最終話 カレカノ︰皆川大和&御代海侑

「んじゃみんな、長い間お疲れ様! 売り上げ最高記録を祝して乾杯!」

「「「かんぱーい!」」」


 みーちゃんの号令によってみんなは近くの人とグラスを合わせる。勿論お酒ではなくノンアルコールだ。


 全二日の文化祭は無事終了し、俺達は少し高めの焼肉屋に来ていた。


 さっきみーちゃんも言ってた通り、俺達のクラスは大成功なんて言葉じゃ足りないくらいの結果を収めていた。


 出店を出したクラスの中での最高売り上げは勿論、二日目の雨が功を奏したのかまさかの歴代で見ても最も高い売り上げを叩き出したのだ。だからこその打ち上げ場所で、普通にバイトをしてる分には学生だけじゃどうしても手が出ないようなお店に来てる。


 ……何か、終わったと思ったらどっと疲れが出てきたな。


「あれ、皆川氏? もしかして疲れちゃった?」

「まーでも皆川居なかったら私らヤバかったんじゃない? 立役者だよね、ホントお疲れ様」


 そう訊いてきたのは世良氏と弓木野。二人は呼び込み係だったから文化祭中話すことは無かったけど、あれだけのお客さんの入りようだ。二人には見えないところで凄い助けてもらってたんだろうな。


「二人もお疲れ様。呼び込み大変だったでしょ」

「むしろいろんなカップリングが見られて本望でありました!!!」

「天職じゃん」

「私も別に辛いことは無かったよ。二日目なんてちょっと宣伝文句を言うだけでじゃんじゃんお客さん入っていったし」

「宣伝文句?」


 普通にお好み焼きどうですかーとかそういうのじゃないのか? あれだけの人が入る内容なんて全然思いつかないぞ。


「ほら、一日目に皆川海侑と一緒に変なヤツなから絡まれてたじゃん?」

「それはそうだけど」

「アレ多分皆川が思ってるより話題になってるんだよね。ねえ瀬里香、あの事件何て呼ばれてるんだっけ」

「『女王様と臣下の禁断の恋!? かつて相手にされなかった下郎は孤高の臣下によって隔絶とした格の差を見せつけられさらに女王様は臣下への恋心を更に募らせちゃう!? 事件』のこと?」

「それそれ。ちょっと長いからまだ覚えられてないんだよね」

「長すぎない!?」


 絶対誰もそんな呼び方しないでしょ!? いやそもそも話題になってるのはまずい……ぼっちが下手に目立ってたとか言われてそうで胃が痛くなる……!


「ちなみに事件の名前は私が考えたんだよ皆川氏!」

「だろうね!!!」

「まあちょーっとだけ長くなっちゃったからみんなの間では『女王様事件』って呼ばれてるけど。全く納得がいかないよ」


 世良氏はむくれながら焼けたカルビを網から取って口に運ぶ。そう言えば俺も全然食べてなかったな。


「ストップ皆川氏」

「え」


 そろそろ食べ頃のカルビを取ろうとするが、何故か世良氏に止められ何なら奪われる。え、食べちゃダメだった……?


「皆川氏。お腹空いてるよね」

「ま、まあそりゃ夜だし……」

「由里があーんしてあげるから女王様事件のことについて詳しく教えて。あー子でも良いよ」

「別にいらないけど!?」

「まままさか私!? ごめん皆川氏……私カップリングの中に入ると爆発四散するアレルギー持ってて……」

「ピンポイント過ぎるでしょ……」

「まあ待ちなって瀬里香。皆川があーんして欲しい相手は他に居るじゃん」

「……ぁぁ……」


 急に掠れた声でうめき出した怖い怖い怖い。ホラーじゃん。


「い、良いの……? 私尊いを過剰摂取しちゃうけど良いの……? 多分そんなこと目の前でされたら尊みオーバードーズになっちゃうよ……?」

「皆川的にはどうなの?」

「そりゃ勿論あーんをしてもらうならみー……御代が良いね。なんせ恋人だし」

「うひぇ!? ワンヒット頂きましたぁ!!!」

「女王様事件だっけ。別に話すことに躊躇は無いから食べて良い?」

「ええもう好きなだけどんどん食べてください!!! なんせこの売り上げは皆川氏が居ないと生まれなかったので!!! 先程は無礼を働き誠に申し訳ございませんでした!!!」


 テーブルの向こうで土下座をするもんだからこっちからは見えなくなる。別にそんなことしなくても教えるのに。


 てかこの期に乗じて惚気よう。俺は惚気けたい!!!!!


「まずは俺と御代の馴れ初めから説明していくよ。ここから一時間は相槌しか打たせないから覚悟しておいて」

「喜んで!!!」

「はは、皆川のキャラやっば。やっぱめっちゃおもろいじゃん」


 知らん今はみーちゃんの話だ!!! あんなこともあったしもう付き合ってるのはバレてる認定で良いよな!? あの時もお互い否定しなかったし!!!



「由里ー、そっちめっちゃ盛り上がってるけどどしたん……って何話してんの!?」

「みーちゃんが可愛いのは笑い方もあるんだよ!!! クラスでは女王様だけど俺と二人の時はまるで王女様!!! ふふだよふふ!!! お上品なんだよみーちゃんは!!!」

「皆川元帥! 海侑のふふ笑いは私達の前でもしています!!!」

「そそそそうなんだ!? はえー!? ……いやでも俺の時はもっと可愛い!!! 何故なら俺はみーちゃんのことが大好きだからだ!!!」

「オーバードーズありがとうございますッッッ!!!」

「ホントに何話してんの!? ねえ恥ずかしいんだけど!?」


 語り始めて大体二十分を過ぎた頃、こっちの異様な盛り上がりにみーちゃんは慌てて止めに入った。一応弁解しておくけど全員シラフだ。場酔いってやつだね!


