最終話 最後の方でドロドロし始めるのはちょっと……

「天野先輩、この前お勧めしてくださったラブコメのアニメを見終えたんですけど……」

「おおー、どーだった? 五月ちゃんにも楽しめるかなって思ったんだけど」


 ある日の放課後、谷内五月ちゃんはアニメ部の先輩である天野秀美さんに勧められたテレビアニメの視聴感想を伝えようとしていました。


「途中までは、途中まではすごく良かったんです。ああ、私も男友達が多かったらこんな楽しい高校生活を送れるのかなって。ヒロインたちの重い過去の話も明るく解決されてて素晴らしかったです。だけど、恋愛関係でドロドロし始めてからは見るのが辛かったです……」

「そうだねー、五月ちゃんはゼロ年代以前のアニメはあんまり見たことないもんね。私はああいう展開は全然許せるけど、見てて辛いのは確かだよね」


 そのテレビアニメは有名な女性作家のライトノベルが原作の2クールアニメで、表向きは陽キャ的なノリのラブコメですがその実は昼ドラ感満載の人を選ぶヒューマンドラマでした。


「あのアニメを見て、私は幸せだなあって思いました。この部活のレギュラー部員はスパロウ君以外女の子だけですし、スパロウ君も恋愛には興味ないみたいなので」

「イェース、ミーは大学卒業までステディは作らないようにとマミィから言いつけられてマスからね」


 アニメ部の面子にある安定感を指摘した五月ちゃんに、名前を出された大智スパロウ君もその発言を肯定しました。


「確かに私も今のメンバーが一番いいって思うかな。運動部と違って文化部は人間関係のトラブルで簡単に崩壊しちゃうし、来年度も女の子しか入ってこなかったらいいなーって思うぐらい」

「あ、ちょうど3人とも集まってるわね。どうぞ入ってきてー」


 珍しく集合時刻に遅れて入室してきたのは部長である鷺宮早子さんで、彼女は誰かを連れてきているようでした。


 早子さんに続いて入室してきたのは線が細く高身長のイケメン男子と制服を着ていてもやたらと目立つ美人でお洒落な女の子でした。


「早速だけど紹介するわね。こちらは一か月前に転校してきた2年生の高木たかぎ伴治ばんじ君と逢坂おうさか香子きょうこさん。お互い従姉弟いとこ同士で、アニメ部に入りたいそうよ」

「こんにちは、新入部員の高木です。アニメには初心者ですが仲良くしてください」

「ごきげんよう、同じく新入部員の逢坂と申します。わたくしとアニメの知識で張り合える方を所望しておりますわ」

「そ、そんな……」


 マイナーな文化部に突如として現れたイケイケの2人組に、五月ちゃんは震え始めました。


「あら、どうしたの? あなたは1年生かしら?」

「こんなの、こんなの私が大好きなアニメ部じゃありません! うわああああーーーっ!!」


 優しく声をかけた香子さんに対し、五月ちゃんは叫び声を上げると部室を飛び出していってしまいました。


 自分が秀美さんに勧められたアニメのメインヒロインのような真似をしていることにも気づかず、五月ちゃんはそのままの勢いで校舎裏にまで来ていました。


「あんな人たちがアニメ部に入ってきたらどうせイケメン男子をめぐって恋愛バトルが始まって、人間関係がぐちゃぐちゃになっちゃうんだ。スパロウ君も誰かに惚れるかも知れないし、従姉弟同士でも恋愛は成立するし。私まだ1年生なのに、居場所を失いたくないよ……」


 昼ドラアニメの影響でナーバスになっていたこともあり、五月ちゃんは地面にうずくまって泣き出してしまいました。



 その時。



「おいおい、文化部員がこんな所で泣いてんじゃねえよ。お前アニメ部の新人だろう?」

「えっ、あなたは……?」


 背後から話しかけてきたのはサイズが大きすぎるボロボロの学ランをまとった男子生徒で、五月ちゃんのことを知っているようでした。


「俺はアニメ部では最高齢の外部顧問。3年生で3留してる岡島おかじまがいって言えば割と有名なはずだ」

「聞いたことがあります! 自主制作アニメにはまりすぎて留年を繰り返してる伝説の先輩がいるって……」


 彼の名は岡島凱。同人サークルに参加して自らアニメを制作しているという意味ではアニメ部の部長に最も相応ふさわしい人物ですが、留年を繰り返したため現在では大っぴらにはアニメ部に参加できていませんでした。


