十二月二十四日

 クリスマス・イヴの日、隆一くんは朝から上機嫌で、彼より遅く目を覚ましたぼくに向かって満面の笑みで言った。

「メリークリスマス。」

「……まだイヴだよ、今日。」

「知ってるよ。」

 水を差すようなぼくの言葉にも白けることなく陽気なまま、彼は朝食のサンドイッチを用意してくれた。

「夕方になったらケーキ受け取りに行くから。」

「うん。じゃあ、ぼく、チキン焼いて待ってるね。あ、ろうそくとか飾ってみる?」

「ああ、そうしたらそれも買ってくるよ。燭台、どっかにあったよな? 昔、ほら、古道具屋で買ったやつ。」

「あったはず。探して出しとく。」

 いつになくゆったりと、そしてあたたかく時は過ぎていった。雪がちらちら降り出したころ、隆一くんはケーキ屋へ出かけ、ぼくは夕食の準備を始めた。

 けれどそれからケーキを受け取るだけにしては長すぎる時間が経っても彼は帰ってこなかった。ぼくは次第に膨らんでいく頭の隅の不安から必死に目を逸らしながらクリスマス・ディナーの準備をした。

 すべて用意し終わったとき、ようやく玄関のチャイムが鳴った。鍵忘れたのかな、と急いで玄関へ走る。ねえどうしたの、遅かったね、そんな言葉で出迎えようとドアを開けた。

 そこには、やけに嬉しそうな表情をした隆一くんが、華やかな柄の包装紙にくるまれた大きな荷物を抱えて立っていた。彼は、あっけにとられたようなぼくの顔を見ると、またこう言った。

「メリークリスマス! メリークリスマス、行宏。」

 コートの肩に乗った雪のかけらも払わないまま、ほら早く開けてみな、と包みをぼくに渡す。

「えー、なに、買ってきてくれたの? なんだろう。」

 幼いころに戻ったような気分できらびやかなリボンをほどき、包み紙を剥ぐと、現れたのは前にぼくが欲しがったロッキング・チェアだった。

「わあ、うそ! これ、だって、注文とか……」

「いいんだよ、そんなこと。嬉しい?」

「嬉しいよ。本当に嬉しい。ありがとう、隆一くん。」

「そう。よかった。」

 そして足早に部屋へ入っていこうとするから、ぼくはその背中に飛びついてもう一度ありがとうを言う。すると隆一くんは「このやろ」と笑って、ぼくの頭をわしわし撫でた。

 ろうそくの火の橙色が、窓の外で降り積もる雪にまでこぼれている。メイン・ディッシュも食べ終えて、いよいよケーキを切ろうと箱を開けた隆一くんが、ふとなにかを思いついたようにぼくを手招いた。

「包丁、行宏も持って。」

「えっ、こう?」

 二人で包丁の柄を握り、ゆっくりとホール・ケーキに刃を入れる。

「……ケーキ入刀。なんて、アハハ……。」

「ふふふ。そりゃいいや……。」

 そうやって笑いながらぼくたちはケーキを食べた。突然、理由もわからない涙が頬を伝って落ちたけれど、ぼくはもうなにも気にしなかった。

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