十二月二十五日

 翌日、遅く起きたぼくたちは、残りのケーキを朝食がわりに少し食べて、昼過ぎまでぼんやりしていた。

 そして午後、ぼくは夕飯の材料を買いに出かけた。街頭のスピーカーがうっすらとクリスマス・ソングを流している。昨日の天気が嘘のように空は澄んでいて、やわらかな陽射しが道端の雪の上で跳ね回っていた。

 つけっぱなしになっている駅前の広場の電飾は、太陽光に溶けて目立たない。立ち止まって眺めている人も、とくには見当たらなかった。

 買い物を終えて家へ帰る。その道のりでばったりルミちゃんと会った。

「あれ、久しぶりだね。」

「あ……はい、その、お久しぶりです。」

 彼女は小さい声でそう返事をした。うつむいて元気がなさそうに見えたけれど、あまり突っ込んで事情を尋ねるのも気が引けるので、当たり障りのないことを話してみる。

「プレゼントはもらった?」

「……はい。一応、もらいました。」

「よかったね。なに、もらったの?」

「お、お財布……を。あ、あの、これ……です。」

 彼女は肩から斜めに下げた鞄を開け、かわいらしいデザインの長財布を見せてくれた。

「へえ、かわいいね。似合うよ。」

「あ……ありがとうございます……。」

 それからしばらく、ルミちゃんはなにか言いたそうにしながら黙っていた。ぼくも黙って、彼女が話し出すのを待った。

 近くのスピーカーから、『諸人こぞりて』のオルゴール・アレンジが流れていた。アスファルトの上で雪が煌めいている。

「……あの。」

 ぽつりと、蚊の鳴くような声で彼女は言った。

「与野井さんって、お名前、なんていうんですか。」

 ああ、そうだ、そうだった。この一年弱の間、ぼくはルミちゃんの前で『与野井さん』のままだったのだ。言うべきだろうか、と逡巡した。けれど、ぼくが与野井ではなく桂木であるだなんてそんなことを、これから先もうきっと会うこともない彼女にいまさら言ってどうなるというのだろう。だからぼくは答えた。

「行宏、だよ。与野井行宏っていうんだ、ぼく。」

 それは決心でもあった。

 ルミちゃんは少しの間うつむいて、ふと、なにかを振り切るようにきっぱり顔を上げ、目を細めて笑った。その表情で、ぼくはなんだかひどく安心したのだった。

 今はただ、クリスマス・ソングだけが一層うるさく二人の立つ路地に降り注いでいた。

「……それじゃあ……。」

 そっとお辞儀をした彼女に、ぼくはひとつ頷いて応えた。


「うん、じゃあ、さよなら。元気でね。」

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夢にまで憶う クニシマ @yt66

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