報告→腹を決める時
「……的なことを言ってましたけど、どうするんです?」
「い、いや、急にどうするんだって聞かれても……」
それから十数分後、空き教室での女子たちの会話を聞いてきた嵐からの報告を受けた蒼は、面白いくらいに慌てた姿を友人たちに披露していた。
慌てたり不安になる要素があり過ぎてどうしたって落ち着くことが出来ないでいる彼に追い打ちをかけるように、燈が蒼と肩を組みながら彼へと言う。
「おい、遂に腹を決める時が来たみたいだぞ。ここで動かないお前じゃねえよな?」
「そ、そんなこと急に言われても困るよ! いきなり情報が押し寄せてきて、どう反応すればいいかわからないくらいだし……」
「あのなあ……! 急だ急だとお前は言ってるが、時間はたっぷりあっただろ? 物心ついた時から今日に至るまで、10年以上は覚悟を決める時間はあったんだ。急でもなんでもないっつーの!」
「そうですよ、蒼さん。仮に彼氏彼女の関係になることを意識し始める中学1年生からカウントしたとしても、既に4年経過してるわけです。それだけの時間を無為に過ごして覚悟1つ決められないっていうのはどうかと思いますがね?」
「嵐までそんなことを言うの!? で、でもさぁ……」
「でももしかしもないだろうが! お前、さっき俺がした話をもう忘れちまったのか!?」
「………」
親友である燈だけでなく、嵐からも叱責された蒼が暗い表情を浮かべたままずるずるとその場に座り込む。
難しい表情を浮かべ、焦燥と困惑の感情のままに視線を泳がせ続けた彼は、自分のことを見つめる友人たちの視線を浴びた状態で、ぼそりと呟いた。
「……わかってるよ、今こそ動くべきタイミングなんだってことくらい。後悔したくないなら、動かなきゃだめだってこともわかってるさ……」
自分たちももう高校2年生。部活動をはじめとした学園生活の行事が最高に楽しい時期であり、青春が最も充実している時期でもある。
だが、来年になればそういった楽しい時間は終わりを迎え、将来を考えて選んだ道を進むための戦いに身を投じなければならなくなるのだ。
大学受験を考えている蒼は、当然ながら受験戦争に挑むこととなる。
そうなれば遊びの時間は消え、デートをするどころか今のようにやよいと一緒に過ごすことだってままならなくなるだろう。
それに、彼女にだって叶えたい夢があり、そのために動く必要があるはずだ。
養母と同じ被服職人になりたいのであれば専門学校に進学するだろうし、普通に大学に行く可能性だってある。あるいは、蒼が知らないだけでやよいが自分なりに考えた将来設計があり、就職やそれ以外の道に進むことだって十分に有り得た。
「今、こうして、同じ高校に通えてるだけでも奇跡なんだ。その上、あんなに可愛い子にずっと彼氏がいないだなんて、それこそ超が幾つあっても足りないレベルの幸運だよ。でも、このままじゃ……誰よりもやよいちゃんの近くにいたはずなのに、何も出来ないまま彼女と離れ離れになってしまう。わかってるんだ、それくらいのことは……!」
仮に、やよいが蒼と同じく大学への進学を考えていたとしよう。
だとしても、彼女が蒼と同じ大学に通う可能性は決して高くはないはずだ。
相応の事情がなければ誰だってする高校への進学とは状況が違い、ここからの進路は人によってそれぞれだ。
高校卒業後も蒼がやよいの幼馴染として同じ学校に通い続けられるだなんてことは、それこそ夢物語としか言いようがないだろう。
このまま何もせずに卒業の日を迎えて、それぞれの道を歩んで、離れ離れになって……そうなったら、顔を合わせる時間だって減る。もしかしたら、やよいが家を出てひとり暮らしをすることだって有り得る。
そうなったらもう、幼馴染としての特権は完全に効力を失って、なんの意味も為さなくなるのだ。
やよいに朝、手荒いやり方で自分を起こしてくれることも、ランニングに付き合ってもらうことも、朝昼晩の食事の世話を焼いてもらうこともなくなる。
そうやって距離が出来て、彼女がなにをしているのかもわからない日々を送る中で、やよいに彼氏が出来たなんて話を聞いたりなんかした日には、自分は絶対に後悔するはずだ。
だが、現在進行形でその可能性は着実に上昇し続けている。
これを止める方法はただ1つ。蒼が、やよいに自らの想いを告げるしかない。
……の、だが――
「わかってはいる、わかってはいるんだ。でも……どうすればいいのかわからないんだよ! 今更恋人になるとか、逆に難易度高いってば! それにもしフラれたとしたら、明日からどんな顔してやよいちゃんと話せばいいのさ? 考えれば考える程、無理だとしか思えないって!!」
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