☆第八十六夜(読み聞かせの日)

「お嬢、こんな時間にどうした?」

「……ヘンな夢見た」

「一体いくつだよ、ったく……。今日じいちゃんいないぞ。旦那様の用事で外出してるから」

「だって……」

「落ち着くまでいるから。早く寝ろ」

「眠れない」

「目閉じてりゃ眠くなるって」

「なんないんだもん」

「…………」

「急に黙んないでよ。怖いじゃない」

「…………」

「ねえってば!」

「……ねーむれー、ねーむーれー」

「は?」

「ねぇむーれー……あれ、なんだったっけ」

「……なに、今の」

「子守唄」

「嘘でしょ。一音も合ってない」

「悪かったな。つーか笑ってないで寝ろって」

「笑わせたのそっちじゃん」

「……ま、笑ってくれたんならいいか」

「あーぁ、余計に目が覚めちゃった。どうしてくれるの?」

「元気になってくれてなによりですよ」

「責任取って、わたしが寝るまでなんかしゃべっててよね」

「仕方ないな……。適当になんか読んでやるから、とにかくベッド入って目閉じてろ。お嬢が寝るまで、そばにいてやるよ」



「眠れない」

「春休みだからってお昼すぎまで寝ているせいですよ。自業自得でございます」

「ねえ、ホットミルクつくって」

「ベッドに入る前にココアを一杯お飲みになったじゃありませんか」

「ココアとミルクは別ものでしょ」

「我慢なさってください」

「ケチね」

「そんなに眠れないなら、子守唄でもうたいましょうか?」

「結構よ。あんた音痴だし。大体のことは器用にこなすくせに、歌のセンスだけはないわよね、あんた」

「お嬢様には言われたくないです」

「……昔もこんなことがあったわね」

「ございました。お嬢様が怖い夢を見たと泣きつかれてきて」

「泣きついたわけじゃないわよ、失礼ね。ちょっと不安になっただけよ。まだ小学生のころだし」

「そんな日にかぎって祖父も外出中で、わたくしのほうへいらしたのでしたね」

「そのときだったわね。あんたが調子外れの子守唄うたってくれたの」

「自分がうたってもらった記憶がないもので、うろ覚えだったんですよ」

「あんまりひどくて笑っちゃって、怖さはなくなったけどかえって目が覚めちゃったのよね」

「半べそだったお嬢様が笑ってくださったのは安心しましたけどね」

「眠れるまでしゃべってろってわがまま言ったら、今度は読み聞かせはじめてくれたんだっけ」

「ええ。祖父が持っていた詩集を借りて」

「最初はなにをはじめたのかってびっくりしたけど、聞いてるうちになんだか安心しちゃってさ。いつの間にかぐっすり眠ってた」

「あれからしばらくは、眠れない夜にねだられましたね」

「あんたの声って聞いてると落ち着くのよ。腹立つことも多いけど」

「お嬢様のお役に立てたならなによりですよ」

「ねえ。久しぶりになにか読んでよ。あ、なんて持ってないしダメか」

「いえ、読めると思いますよ。お嬢様もきっとお気に召すかと思います。怖がりだけど気の強い女の子と、その子をひそかに守りたいと思っている、意地っ張りな男の子のお話です」

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