言を零す彼のことを溜息交じりに見つめた嵐は、やや強引ながらも蒼の背中を押すために最後の手段を持ち出した。


「……わかりました。蒼さんはやよいさんに告白する気も、これ以上関係を発展させるつもりもなく、このまま1番の友人である幼馴染としての位置をキープし続ける……ということですね? なら、問題はないか……」


「問題ないって、嵐、お前何するつもりだよ?」


 意味深な言葉を口にした嵐へと、その真意を尋ねる燈。

 ちらりと横目で彼を見やった嵐は、一拍呼吸を空けた後にこう答える。


「実は、少し前から他校の友人にやよいさんの紹介してくれと頼まれているんですよ。そいつの性格はよく知ってますし、いい奴だっていうのは間違いありません。これまでは蒼さんの意思を慮ってそういった頼みを断っていたんですが、それが勘違いだとわかったので、やよいさんを紹介してあげようかな、と」


「えっ!?」


「成績も容姿も運動神経もいいですし、蒼さんに見劣りしない好青年ですよ。やよいさんを大事にしないなんてことは、まずないと思います」


「あ~……まあ、しょうがねえわな。俺たちの忠告を無視した蒼が悪いわけだし……」


「ままま、待ってよ! 今は急過ぎて思考が追い付いてないだけだから! 気持ちが落ち着いたら、ちゃんと動くから! だから――」


「……ちゃんと動くって、いつからですか? いつになったら、蒼さんはやよいさんに告白するんですか?」


「え……?」


 声を落とし、姉譲りの冷たい目線で蒼を睨んだ嵐は、呆れた口調で彼にそう問いかける。

 その問いかけに口を噤んだ蒼に対して、嵐は矢継ぎ早に指摘を繰り出していった。


「急に告白を意識するようになってパニックになる気持ちはわかります。そのせいでやよいさんと恋人になった未来を想像出来ないっていう意見も、まあ許容しましょう。ですが、これまでずっとそうやって言い訳を重ねて、告白のタイミングを逃してきたんじゃあないですか? 蒼さんは、いつになったらちゃんと動くんですか?」


「うっ……!?」


 厳しい嵐の詰問に、蒼が声を詰まらせる。

 弱る彼には申し訳ないと思いながら、燈もまた親友のために心を鬼にして嵐の意見に乗っかっていった。


「蒼、さっきも言っただろ? 俺たちが青春を満喫出来るのは、この1年しかないんだって。今は4月の中盤、もう少し時間が経てばゴールデンウイークだ。そこから夏に入れば海にプールに祭りに夏休みと、色んなイベントがある。秋は行楽シーズンで出掛けるにはもってこいの季節だし、冬なんかはクリスマスやバレンタインデーで恋人が1番盛り上がる時期だろう? 今、告白すれば、そういうイベントをやよいと一緒に思う存分楽しむことが出来るんだぜ?」


「そして、そういった楽しみを享受する権利はやよいさんにもあります。蒼さんはやよいさんがいいんでしょうけど、やよいさんは別に蒼さんが相手じゃなくったっていいかもしれない。なら、うじうじといつまでも想いを告げてくれない蒼さんを放置して、自分のことを好きだって言ってくれる相手と恋人になって、楽しい1年を過ごした方がいいと思いません?」


「………」


 わかっている、2人の言っていることは正しいということは。

 ここで嵐に友人にやよいを紹介するのは止めてほしいと願うのは自分の我儘でしかないなんてことも、重々に理解している。


 本当に……これが最後の1年だ。最後のチャンスなのだ。

 やよいのことを本気で想うなら、ここで男を見せなければ情けないが過ぎるではないか。


「……ゴールデンウイーク、まで」


「……なんですか?」


 なけなしの勇気と根性を絞り出し、喉からも声を絞り出した蒼へと、友人たちに視線が突き刺さる。

 これを言ったらもう後には退けないぞと弱気な自分が普段通りのヘタレさを発揮しようとしたが、それと同時に脳裏にやよいの笑顔を思い浮かべた蒼は、そういった退きたくなる気持ちを押し潰すと共に、2人に向かって意思表明をしてみせた。


「ゴールデンウイークが終わるまでに、彼女に告白する……! そこが、タイムリミットだ。それが過ぎても僕が何も動かなかったら……嵐も、好きに動いてくれ」


「……つまり、残り約2週間とちょっと、ってところですか。まあ、妥当なところですかね」


「本当は今すぐに告ってこいって言いたいところだが、妥協してやるか」


 蒼の決意表明を聞いた燈と嵐が、多少不満を持った雰囲気を見せながらも頷く。

 5月の頭、GWの終わりまでにやよいとの関係を発展させてみせると、そう宣言した彼の言葉に納得した2人は、最終確認の意味も含めて蒼に言った。


「今の言葉、忘れたとは言わせねえからな? もしもお前が約束を果たせなかったら、俺たちももう知らねえぞ?」


「わ、わかってるよ……! 本当にもう、これが最後のチャンスなんだ。これをものに出来なかったら、もう機会は巡ってこない……! 全力で、やってみせる!」


「……わかりました。蒼さんがそこまで言うのなら、僕も紹介は少し待ちましょう。ですが、期限が過ぎたら……わかってますね?」


「わかってるって! ちょ、ちょっと考え事をするから、1人にしてよ……!」


 2人からプレッシャーをかけられて動揺した蒼であったが、先の発言を撤回するつもりはないようだ。

 ようやく、蒼もこの問題に腰を据えてかかる気になったかと、そう判断した燈と嵐は彼の頼みを聞き入れ、2人で屋上を後にした。


「さて、どうなると思う? 上手くいくと思うか?」


「告白さえ出来れば勝ち確定ですよ。問題は、蒼さんがそこまで辿り着けるかどうかです」


「だよなぁ……! うじうじ悩む必要なんてないってのに、あいつはやよいのことになるとなんでも消極的になるからな……!!」


 階段を降りながらお互いの意見を交換し合う2人は、そう言いながらも蒼の恋路が上手くいくことを祈っている。

 どうか親友とその幼馴染にとっていい結末が訪れますようにと、そう心の中で祈る燈であったが――


「……僕としては、燈さんにもはっきりしてほしいところなんですけどね。弟としては、姉の恋路を応援したい気持ちがありますので」


「うぐっ……!?」


 グサリと、横から嵐に嫌味という名のナイフを突き刺された彼は、苦し気に呻き声を漏らした。

 なにを隠そう、嵐の姉である涼音を含む数名の少女たちから想いを寄せられている彼もまた、蒼のことを言える立場ではなかったりするのである。


「燈さんもゴールデンウイークをタイムリミットにしませんか? それまでに誰を選ぶのか決めて、告白してくださいよ」


「い、いや、それは流石に急だろ? 蒼とやよいとはまた違う問題があるわけだしよ……」


「それじゃあ、こうしましょう。ゴールデンウイークまでに燈さんに彼女が出来ていなかったら、姉さんが彼女ということで。それがいい、そうしましょう」


「待て待て待て! 流石にそれは強引過ぎるだろうが!!」


 大変なのは蒼だけではないかもしれないと、嵐からの無理難題に頭を抱えた燈が思う。

 取り合えず、彼を応援するだけの2週間にはならなそうだと考えた燈は、藪蛇で噴出した自身の恋愛問題に対して大きな溜息を吐くのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕は幼馴染のお尻に敷かれている 烏丸英 @karasuma-ei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