最終夜(主従の日)
「春っていいわね……。ぽかぽかして気持ちがよくて、ついつい心が弾んじゃう」
「左様でございますね」
「こんな日はとっておきの紅茶とケーキを庭でいただくのが一番よ。そう思わない?」
「とても素敵なアイディアかと思います」
「でしょう? というわけで、テーブルのセッティングお願いね」
「……最初からお茶の準備をしろと命じてくださればよいものを」
「あら、いいじゃない。そもそもあんたは全部言わなくたって察してるんでしょ」
「もちろんでございます。お嬢様にお仕えする忠実な執事でございますので」
「ふふっ」
「どうされました?」
「ううん。あんたもすっかり執事らしくなっちゃったなって思って」
「もう二年と半年近くになりますからね」
「はじめて会ったのはわたしが小五のときだから……。もう十二年も経つのね。時間の流れは早いわ」
「感慨深いですね。まさかちんちくりんなアホっぽいガキ呼ばわりした方に、こうしてお仕えすることになるとは」
「初対面でそんな悪態ついてくる性悪小僧を、わたしもよくそばに置いてるものだわ。感謝しなさいよ」
「わたくしはいつでもお嬢様に感謝と尊敬の念を抱いておりますよ」
「嘘くさ」
「たとえお嬢様がそうお感じになられても、これがわたくしの本心でございます。変わることはございません」
「そうかしら。これからどんどん変わっていくでしょ。周りもわたしも、あんたも」
「時の流れに人間は逆らえないものですから。ですがわたくしは、この忠誠心だけは生涯変わらないと誓えますよ」
「あんたが言うとものすごくうさんくさい」
「お嬢様はわたくしを信用してくださらないので?」
「ちゃんと信じてるわよ。あんたは第二の家族みたいなものだもの。十年以上一緒に過ごしてきたんだから」
「はい。わたくしも同じように思っております、お嬢様」
「だけどあんたって、目を離すとすぐどこかに旅立っちゃいそうな気がするのよね。わたしの執事になるって言ったのだって、単にあんたのおじいさんからの頼みでしょ? 悔しいけどあんたは頭もいいし、コミュニケーション能力もあるし、スキルは高いほうじゃない。ここに置いとくにはもったいないって、わたしもたまに思っちゃうのよね」
「祖父はきっかけのひとつにすぎません。今わたくしはわたくし自身の意思で、お嬢様のおそばにいるのですから」
「その意思はいつまで続くのかしらね」
「もちろん、お嬢様が望むまででございます」
「あら、そんなこと言っちゃっていいの? もしかしたら手放してやらないかもしれないわよ」
「それがお嬢様のお望みとあらば、ずっとおそばにおりますとも。以前も申し上げたでしょう。わたくしはあなたのわがままを叶えるためにここにいるのです」
「……ふん。じゃあ勝手にすればいいわ」
「はい。そうさせていただきます」
「そのうち後悔しても遅いわよ。あんたみたいな性格も口も悪い執事雇い続けるのは、わたしくらいのものなんだから。せいぜい捨てられないように努力しなさい。いい?
「はい。いつまでも傍におります。あなたの望むかぎりずっと──
こじらせ執事の悩みの種 うさぎのしっぽ @sippo-usagino
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