第35話 親フラ文化祭(二日目)
文化祭二日目は生憎の雨だった。そのため出店を出してたクラスは一応営業を続けてるものの、やはり売上の面では足踏みを余儀なくされていた。
反比例して得をするのはうちのような教室で出店を出してるクラス。昨日は校門で買い食いをしていた人達も今日は教室に殺到している。
「三番お好み焼き二枚ね! あとお持ち帰り用の海鮮お好み焼き一枚もお願い!」
「了解!」
ちなみに今日のシフトの人数は急遽二倍近くに増やしている。これは天気を見てこうでもしなきゃ捌ききれないとみーちゃんが提案したことだ。おかげでお客さんの人数に対して実際の忙しさはそこまでではない。
「そう言えばみーちゃん、昨日のあの人どうなったか聞いた?」
「りんご飴のクラスのアイツだよね。そう言えば知らないかも」
「弥太郎さん曰く二週間停学になったらしいよ。暴力沙汰一歩手前の現行犯だったとかで」
「アレいろんな人に見られてたし、あんなことになったらもう学校来れなさそうだよね。完全に自業自得だけどそこだけは同情する」
まあこれで一度痛い目を見たから同じことは繰り返さないだろう。わかんないけどね。
それはともかく。今日は俺とみーちゃんのどっちもが調理班だ。三つの鉄板を二人で広く使う……もしかしてこれこそが……は、初めての共同作業……?
「ね、皆川。何か二人で並んで働くって新鮮だね」
「いいいつもは持ち場違うもんね!?」
「……? うん。何か変な気分かも」
多分こんな機会は最初で最後だ。ユキドケじゃ店長が常に居るからこうはならないし、もし可能性を考えるとしても強いて言うなら来年の文化祭くらいだ。だけどそれも同じクラスになれるとは限らない。
柄にもなく感傷に浸ってしまう。一緒に厨房で働くのはもうこれっきりか。
だけどそんなアンニュイな気分は、最近急激に増えた俺の知り合いのうちの二人によってぶち壊される。
「おーい海侑ー! お父さんが来たぞー!」
「もう、大きな声で呼ばないの。思春期の女の子にとっての父親は複雑なのよ? だからこういう時はやっち君を呼ぶの。所謂撒き餌♡」
「ぬ……。……おい貴様!!! 居るか!?」
「三人称までその呼び方するのは流石にやめてくれませんか!?」
教室に入ってきたお義父様に俺はツッコミを入れる。一瞬教室が騒然とした。
そりゃ人を呼ぶ時に貴様っていう変人なんて……ねぇ? 俺でこれだけ恥ずかしいんだから肉親のみーちゃんなんて比じゃないはずだ。
「来るのは知ってたけど……目立ち過ぎ……!」
お義父様……残念ながら株めっちゃ下がってます……。
「こ、こちらへどうぞ〜……」
「うむ」
威厳が凄いな。うむがあそこまで似合う人はそうそう居ないぞ。仕事とか何やってるんだろ。
お義母様とお義父様は厨房から一番近い一番テーブルに案内された。絶対話しかけてくるだろこれ。
「おお居るじゃないか貴様」
「お久しぶりですお義父様」
「貴様にお義父様と呼ばれる筋合いは無い。どうしても父親扱いしたいならパピーにしろ」
「お父さん恥ずかしいからもうやめて」
「海侑!? そうだよなごめんな!? ワシもう黙る!」
この人娘に対してマジでダダ甘だなぁ……。
「注文こっちで聞きますよ。何にします?」
「指名は出来るのか?」
「店勘違いしてますよお義父様」
「ち、違う! ワシはただ海侑が作ってくれたお好み焼きをだな……!」
「お父さん? そういうお店に行くなら覚悟を持って行くのよ?」
「生まれてこの方一度も行ったことない!!! 海侑に誓う!!!」
「何でアタシが勝手に誓われてんの。……お母さんもお好み焼きで良い?」
「はーい」
「一番お好み焼き二つー! アタシ勝手に作っとくからー!」
みーちゃんは調理班ながらもオーダーを通してそのまま作り始める。二日目ともなると流石に手際も良くなってきてて、安心感のようなものが生まれ始めていた。
注文が止まり手持ち無沙汰になった俺は、一つあることを思いついて
「みーちゃん、一個で良いしアレ作ってもらえる?」
「? わかった」
みーちゃんは二つを焼く最中に手早く仕上げてくれる。
俺の方も完成し、みーちゃんからそれを貰いこっそり厨房を抜けて一番テーブルに向かった。
「失礼します。お義母様にお義父様」
「だからお義父様と呼ぶな。それは認めてからだ」
「言質は取りましたよお義父様」
「む?」
「当クラスでは長い間お待たせしてしまったお客様にお通しを用意しています。一口サイズのお好み焼きですが、よろしければご賞味ください」
俺はコトリと二つ小さなお皿をそれぞれ二人の目の前に置く。
「ふん。貴様の作ったものなんぞ海侑の愛がこもった手料理には足元にも及ばん」
「ごめんねやっち君。この人親バカを通り越してバカなの」
「気にしてませんよ。……それよりお義父様」
「何だ」
「にやり」
「何だ!? 気色悪いな貴様!?」
何とでも言えば良い!!! 俺はあるトラップを仕掛けたからなァ!!!