「み……皆川……オレはもう嫉妬で狂い死にそうだ……やめてくれぇ……」

「ぼぼぼ僕は死にませんけどね? 童貞のまま死ぬなんて……死ぬなんて……きぃぃぃぃ!!!」

「アンタら怖っ……。……じゃない皆川!」

「どうしたの?」

「皆川氏……? そそそれはもしや先程仰っていた海侑が尋常じゃなく可愛くなるバ先モードでは……?」

「そうだね! まあみーちゃんはいつでも可愛いけど!」

「ちょ、だからみんなの前でそれは……!」

「海侑可愛過ぎない!?!?!? 私男だったら告ってるけど!?」


 顔真っ赤にして本当に可愛いってかもうアートだアート!!! この可愛さは何ならノーベル賞全部門ノミネートされて受賞するんじゃないか!? あと貴様にみーちゃんは渡さんぞ世良氏ィ!!!!!


「こ、こっち来て皆川! あとアンタら絶対ついてこないでよ!!!」

「海侑さんや……それはフラグ言うんや……」

「来たら嫌いになるから」

「よーしご飯食べよっかみんなぁ!!!」

「「「イエーイ!!!」」」


 既にみんなのボルテージは最高潮だ。ワンフロア貸し切りにしてもらえてなかったら死ぬ程迷惑だっただろうなぁ。俺はみーちゃんに腕を引かれながらそんなことを思う。


 連れて行かれた先は階段口に出た先の踊り場。ドアで仕切られてるから中の音は微かにしか聞こえてこなかった。


「……やっち先輩?」

「惚気けてたら楽しくなってめちゃくちゃ語っちゃいましたすいませんでした!!!」


 空気感ってあるんだなぁ……。普段は人と話すのも一苦労なのによくあんなに話せたよ……。


「……まあ、気持ちはわかるから別に良いけど」

「気持ちはわかるということはつまりみーちゃんも誰かに惚気けてるってことでしょうか!?」

「あー子にだけね!? あー子はその、前にバレちゃってたし……。……まあ今はもう大体の人に知られてるだろうけどね?」


 まああー子なら下手なことはしなさそうだし安心だ。いや安心出来るか思い出せ皆川大和。あー子は本当に良い子だけど諸刃の剣だってことを忘れるな。


 会話が無くなり、少しの間無言になる。ドアの奥からは相変わらずみんなの喧騒が聞こえており、賑やかな様子を思い浮かべて思わず表情が和らいだ。


「そろそろ戻ろっか」

「待って」


 ぎゅっと袖を掴まれる。何か言い忘れてたことでもあったのかな。


「……デズモンド・モリスのアレ、覚えてる?」


 忘れるはずがない。なんせハグまで終えた俺達が次に臨むのはキスだからだ。


 ……ま、まさかここで……?


「……皆川は嫌?」

「……ううん、そんなことないよ。目、瞑ってもらえる?」


 恋人にこれ以上言わせるべきじゃない。落ち着きを取り戻した俺はそうリードする。


 みーちゃんは一瞬緊張を表情に滲ませながらもきゅっと目を閉じていた。俺は何も言わず肩を抱き寄せる。




 そこで俺は、お互いの息遣いがわかるくらいの、唇が触れるまで後少しというところで──しかしピタリと止まる。




 腕の中にあるみーちゃんの身体は、僅かに震えていた。


「みーちゃん」

「……な、何? もっもしかしてもうした後!? 嘘、全然感覚なかったんだけど……!」

「キスはしてないよ」

「そ、そうなの……?」


 みーちゃんは不安げに俺の目を見つめる。多分自分に魅力が無いから止まったんだと勘違いしたんだろうね。


「みーちゃん、無理はしなくて良いよ」

「べ、別に無理とかしてないし……」

「キスをしようがしまいが俺はみーちゃんのことが好きだからさ。……ただ、ちょっとだけわがまま言って良い?」

「……ん」

「……抱きしめさせてもらってもよろしいでしょうか……?」


 あっやべ何か敬語出やがった。せっかくカッコ良く決めれるチャンスなのに……!


「ふふ、何で敬語なの?」

「き、緊張したと言いますか何と言いますか……」

「また敬語だし。……んっ!」


 みーちゃんはぎゅっと抱きついてくる。予想外のことに俺は驚きながらも、そっと抱き返した。


 柔らかくて華奢な身体は強烈に異性を思わせる。それと同時に腕の中にある温もりは、確かな存在感を主張していた。


「……キスの時、気を遣ってくれてありがと。正直まだちょっと怖かった」

「俺達には俺達のペースがあるしさ。それに時間もたっぷりあるし、ゆっくり段階を踏んでいこうよ」

「うん。ありがと」


 みーちゃんは俺の胸板に顔を埋めているから表情は見えない。だと言うのに、何だか嬉しそうだな、なんて印象を抱いた。


 速くなった鼓動はバレないかな。それとももうバレてるかな。


 抱きしめる力を強くすれば心臓の音が聞こえてしまうかもしれない。それはちょっと恥ずかしいな。


 だけど俺は、矛盾なんて承知の上で。


 みーちゃんをしばらくの間、強く抱き締め続けたのだった。

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バイト先で付き合うことになった地味カワ系女子はクラスの女王様でした しゃけ式 @sa1m0n

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