「新人を一人で泣かせるたあアニメ部も落ちたもんだな。どうだ、悩みがあるなら俺が聞くぞ」

「ありがとうございます。実は、あるアニメを最後まで見たんですけど……」


 凱さんの申し出に感謝し、五月ちゃんは秀美さんに勧められたアニメの話を交えてアニメ部の危機について説明しました。


「そうか。お前の心配も分かるが、あんなのはアニメだから面白おかしく描いてるだけだ。実際には人間関係がぐちゃぐちゃになる前にサークルは自然消滅するし、そうならないようお前が頑張るんだよ。将来はアニメ部の部長になってくれるんだろう?」

「もちろんそのつもりです。だけど、アニメの展開にショックを受けるようじゃ私はまだまだですよね……」


 自らの素質について不安を述べた五月ちゃんに、凱さんは頷いて口を開きました。


「あのなお前、まさかアニメは必ず最終話まで見ないといけないと思ってないか?」

「えっ、そうじゃないんですか? 最後まで見ないとクリエイターに失礼だと思ってたんですけど……」

「確かに最終話まで見て満足できればそれが一番だ。ただ、世の中にあるアニメにはどうしても途中で見る気が失せてしまう作品もあるし1話で切りたくなる作品さえある。それは見る側の責任じゃなくて作った側の責任だし、合わないアニメに最後まで付き合う必要はない。もちろん最後まで見てないならその作品に総評を下してはならないが、お前はそのアニメを途中で切ったって良かったんだよ。そうすればお前の中でそのアニメは名作ラブコメとして記憶に残ったんだから」

「た、確かに……」


 1話完結のOVAやアニメ映画と異なりテレビアニメは1話から最終話までの展開を楽しめるのが醍醐味ですが、視聴者に最終話まで見る義務はない。凱さんの話したことはよく考えると当たり前ですが、アニメオタクとしての修行を積もうとしていた五月ちゃんは視野狭窄になっていたようです。


「だけど、お前は新入部員2人とろくに話もせずに部室から逃げてしまったよな。途中で切るのは勝手だが、1話ぐらいは最後まで見たらどうなんだ。心配なら俺も部室まで一緒に行ってやるよ」

「ありがとうございます。私、あの2人にちゃんと謝って仲良くなります!」


 そう言うと五月ちゃんは凱さんを連れてアニメ部の部室に戻りました。


 たとえ最終話まで追いかけられなくても、できる限りで物語に付いていくために。



 そして……



「あら、また男子部員ですの? 申し訳ありませんけど私にはフィアンセがおりますので。庶民とはお付き合い致しかねますわ」

「わあっ、いかつくてダンディな先輩!! ちょっと連絡先交換して貰えません? あー、僕女の子には興味ないんですよ」


「鉄壁お嬢様と、脈のないイケメン……?」

「ほら言っただろう。人間もアニメも、少しも付き合わずに判断しちゃいけないんだ」


 五月ちゃんは新入部員を外見だけで判断していましたが、この2人が入部してもアニメ部の人間関係には特に影響がなさそうです。


「岡島先輩、お久しぶりですー。また自主制作アニメで再試ですか?」

「オーウ、男子部員が2人も増えて嬉しいデース! 部室にピザでも取りマショウ!!」


 スパロウ君の提案で部室にピザの出前を頼み、新入部員2名と凱さんを加えて合計7名のアニメ部員は簡素な宴会を楽しみました。


 アニメ部には他にも複数名の外部顧問がいますから、楽しい日々はまだまだ続きそうです。



「ところで岡島先輩、最終話でいきなり新キャラが出てくると打ち切り感ありません?」

「何を言う、その方が2期がありそうだろう?」

「そう来たかー」


 楽しく会話をする秀美さんと凱さんを眺めながら、五月ちゃんはやっぱりこの部活こそが私の居場所だと思ったのでした。



 (完)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あにめぶ! ~私立垣鳥高校アニメーション研究部~ 輪島ライ @Blacken

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