「今お二人にお渡しした二つ。どちらかはみーちゃんが作ったもので、もう一方は俺が作ったものです」
「な、何だと!?」
「つまりお義父様は込められてる愛情がみーちゃんのものか俺のものかを当てる必要があるってことだ!!! さあ食べてみてください!!!」
「貴様っ、小癪な真似を!!!」
はーっはっは!!!!! さあ食べろ! 食べて感想を言え!!!
「ほら、いただきますしましょ?」
「ううん……」
二人は手を合わせて一口サイズのそれを口に運ぶ。ちなみにそれを作った時の気合いの入れようは普段の比じゃなかった。体積に対しての火加減や火の通り方など、緻密に拘ったのだ。
先に口を開いたのはお義母様だった。
「ん! 何これ美味しい! ふわふわ!」
「ありがとうございます。もう少ししたら大きいものも出来上がりますので、それまでお待ちください。そしてお義父様ァ!!!」
「ぐっ……ぐぅぅ!!!」
これでもかと言うくらい唸るお義父様。さあどうだ!? 味はどうだ!!!
「う……美味……いやもしこれが貴様の作ったものだったら……認めたくない……!」
「認めたらこの先一生お義父様って呼び続けますからね!!!」
「もう言っとるだろうが!!!」
何とでも言いなさい。そして俺にはもう一つ切り札がある。
「もしみーちゃんが作ったものだったら美味しくないとは言えませんもんねぇぇぇ?」
「そしてワシを認めさせたい貴様は絶対自分の作った物を並べる……でないと認めさせたことにはならんからな……でも万が一!!! 万が一海侑の作った物だったら……!」
「さあそろそろ注文したものが届きますよ。早く答えを」
「……海侑だ!!! これを作ったのは海侑!!! 何故ならワシへの愛情が込められとるからだ!!!」
お義父様は腹を括ってそう答える。
……カッコイイじゃないですか、どこまでも愛娘を信じるその姿!!!
「まあそのお好み焼きに込められた愛情は俺からの物ですけどね!!! これからも末永くよろしくお願いしますお義父様ァ!!!」
「貴様ァ!!!」
「二人して何変なことやってんの……。はい、出来たよ」
「海侑ぅぅぅ……!」
お義父様は咽び泣きながらお好み焼きを味わう。めちゃくちゃ美味そうに食べるなこの人。作り手としてこれだけ作り甲斐のある人は中々居ないぞ。みーちゃん限定かもしれないけど。
「で、皆川。何話してたの?」
「お義父様をお義父様と呼ぶ権利をかけた勝負をしてただけだよ」
「ね、ねぇそれ前から気になってたんだけど……もしかして義理の義の字を使ってるお義父様……?」
「? 当然そうだけど」
「は、恥ずかしいんだけど!? やだもう顔熱……! 気が早いって……!」
あぁもうここが教室じゃなかったら抱きしめてる可愛さだなぁ!? 可愛過ぎて俺おかしくなりそう!!!
「五番チーズお好み焼き……って何で調理班誰も居なくなってんの!?」
やば、流石に遊び過ぎた。そろそろ戻らなきゃ。
「では俺達はこの辺りで失礼します。今日は来ていただいてありがとうございました」
「……アタシからもありがと」
「ワシはまだ認めてないからな!!! 認めたのは貴様のお好み焼きだけだ!!!」
あー勝利の余韻は気持ち良いなぁ!!!
「……皆川」
「どうしたの?」
みーちゃんと一緒に厨房に戻ってる最中、ふと呼び掛けられる。
「お、お義父様って本気で言ってくれてるの……?」
「まあまだ高校生の分際だし、本気で認めてもらう時はもっとちゃんとするつもりだけどね。今回のは半分お遊びの騙し討ちだしさ」
「そっか。……だけどそれでもちょっと、嬉しかった」
ここが教室じゃなかったら抱きしめてる。さっきも思ったことがまた去来した。
そして俺達は休憩を挟みつつも、文化祭が終わるまでひたすらお好み焼きを焼き続けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます